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Outdoors & Design 08

ローラン・バリコスキー

自然の流れに身をまかせながら生きる

アウトドア愛好家でありデザイナーでもあるジェームス・ギブソンは、彼の2つの情熱である「アウトドアとデザイン」を融合させ、日本のさまざまなプロジェクト、アート、クリエイティブな活動やブランドに光を当てている。

04/26/2023

自然の流れを受け止めながら、意思を持って行動する



僕は、バックパックを十二分に持っているので、もう新しいものは必要ない。でも、僕の周りに新しいバックパックを必要としている友人がいる。ここ数年、彼の後ろに付いてハイキングをしてきたが、彼のバックパックはほぼダクトテープのような様相だ。そろそろハイキングの相棒を新しくしてもいい時期ではないか。(相棒とは僕のことではなく、バックパックだ。)問題は数多のメーカーから出ている、どのバックパックを選ぶか….。 

僕は、再び八ヶ岳の丘陵地帯に出かけて、KS Ultralight Gear のローラン・バリコスキーに、僕の友だちのためにオーダーメイドのバックパックの製作をお願いすることにした。

良いバックパックとはどんなものを指すのだろう?

この質問に対する僕の回答は一貫していない。子供の頃に使っていたのは、外側にフレームがついていた兄のお下がりのコブマスターのバックパックだった。10代の頃は、’80年代のKarrimorの未来的なデザインのものを長く愛用していた。20代の頃は、シャモニーやモンテ・ローザなど、イタリアンアルプスに数日かけてハイキングをするようになった。靴下を2組持参し、毎日洗濯しながら、Karrimor Ridge 39を背負って、山小屋から山小屋へと移動していた。その時は気づいていなかったが、あのバックパックは本当に軽かった。その後、10年以上経って、僕は日本に住むようになり、ウルトラライトなスタイルでハイキングをすることを覚えた。必要最小限に物しか持たずに、身軽で、自由に自然の中を歩き回ることに夢中になった。このようなアウトドアスタイルにハマったのは僕だけではないはずだ。

KS Ultralight Gearは、小さなガレージブランドで、 ユニークなデザインかつ機能的な、そして、カスタマイズもできるウルトラライトバックパックをつくっている。ウェブサイト(おそらく’90年代に作られたであろう控えめなデザイン)で商品をざっと見ると、ローランは本当に物づくりをわかっていることが一目でわかるはずだ。素材選びと驚くべきデザインのディテールは、僕がこれまで見たことがないものだ。そのディテールは、「なんで、これを考えつかなかったんだろう?」と大声で叫びたくなるほど気の利いたものだ。そこで、僕は彼のウルトラライトギアづくりと、アウトドアライフについて話を聞くために、彼のアトリエを訪れることにした。

僕は友だちをピックアップすると、八ヶ岳を目指して車を東方に向けて走らせ、松本で一泊した。石川直樹さんについてコラムを書く機会を得てから、僕はなるべくゆっくりと旅をすることを心がけている。裏道や旧道を走ったり、古色蒼然としたハイウェイを走ると、思わぬ発見がある。僕たちは北アルプスを抜けて平湯街道から、松本に向けて、日本アルプスサラダ街道を走りながら、山々が連なる絶景ポイントを通り過ぎた。今夜は松本のホステル、tabi-shiroに宿をとった。サウナが目当てでこの宿を選んだのだが、実際、素晴らしいものだった。もう一回、松本に戻って来るべきだと思ったほどだったが、まずは今回の目的地、フランス人の営むバックパックメーカーがある長野の村に向けて車を走らせた。


たどり着ける道は、永遠の道ではない ー 道
(老子道徳経 )



ローランと会ったのは、彼が新しく建てた自宅と工房を囲む見渡す限り何もない庭だった。彼は最初からバックパックの製作をしていたわけではなく、美術学校、オーガニック農業、ヨガ、座禅や東洋哲学などから得た学びを通じて、必然的にアウトドアに魅せられていった。来日してから間もなく、岐阜と長野の県境にある恵那山(標高 2,191m)で辛い登山経験をしている。

