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Outdoors & Design 09

西川喜行

細部にまでデザイン魂が宿る自転車

アウトドア愛好家でありデザイナーでもあるジェームス・ギブソンは、彼の2つの情熱である「アウトドアとデザイン」を融合させ、日本のさまざまなプロジェクト、アート、クリエイティブな活動やブランドに光を当てている。

07/24/2023

自転車はシンプルかつ高性能なプロダクトです。それが僕にとっての魅力であり、ストーリー性をもってデザイン、製作したいと思う理由なのです。



もし自転車のフレームビルダーを訪ねる機会があるならば、絶対に自転車で赴くべきだろう。そこで問題なのは、僕が住んでいる石川から、KUALIS Cyclesがある和歌山までの380kmの道のりを自転車で完走できるのかということだ。ともかく、カスタムオーダーでフレームビルディングを行なっている西川喜行に話を聞くために、僕は自転車の旅をスタートすることになった。

専門的な話をする前に、喜行はKUALISダーク・ローストのコーヒーを淹れてくれた。

チタンのフレームの製作工程は鉄よりも複雑だ。特にチタンのバテッドチューブは、ノーマルチューブよりも複雑で、カスタムメードのバテッドチューブはさらに難しい。喜行は、どのタイプでも楽しんで製作している。それぞれ用途により外観や触感が異なる。そして彼は、カスタムメイドのバテッドチューブでチタンフレームを作る素晴らしいテクニックを身につけている。

ところで、バテッドチュービングとはどのようなものであるか、ご存知だろうか?バテッド・チューブとは、自転車のパイプの一部の肉厚を薄くすることである。もう少し正確にいうと、自転車を軽量化するために、自転車のフレームの中でも、負担が大きいパイプの部分は肉厚を厚くして強度を保ち、負担の少ないパイプの部分は肉厚を薄くする手法だ。バテッドのタイプにより乗り心地も異なる。このようなカスタムメードのチタンフレームを製作できるフレームビルダーは喜行だけだ。彼のフレームは外観も美しく、乗り心地も最高だ。しかし、彼のフレームビルディングの本当の凄さは目に見えないところにある。目に見えない部分こそがマジカルな体験をもたらすものであり、この部分の設計こそが喜行にとって最も楽しいことなのだ。

最後に自転車に乗ってから一冬が過ぎてしまったし、ここ数年、自転車で遠出をしたことはない。先ずは、頼りになる友だちが作ったグッズを用意した。The Small Twist Trailfoodsの山戸ユカ、浩介夫妻のトレイルフード一式、ローラン・バリコスキーのLS Ultralight Daypack、そして、上出惠悟の手ぬぐいなどなど….。行きは、南西に向かった際に海岸沿いの逆風に見舞われるまでは順調だった。僕はサイクリングをしながら、同じマントラを何度も唱えていた。「汝は新しい自転車を注文することは許されぬ… 汝は新しい自転車を注文することは許されぬ…」。

喜行がフレームビルダーになるまでの道のりは、そこそこ長いものだった。東京学芸大学で建築を専攻したが、やがて、自分が設計と同時に、ものづくりもしたいのだと自覚するようになった。どうして、自転車のフレームを作りたいと思ったのかを尋ねると、彼は照れながら、自分は家よりも小さいものを作りたくて、そんな時に、自転車カルチャーにハマったからだという。自転車は、高度なマシンで、製作には、マテリアルに対する深い知識とハイレベルのテクニックが求められる。喜行は、建築のバックグラウンドに加えて、配置と構造の統合性についても優れたセンスがある。これこそ僕が言うところの目に見えないマジックだ。彼のフレームは、外観も目に見えない部分も素晴らしい設計がされており、お客さん一人ひとりに独自のストーリー性を持たせたフレームを作り出している。

彼は、日本のLEVELで修行を積み、2、3年後にボストンのSeven Cyclesで仕事をすることとなる。ここで、TIG溶接の技術をマスターし、チタンをフレームのマテリアルで使う術も身につけた。そして、フレームデザインと製作を11年以上学んだ後、KUALIS Cyclesを創立する。

