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Outdoors & Design 07

上出惠悟

カルチャーの架け橋になる

アウトドア愛好家でありデザイナーでもあるジェームス・ギブソンは、彼の2つの情熱である「アウトドアとデザイン」を融合させ、日本のさまざまなプロジェクト、アート、クリエイティブな活動やブランドに光を当てている。

01/30/2023

「行き詰まったり、疲れた時は、粘土をこねて、自然に触れることをおすすめします」



僕は11月の澄み切った青空と爽やかな気候が好きだ。そろそろ、ワードローブの奥に仕舞ってあるスウェットシャツに袖を通す時期。昨日は快晴だったし、天気予報アプリによれば、明日も天気がいいらしい。でも今日は曇りがちで、雨模様。九谷焼窯元「上出長右衛門窯」六代目である上出惠悟に会いに出かける日はこんな天気のことが多い。

上出長右衛門窯は、日本海と白山に挟まれた平地、能美市にある。白山はその奥ゆかしい佇まいそのままに雲の下に隠れてしまっている。 僕は、この山が姿を見せてくれることを密かに祈っていたのだが、残念ながら叶わなかった。惠悟と初めて会った時は、少しシャイな印象を受けたが、話をするうちにそうではないことがわかってきた。ふんわりと整えられた前髪がトレードマークの彼は、ユーモアのセンスに溢れ、親切で、伝えたいことをたくさん抱えている人だ。

僕たちは新旧の九谷焼で埋め尽くされた2階の物置を通り過ぎて、小さな会議室に移動した。この部屋には惠悟の先代達の大切な作品とともに、彼自身の作品も飾られている。およそ100年前の九谷焼と1988年のオリンピックのマスコットが並列に置かれているのは、彼の九谷焼の変遷についての強い関心と、現代のカルチャーへのリスペクトを物語っている。

僕たちの話題は、江戸時代から同じエリアで生活して、仕事もしている彼の家族のことに及んだ。そこでわかったことは、近所にある手取川に橋が架けられたことが地元の経済に永久的な変化をもたらし、それによって惠悟自身の運命も変わったということだった。行商人が自由に行き来できるこの橋が造られなかったら、惠悟は今の窯元の6代目にはならなかっただろう。

アウトドアよりもインドアを好む惠悟は、この連載(Outdoors & Design)には珍しいキャラクターかもしれない。でも、一点見逃してはならない大事なポイントがある。惠悟が作る美しい陶磁器は自然採取された粘土を使っていることだ。この窯元特有の発色をさせるためにミックスされた粘土は屋外の窯で焼かれる。九谷焼独特の顔料も自然採取されたものを使用している。彼は自然の中で得られたものを手作業で加工して、ユニークで現代的な九谷焼を作っているのだ。


「行き詰まったり、疲れた時は、粘土をこねて、自然に触れることをおすすめします」



惠悟に問い詰めてみると、実はアウトドアライフも楽しんでいるらしい。子供の頃は母親と一緒に山菜摘みに出かけていたというし、今は近くの山に登ったりすることもあるとのこと。 

「自分をリセットして、気持ちをリフレッシュできる気がします」

山の中を歩くことは、粘土をこねるように、自然の中でホッと一息つける時間なのだろう。

「自分自身を見つめ直せるんです」 


「晴れた日に白山がくっきりと見えると、すごく気分がリフレッシュされます」



地元の神社と同じように、上出長右衛門窯は白山を望める場所にあり、晴れた日はこの山の神々しい姿が拝める。惠悟はまだ頂上まで登ったことがないそうだが、山の麓にある、白山さんと呼ばれている白山比咩神社には行ったことがあると言う。

ここは彼と彼の家族にとって特別の場所で、惠悟は生後2ヶ月目からこの神社を訪れている。犬は入ることができないので、彼の愛犬、カメチヨとエドワード(子犬の時に、ジョニーデップが演じたエドワードシザーハンズに似ていたのでエドワードと名付けられた)は家で留守番だ。

惠悟は、我々を工場に案内してくれた。窯を見せてもらった後、さまざまな陶磁器を製作中の職人さん達を横目にしながら、我々は工場内を見学した。たくさんの粘土が我々の目の前で熟練の職人達の手によってティーカップに成形されていくエリアもあれば、薄い茶色の粘土が九谷焼特有の色彩に変化する工程に備えて、ティーカップに繊細に手描きをしている職人さんたちもいる。

僕は陶磁器の工場見学が好きだ。工場の灯り、色彩、形状の何かが僕を惹きつける。そして、野外で粘土をこねたものが、日常使いのできる、個性的な陶磁器に変化していく工程を見るのは楽しい。見学をしていると、職人への憧れが芽生えてくるところだが、現実には相当難しい仕事である。惠悟を含め、工場の職人さんたちが熟練工なのは明らかだ。厳しい仕事だが、彼らがそれを楽しんでいることは間違いない。この工場には、穏やかで、充足感に満ちた空気が漂っており、人と人との強い繋がりも感じる。

僕は惠悟が子どもの頃に、将来、陶工、いや、陶芸家になりたいと思っていた意味がわかった気がした。ところで、惠悟の職業を何と呼べばいいのかがわからなかったので、僕は彼に直接訊いてみた。

彼は5歳の誕生日に、将来の夢を書いた絵本を見せてくれた。小さい頃、惠悟はおもちゃ屋さんとお茶碗屋さんになりたいと書いている。と言うわけで、彼は遊び心溢れる作品を作るお茶椀屋さんになった。でも、きっと、おもちゃ屋さんになりたいという願いも捨ててはいないはずだ。

最後に僕は彼に訊いてみた。今、子どもの頃の夢がかなった彼にとって、成功とは何を意味するのだろうか?

「会社を経営することはとてもお金がかかりますが、僕の望みはビジネスローンを返済するとともに、従業員や職人さんと楽しく仕事を続けたいということだけです。そのほかには、特に野望もないし、日本一になりたいなんていう考えもないです。いつまでも、フレッシュな気持ちで新しいことをやり続けたい。伝統を守りながらも、新しくて、面白いアイディアを仕事に取り入れていきたいと思っています。心地よく生きることは昔の人も望んでいたことだと思います。お茶碗屋さんになれたのだから、僕の子どもの頃の夢は叶った。だから、それ以上の成功は考えられません」。

最後に彼はこう結んだ。「最も大きな成功は、みんなの気持ちが満たされている環境を提供することかもしれません」。

家路につく車中の中で、僕は未だに雲の陰に隠れている白山の方向に目をやった。僕は、いつか惠悟の運命を決定づけた手取川橋の向こうまで行って、白山に大声でお礼を言うことを誓った。

そう、絶対に…..。


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