8000年前の植物利用
1万年以上続いた縄文時代の中でも、早期（およそ11500年前〜7500年前）の遺跡が佐賀にあると聞いたのは数年前の話。暮らしている福岡からは、すぐにでも足を延ばせる距離なのだが、これまで機会が巡ってこなかった。しかし、前号の屋久島に続き、南方でのフィールドワークに身体が自然と向かっていたので、6月中旬に東名遺跡を訪ねてみることにした。
佐賀と言えば、弥生時代を代表する吉野ヶ里遺跡が有名だが、佐賀駅でタクシーに飛び乗るなり、東名遺跡の名を告げると、運転手はバックミラー越しに何か言いたげに笑顔をこぼし、意気揚々と車を発進させた。尋ねてみると運転手は、かつて発掘調査の報告が公開された際に、その出土品に魅せられてしまったらしかった。一日を過ごすくらい、ゆっくりと見学して欲しいとの言葉を釣り銭に添えて渡された。降りた場所から周囲を見渡すと、佐賀平野の真ん中に立っているようで、山並みは随分と遠くに見えていた。ここは広大な平野であるがゆえに、洪水対策として近くを流れる巨勢川の調整池を建設する計画があり、その掘削工事の際に貝塚が偶然発見されたそうだ。
地上から5m下に眠り続けていた8000年前の貝塚。その発見から始まった調査により、厚い粘土層に覆われていた遺跡からは、これまでの歴史認識を大きく塗り替えるだけの有機物が多数出土し、人々を驚かせた。中でも、およそ740点もの編みかごが発見されていて、数だけ見てもそれは縄文時代の見つかっている編みかごの、およそ8割を占める規模だ。かごの高さは90cmを上回るものもある。
さらに調査の過程では、バスケタリー作家などとの共同研究の場を設け、編みの技術を分析した結果、タテ材とヨコ材を一本越え、一本潜り、一本送りする「ござ目編み」に始まり、二本越え、二本潜り、一本送りする「網代編み」、三方向の素材が交差して六角形をなす「六つ目編み」などを含めた縄文時代の技法のほとんどが見つかり、およそ8000年前に植物による編組技法がすでに確立していたことが明らかになったという。
またある貯蔵穴発見当時の資料を見せてもらうと、穴の中で編みかごが倒れないように木棒で支えられるような格好で立てられ、中からは水漬けされていたと思われるドングリが見つかっている例まであった。虫除けなのか、食料を貯蔵する知恵まであったことが考えられている。ちなみに編みかごの主要な素材は、ムクロジという落葉高木、イヌビワという落葉ないし常緑の低木の板目のへぎ材（薄くそいで割った材）だと教えてもらった。
すでに発掘調査の成果はまとめられているが、昨年10月、国史跡に指定されたことを受けて、膨大な出土品の数々は整理を重ね、その公開へ向けて準備が進められている。現在はその一部が調整池を管理する施設において展示、一般公開されている。93年の調査開始から関わられている教育委員会文化財係の西田さんにお願いして、保存処理を終えた編みかごや展示を待つ剥ぎ取り保存されている貝塚の断面を見せてもらった。
8000年前という時間を想像力だけで実感することは難しい。だが、人の手によって編まれたかごと併せて見つかっている堅果類の実ひとつひとつを目の当たりにしていると、有明海の干潟の満ち引きを生かし、太陽の下に暮らした人々の面影や風景がうっすらと輪郭を持ち始めてくる。今は平野の静かな池となっている遺跡を歩いていると水鳥が飛び立った。その羽音を聞きながら、僕は縄文時代の植物利用の実態解明に繋がる研究の発展に想いを重ね合わせていた。
＜PAPERSKY no.54（2017）より＞
津田直 × ルーカス B.B. 対談動画
2019年9月21日〜11月24日に長野県八ヶ岳美術館にて開催された津田直展覧会「湖の目と山の皿」会場で上映された、津田直とルーカス B.B.による縄文フィールドワークについての対談動画です。
津田直 Nao Tsuda
1976年神戸市生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然の関わりを翻訳し続けている写真家。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。主な作品集に『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』（共に赤々舎）、『Elnias Forest』（handpicked）がある。
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