鮎川園地キャンプ場を午前6時に発って、福井に逆風に吹かれながらペダルを漕いでいると、雨まで降り始めた。老朽化した休憩所で休みながら、今日の目的地と思われる、下方に見える霧にかすんだ敦賀の海岸を見下ろした。

渡米中、オーダーは途切れることなく、アメリカでの生活はとても住み心地がよかったそうだ。でも、注文はほぼ日本からのものだったこともあって、喜行は日本に戻ることにした。アメリカを後にする前に、家族が持つ土地に建てる家と工場を設計した。彼の両親が元々住んでいたエリアは、当時はただの空き地だったが、今は和歌山郊外の開かれた土地になっている。彼の両親の住み家と、彼自身がフレームを製作する作業場の間に父親の応接室がある。このように隣り合って、仕事場と住居が並列しているのは、理想的な暮らしだと僕は思う。ボストンでノースショアチャールズ川でサイクリングを楽しんでいた彼は、いまでは紀ノ川沿いをハンドメイドの自転車で走っているのだ。

10km走行したところで、山々に続く砂利道に入ろうとすると、山道は閉鎖されていた。「閉鎖?本当に閉鎖されてるんですか?」と僕は懇願するように尋ねた。「もし、義務付けられているならば、自転車を担ぐこともできるんですが」と言ったものの、僕は作業員たちに追い返されてしまった。登ってきた10kmを引き返すと、電車にこっそりと乗り込んだ。運転手が僕の自転車が入ったバッグを見つけないことを祈りながら。3駅目で降車して、自転車を押していると、そこはまるで別の国に来たみたいだった。一気に気分が上がった僕は、サイクリングコース、ビワイチに沿って走り、シェアキッチン白湖でランチを楽しんだ後、近江舞子中浜水泳場のフリーサイトでキャンプをすることにした。

喜行はほぼ毎日働いており、とても忙しそうだ。ちょうど彼と話している時、電話が鳴り、席を立った後に戻ってきた彼は、「また注文が入ったよ」とほぼいつも通りの物静かな口調で言った。この顧客が新しいチタンの自転車を受け取るのは来年のことになるだろう。世界中の顧客に向けて彼が作るフレームは、年間でわずか50本のみなのだから。

こんなにたくさんの注文を受けて喜行はどう思っているのだろう。たくさんの注文を受けていると安心感を抱く人もいるだろうが、自由を失うと思う人もいる。現状では、彼はこの忙しさにとても嬉しそうだ。ストレスを感じた時、彼は気分をリセットするために釣りに出かける。たまに思いがけずに魚が釣れることもあるそうだが….。

「ストレスを感じることもあるけれど、いい感じのストレスなんですよ」

僕たちは、デザイナーが完璧なモノづくりを目指す時に、たびたび感じるストレスについて話し合った。これは、嫌いなことを強いられているときに感じる、「もういい加減に勘弁してくれよ」と言う類のストレスではない。僕たちは同類だとわかって思わず笑ってしまった。たまにこのようなストレスで眠れない日があることも同じだった。

昨日は湖で遊泳したが、今日は、ほてい湯で110度強のサウナを楽しんだ。水風呂に浸かりながら、筋肉痛が回復するように願った。大津を横断する数時間前、山科出入り口と少々走行に恐怖感を抱いた久御山インターチェンジを通って、上津屋橋を目指した。その向こうには、京都と和歌山を結ぶ京奈和自転車道があり、これから2,3日ほどはここを走ることになる。

作業場で、溶接前のフレーム・チェックの工程や、溶接されたフレームを見ながら、僕は喜行にデザインのインスピレーションについて尋ねた。そこで、僕たちは、’90年代の東京とロンドンのメッセンジャー・カルチャーの話題で盛り上がった。彼らの自転車がスピードを上げるためにどのようにカスタマイズされたか、防犯対策のあれこれ、そして、改造バイクのデザインの美しさなどなど…。

