自然の温もりを纏っていた日々
雪深き季節が到来すると向かいたくなるのが、新潟の中越地方や山形の置賜地方である。豪雪地帯として全国的に知られているように、冬ともなれば新潟県湯沢・津南・十日町・魚沼などの各地域では家屋が埋もれる程の雪に覆われる。僕のように大雪を知らずに暮らしてきた身としては、二日もすれば途方に暮れてしまうのが関の山だ。だからこそ、この地域では雪が育んだ文化や伝統、知恵がたくさん生み出されていった。
山形市からの道中では、米沢辺りの道端で雪の被った石塔をいくつも見かけ、足を止めた。雪を手で掻き分けると、深く彫られた 「草木供養塔」の字が現れた。草木にもそれぞれ霊魂が宿り、そこから得られる恩恵に感謝し、伐り倒した草木の魂を供養するため建てられたと伝わっている。目にした草木塔は古いもので文化4年(1807年)と刻まれていたが、その慈しみの心は遥か縄文時代まで遡ることができるのではないかと思う。なぜなら、縄文の人々が身に纏っていたと思われているアンギン(カラムシ、アカソ、イラクサなどの繊維を素材にして編まれた布、編衣)とそっくりの仕事着が近間となる新潟で多数見つかっているからだ。つまり越後アンギンの歴史はおよそ6,000年続いたことになる。

縄文の人々の植物利用については、本連載でも三内丸山遺跡の縄文ポシェット、東名遺跡の編み籠を取り上げたことがあるが、古代から現代に至るまで単層的に発展してきたわけではない。時代と共に失われていった技術もあると思われている。しかし、少なくとも手仕事としての 「編み」から 「織り」へと繋がっていく高度な手法が、今なお途切れていないということは、目を見張るべき営みの結晶といえるだろう。
山道を越え、越後縮などの織物を各地域で見せてもらいながら、十日町市博物館を訪ねた。縄文の編布が数千年の年月を経て土の中で残存することは難しいと思い、学芸員の方に土器の底部に敷物圧痕の見つかっている土器がないかどうかを尋ねておいた。すると見事な編布圧痕付き土器 (幅上遺跡出土、縄文中期)を見せてもらうことができた。手にした小さな土器片を覗き込むと、布目がくっきりと浮かび上がって見えた。
博物館は以前にも訪ねたが、3年前にリニューアルされ、国宝も並ぶ展示室 「縄文時代と火焔型土器のクニ」の他には 「織物の歴史」、「雪と信濃川」という展示室が設けられていた。雪国の暮らしを見つめながら、十日町を中心に歴史を辿り、麻織物のはじまりから、現代の着物まで見て学ぶことができる。縄文時代の人々の衣類はアンギンなどの編物であったとされているが、弥生時代には大陸から伝来した織りが始まり、より複雑な技法へと発展していったこともあらためて知る機会となった。


冬期は外が銀世界に包まれるからこそ、暖かい季節に集めておいた素材を元に道具を拵 え、冬の装いを整えるという生活が長く続いていたのだ。火を囲み地道にせっせと手編みする姿が目に浮かぶようだ。だが時代は急激に変化した。今、僕らは服を着る時に、草木をはじめとする自然へと眼差しを向けているかと自問すれば、一瞬で顔の赤らむ自分がいる。近代社会が便利な生活と引き換えに失っていったものは、自然素材を扱う技術ばかりの話ではない。自然との対話を通じて、自然の一部として生きている実感も同時に失われてしまったのではないだろうか。
自然布で編まれた衣には、独特の温もりがある。それは土の上に座った時に、柔らかく身が沈み居心地が良いように、自然布を纏うことは僕らが思っている以上に着心地が良いに違いない。香りもまた自然を運んできてくれている。その温もりと再び出会うまで、僕は歩き続けたい。

<PAPERSKY no.68(2023)より>

津田直 × ルーカス B.B. 対談動画
2019年9月21日〜11月24日に長野県八ヶ岳美術館にて開催された津田直展覧会「湖の目と山の皿」会場で上映された、津田直とルーカス B.B.による縄文フィールドワークについての対談動画です。
津田直 Nao Tsuda
1976年、神戸生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然との関わりを翻訳し続けている写真家。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。2001年より多数の展覧会を中心に活動。2010年、芸術選奨新人賞美術部門受賞。主な作品集に『漕』(主水書房)、『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)、『SAMELAND』(limArt)、『Elnias Forest』(handpicked)がある。2019年秋、9年間の縄文歩きを元に、八ヶ岳美術館にて個展「湖の目と山の皿」を開催した。
tsudanao.com