「多分、私にはトレーニングが足りていなかったんだと思う。ともかく背負っている登山用具が重く感じたんだ。この登山の経験が今の仕事を始めたきっかけになった。なんとなく、この仕事に呼ばれた気がするよ」 

これからウルトラライトバックパックへの長い道が始まった。Backpacking LightやRandonner-legerなどのウェブサイトを利用して、ローランはさまざまな情報やアイテムを入手しながら、使い古されたギアを修理しつつ、簡単なデザインのバックパックをつくっていった。そして、次第に彼は手の込んだ、丈夫で軽量のものがつくれるようになった。

「私はただ、シンプルで実用的で使い勝手のいいものをつくりたかったんだ。そんなに難しいことではなかったよ」

(左から)KS Daypack, Alpisack & ΩMEGA Framed Pack


バックパックとそのパーツが部屋のあちこちに点在している彼の工房で、僕たちはデザインについて話し始めた。ローランがこれまで集めたさまざまなバックパックのパーツの他、既製品のパーツもたくさんあった。異なるタイプの丸められたスポンジ、いろいろなサイズに合わせてカットされたスポンジなどが棚を埋め尽くし、壁には軽量のハンドメイドのフレームが立てかけられている。唯一無二のベンディング・ジグの撮影をすることは丁重に断られた。「これはトップシークレット!」という彼の言葉に僕たちは思わず吹き出した。

ローランは超軽量のギアを作ることに注力しているが、いくら軽量でも、丈夫で機能性に富んでいなければ意味がないと彼は言う。カスタマイズできて、超軽量、丈夫で機能性に富んでいるという要素に加えて、「ハイキングに使いたい」といったの顧客の要望を聞いた上で、デザインを決定する。このデザイン・プロセスの逆の流れはあり得ない。うわべだけのスタイルやファッションに惑わされることはなく、自然の中で人が自由に動けるためのバックパック、背負っていることを忘れてしまうような、ものではなくて、スピリチュアルなグッズ作りを彼は目指している。


「タオイズム(道の哲学)からも影響を受けた。特に流れに逆らうのではなく、寄り添うことをね」



僕はローランのバックパックのほとんどがアメリカの顧客向けのものだと知って驚いた。愛用者のほとんどが、何日も、何ヶ月もハイキングをするアウトドア愛好家とのこと。彼らは、Continental Divide Trail (CDT) 、Pacific Crest Trail (PCT)、そして、Appalachian Trail (AT) などのトレイルの全行程で彼のバックパックを使っているらしい。(この3つの全てのトレイルに参加する猛者もいるらしい。)このような長いハイキングでは、できるだけ軽量で、快適、機能的な丈夫なバックパックが何よりも重要だ。ローランは、バックパックを持ち上げ、背負う動作を繰り返すことで、ショルダーストラップの一部が押しつぶされてしまう現象が発生することをデモンストレーションしてくれた。 

ここで彼は劣化の度合いの異なるさまざまな部品を僕たちに見せてくれた。バックパックの製作にあたっては、荷重配分比に対する摩耗への耐久性を考慮しながら、素材を慎重に選ぶことが求められる。これは一般的なメーカーの範疇を超えたものだが、彼はあらゆるテストを行い、最終的に素材を決定をしている。彼の厳しい基準に素材が見合った時のみ、顧客向けのバックパックが完成するのだ。

そうしているうちにランチタイムになった。地元の野菜を使ったおいしいスープ、玄米、そして、デザートにはアーモンドが添えられたりんごのコンポートをおいしくいただいた。渓流から汲んできた水と薪ストーブで沸かしたコーヒーを飲みながら、僕たちはライフスタイルの選択について話し合った。バックパックをつくるように、ローランは彼自身のシンプルなニーズを満たすようなライフスタイルを貫いている。込み入ったことが一切なく、さまざまな要素が合わさって、全体的にとても雄大なものが形成されているようなイメージだ。きれいな空気、清らかな水、栄養たっぷりの野菜、太陽の下でのアウトドアアクティビティ、高い目的意識を持った仕事…..。