彼と僕はほぼ同年齢で身長も同じなので、彼が製作したKUALISの自転車に乗らせてもらうことにした。チタンのハードテイル・マウンテンバイクのフレーム(バテッドではなく通常のパイプ)、頑強なカーボンフォーク、Chris Kingのコンポーネントを使った一台だ。

「これは僕が普段使いしている自転車で、釣りに行く時に乗っているよ」

KUALISとは、古ラテン語でクオリティーを意味するQualisから着想したブランド名で、彼はQをあえてKに置き換えてオリジナリティーを表現している。彼の製品のクオリティーは言わずもがなだ。バイクを持ち上げると、ふわっと空中に浮かんでしまうくらい軽量で、走り出すとその軽量感はさらに増してきたのだが、あのささやきが再び耳元に….「汝は新しい自転車を注文することは許されぬ…」。

二段ベッドでまだ眠っている旅行者を残し、僕は静かに寝床から抜け出した。奈良から走り出した僕は上機嫌だった。スムーズな自転車道を快適に数キロ走行したが、僕はもっと刺激的な裏道を走りたい気分だった。太陽が照りつける奈良をあてにして、吉野川の丘の中腹にある果樹園に着いた。次の目的地は五條だ。

喜行が自転車の製作工程を心から楽しんでいるのは間違いない。特に、顧客の注文にストーリー性を持たせることに喜びを感じているようだ。つまり、デザイン、スタイルなど、自転車のすべての要素に顧客そのものを反映できるような自転車づくりをしているのだ。卓越したセンスに加えて設計全般に精通している彼は、顧客の思いをフレームデザインに落とし込む。顧客の個性はそれぞれなので、一つとして同じフレームデザインはない。フレーム用のパイプは作業場内のカスタマイズされたさまざまなツールと治具で、切断、バテッド化、そして、曲げ加工が施される。ディスクブレーキ、ドロップアウトの搭載など、複雑な行程は彼のデザインに基づいてスペシャリストが担当している。いくつかの部品はフライス加工され、3Dプリンターで製作される。僕はチタンを3Dプリントできることを知らなかったが、出来映えは見事だった。フレームのフィニッシュ加工も素晴らしい。セラミックコーティングもいいが、僕のお気に入りはアルマイトという処理法だ。彼が僕にアルマイトの技術を披露してくれたとき、もし僕は自分が彼に自転車をオーダーすることができたら、どんなフィニッシュ加工にしようかと思いを巡らせていた。

山田旅館のご主人が手を振りながら僕を送り出してくれた。太陽が照りつける目の前の自転車道を走り出した。日焼けがきつかったが、時折吹く向かい風が体を冷やしてくれた。2、3時間後にヘトヘトになって和歌山県に到達すると、 素晴らしいゲストハウス、Guesthouse RICOでサウナと美味しいビールを堪能し、達成感に満ち溢れて眠りについた。

喜行に会って、僕が心を打たれたことの一つは、彼の飾らない人柄だった。おそらく彼の一番の魅力はそこではないだろうか。彼が作るフレームのように、声高に主張することはないが、デザイン、機能、構造が最上級なものであることがその佇まいから滲み出ている。KUALISというブランド名は、まさに彼のフレームのことを表現する言葉としてぴったりだと思う。

そろそろ喜行が仕事に戻る時間だ。彼に訊きたいことがまだ2つ残っていた。彼にとって成功とは何を意味するか、そして、どうして、僕はいつも逆風の中でサイクリングすることになったのかという質問だ。彼は即答してくれた。

「小さな目標の一つ一つを乗り越えられると成功を実感します。で、この時期は、冬から夏に向かっている季節なので、風は北向きに吹くのです」

和歌山には、南下せず、北上して向かうべきだったのだ。

車の窓を開けて、喜行に別れを告げながら、僕はまだあのマントラを唱えていた。「汝は注文することは許されぬ…」。そんな時に彼が声をかけてきた。「ところで、もし自転車が欲しいなら、ディスカウントするよ?」

さて、どうしようか….。


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