青い森から、繋ぐ
知らない土地を訪ね、縄文歩きをしていると、ついつい足元の道や窪みが気になり、地面を覗き込んでいる自分が居たりする。けれど、今日は何かが違う。ここ三内丸山遺跡に立っていると不思議と天を見上げたくなるのだ。かつて野球場の建設を中止してまでも守られた42ヘクタールという広大な敷地には、六本柱の建造物が復元され、巨木が地面から聳え上がっているからだろうか—。いやそればかりではない。遺跡の中を歩いていても、建物の外をぐるりと一周しないと、大きさすら捉えることのできない大型住居と出会ったりもする。収容可能人数は150人以上というから、驚きを隠せない。
兎にも角にも、ここはスケールの大きな遺跡で(出土品は段ボール箱にして4万箱に及んだ)、僕は一度に見て回ることを、はなから諦めてしまった遺跡のひとつで、これまでに季節を変えて5度訪れている。ある時には、雪深き真冬にかんじきを履いて歩き回り、またある時には、特別に許可を得て掘立柱に登らせてもらい、八甲田連峰を眺めた後に、遺跡が遠くの海とも視線で結ばれていることに気がつき、縄文の人々の視野の広がりに想いを重ねたことがあった。未だ暗闇にここに立ったことはないけれど、個人的には天体の観察なども行われていたのではないかと思っている。遺跡に隣接している縄文時遊館によれば、人々が暮らしていたのは、縄文時代前期〜中期(約5900年前〜4200年前頃)の1700年間と考えられているという。

今夏、世間や全国の縄文ファンを賑わせた、北海道・北東北縄文遺跡群の世界遺産登録時には、対象となる17遺跡のひとつにここも選ばれている。その登録理由は「約1万5千年前に遡る、農耕以前の定住生活のあり方や複雑な精神文化を示す」と新聞に載っていた。今でこそ定住という形態は僕らの中で当たり前になっているけれど、人は縄文時代に入った頃から家に帰るという感覚を少しずつ知っていき、やがてひと家族という単位で空間を持つようになっていったのだろうか。
「人口増加と共に、クリの花粉が多く見つかっているんです」と学芸員である佐藤さんの言葉が、見事な自然との共生を映し出し、開かれた風景の先を歩く彼らの背中を見たような気持ちにさえさせてくれた。

もうひとつ、数年前のエピソードになるが遺跡を通じて現代の私たちとの時間的な繋がりについて見つめておきたい。時遊館館内には、通称「縄文ポシェット」と呼ばれている編籠(青森県教育委員会所蔵)があり、展示されている。ヒノキ科に属する針葉樹の内樹皮で編まれたものと思われている小さな籠だが、縄文時代の出土品において断片ではなく立体的な形そのものが現存しているケースは少ないようで、重要文化材として保管されている。奇跡的なものゆえに写真を撮らせてもらった。
しばらくしてから、PORTERで知られている𠮷田カバンに勤めている友人に写真を見せると、縄文時代に袋物が存在し、現存していることにいたく感動していた。数日後、自社の職人に写真を見せたところ、編籠は現代でも東北地方などに受け継がれている網代編みの手法であるとの連絡を受けた。この出会いは共同プロジェクトに発展し、現代版縄文ポシェットという形となった。

縄文を巡る旅をしている時に、いつも過去を眺めているような気がしないのは、私たちの暮らしている現代と地続きの世界なのだという風景と時々出会うからだろう。描きたい未来があるならば、ぜひこの地を踏んでもらいたい。
<PAPERSKY no.65(2021)より>

津田直 × ルーカス B.B. 対談動画
2019年9月21日〜11月24日に長野県八ヶ岳美術館にて開催された津田直展覧会「湖の目と山の皿」会場で上映された、津田直とルーカス B.B.による縄文フィールドワークについての対談動画です。
津田直 Nao Tsuda
1976年、神戸生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然との関わりを翻訳し続けている写真家。文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。2001年より多数の展覧会を中心に活動。2010年、芸術選奨新人賞美術部門受賞。主な作品集に『漕』(主水書房)、『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)、『SAMELAND』(limArt)、『Elnias Forest』(handpicked)がある。2019年秋、9年間の縄文歩きを元に、八ヶ岳美術館にて個展「湖の目と山の皿」を開催した。
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