彼は、「都会は嫌い」と言いかけたところで、「僕は田舎の生活を愛している」と言い換えた。 

この場所で、彼は自分の手仕事に存分に集中することができる。せわしなく働くこともないし、その必要もない。オーダーが入ったオーダーメイドの商品をひとつひとつ丁寧に仕上げていく毎日だ。仕事、料理、食べること、家族と過ごす時間、アウトドアで過ごす時間をすべてバランスよく割り振ることができる。そして、毎日少なくとも1時間はウォーキングやサイクリングをしながら、瞑想やヨガも楽しむ。週末は周辺の山々などで、友だちや家族とともに、さらに長い時間をアウトドアで過ごすことが多いそうだ。自分のベストな目標を達成することが目的ではなく、自然にただ没頭する時間が大切なのだ。


「山を歩いているときは、自分のパフォーマンスよりも、そこにある美しいものを探したり、ポエムを考えたり、精神的な高揚を求めているんだ」



ローランの独自のライフスタイルは彼自身のニーズに見合ったもので、これは彼がつくるバックパックが顧客のニーズに応じたものであるのと同じだ。もっと標準的なものづくりをした方が儲かるだろうが、それによって失われるものがある。オーダーメイドを実践することで、顧客のニーズにフルに応えることができ、ローランと顧客は大きな満足感を得ることができる。そして、こうして生み出されたプロダクトは、ローランの選択したポジティブなライフスタイルがもたらす産物だ。彼らしいやり方を貫いているからこそ、常に仕事にやりがいを感じられるのだろう。

新しいバックパックを購入するとき、当たり前に知らない相手から購入するのではなく、対話をしながら作ってもらうということだって選択肢のひとつだ。僕は、KS Ultralight Gear をただのブランドではなく、オーダーメイドのバックパックメーカーだと考えている。顧客の話に耳を傾けて、お客様の理想とするアウトドアアクティビティを実現できるようにギアをデザインする工房なのだ。

僕の友だちは、どちらかと言うと気軽なハイカーなので、オプションでフックファスナーが付けられる13mmストラップのウルトラライト製品ではなく、バックル付きウェビングの20mmストラップの軽量バックパックを選択した。布ではなく、メッシュを使ったフロントポケット、ジッパーではなく紐で閉めるタイプで、底部の外側には安定させることのできるパッドを付け、ポールループを1つとショルダーストラップパウチなども取り付けることにした。最後に、バックパックの素材と色を選ぶ。慎重に考えた末、オーシャンブルーの100%リサイクル・ポリエステルの ECOPAK™ に決定した。

リサイクル素材であることは、端切れをバッグの小さな部分に補ったりするなど、廃棄するものを極力なくしているローランにとって重要なことだ。「それが小さな工房でやっていることの利点」とローラン。しかし、最もエコロジカルなことは、古いバックパックが使える間は、新しいバッグを買わないことであると僕たちは合意した。「もし不具合があれば、大体の製品は修理ができます。それができなくなった時こそ、バッグを新調する時だと思います」とローランは言う。


「ハイカーが自然に与える悪影響を抑えるには、自然に近いところで生活して、出来るだけ自動車を使わないこと」



オーダーの内容が決定し、お腹がいっぱいになったので、再び車でアルプスを越える時間がきた。その時、ローランが僕にバックパックを無料で作ってくれると提案してくれた。「記事を書いてくれたお礼に何かプレゼントしたいと思ってね」と….。あまりにも親切なオファーに驚いたが、僕は丁重にお断りした。彼のバックパックが欲しくなかったわけではない。丈夫でありながら、ヒナギクの輪のような模様がデザインされたフレキシブルな素材のR-35や、なんとも美しいTao Packは、ミニマリスト的傾向の強い僕にはそそられる商品だ。でも、この時、「良いバックパックとは何か」と言う冒頭の質問への僕の回答ははっきりしていた。

「それは、すでに僕が持っているもの」と。

ローランの工房を去る前に、彼にとって成功とは何を意味するのかを尋ねてみた。

「自分のやりたいことと個性が、社会のニーズにマッチして、人から感謝されて、そこから調和が生まれてくることかな」

彼は今後もこの素晴らしいライフスタイルを貫いていくことだろう。


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