悠久の恵みと、新しいカルチャーと
潮風に吹かれたエバーグリーン(常緑樹)が、やわらかな稜線を描いている。傍らには、数百万年分の自然のスケールを肌で感じさせる巨大な断崖。入江には、やさしく打ち寄せる透明の波と、流れ着いたサンゴのかけらが陽光にきらめき、いつまでも眺めていたくなる。古事記によると、伊邪那岐命と伊邪那美命が下界に最初に誕生させた8つの島、そのひとつが壱岐だ。弥生時代には日本と大陸を結ぶ要衝として人と物資が行き交ったが、大和政権時代には、その大陸への威嚇のため200を超える古墳がわずか半世紀の間に建てられ、以降も戦時となれば国境の砦となり幾度も重責を担った。江戸からの近現代にかけては日本三大富豪の一角を輩出するほど捕鯨で財を成し、漁業は今も盛ん。イカなどは呼子とおなじ漁場とあって、その味に島民は誇りを持っている。


「農業も盛んで、お米は特に絶品」。そう教えてくれたのは、美しい大正建築の元診療所をリノベーションした「morino cafe@ten」の店長・井本さん。壱岐に魅せられ、料理人ともども本土から移住してきたという。店の看板は、異文化交流地としての文脈を感じさせる、地産食材をベースにしたオリエンタルな料理。「島には食以外にも魅力がたくさん。社や祠も1000以上あるんです」と、最近自ら発見した店の裏山の祠へ案内してくれた。平凡な雑木林のなかに、古めかしい小さな祠。とても厳かに、そこだけ朝陽が綺麗に当たる場所に祀られた光景は、往年の島民の信仰心の厚さに思いを馳せさせた。



壱岐は島をおおよそ十字に切ったように4つの町に分かれていて、それぞれの暮らしは町内でおおむね完結するが、島内外の新たな交流を生もうとするイノベーティブな人も多い。そのひとりが「平山旅館」の女将。すべての温泉施設が自家源泉という1,700年前からの湯治場・湯本温泉郷の素晴らしさを発信したいと、温泉新聞なるものまで発行した人だ。「療養泉規定値の約15倍もある高濃度温泉で、施設ごとに泉質の違いを楽しめます」。入浴すると、茶褐色のにごり湯がとろりと肌に絡みつき、子宝や美肌の湯として古来から親しまれているのが、さもあらんと思える泉質。女将の心酔ぶりも納得の心地よさだった。


伝統と革新を織り交ぜたクリエイションとして人を惹きつける輝きを放つのは「睦モクヨンビル」。高価な耐火構造材を使用した都会の高層木造ビルとは違い、“一般流通する無垢材で建てられた”日本初の4階建て木造ビルだ。「ここにしかないものをつくりたかった」と話す設計した建築家の松本さんは、日本古来の知恵や工法を取り入れ、木の肌触り、香り、視覚的な温もりなど、五感が安らぐスペースを実現。個々で営業していた隣接する温泉、壱岐牛を食せる焼肉店、地物の魚介を楽しめる創作フレンチの店などをひとつの輪でつなごうと、1階をカフェにし、絵本やおもちゃのあるキッズコーナーを設け、2階には格安の宿泊施設、3階にはコワーキングスペース、4階をフリースペースとし、陽の光が燦々と射し込むビル全体で「ここを拠点に島内外の人が集える」文化交流拠点を生み出した。

「最近は島内に特徴的でおもしろいコンテンツが各エリアで次々生まれています。壱岐全体で何泊もしてもらえる環境が整ってきているので、その活性化の助けになれたらうれしいですね」と松本さんは言ったが、その願いはまちがいなく現実のものになっていくだろうと思える、高いポテンシャルを秘めたビルだった。

「ISLAND BREWERY」は、壱岐島初のマイクロブルワリー。明治創業の酒蔵の5代目・原田さんが、やわらかな酸味と自然の甘みがある白麹を用い、クリアだが滋味深い“魚に合う”エールビールを醸す。「この町の活性化に貢献したくて始めたんです」。そう話した原田さんしかり、壱岐の人からは皆、島への強い愛が伝わってきた。彼らの心を掴んで離さない魅力が、この島にはまだまだあるのだろう。


「古きよき」と、おだやかさに包まれる旅
砂州によって陸とつながる志賀島は、海からも陸からも渡れる国内でも稀有な地形。島への道中に眺める、海の上に浮かんだ大都会・博多の景色は、ここにしかない旅情を誘う。外周は10kmで、自転車なら一周1時間。海と自然と暮らしがコンパクトにまとまり、短時間で旅の醍醐味を堪能できるのがいい。

島の入り口の渡船場と市場から、歩いてすぐのところに夏は観光客でにぎわう海水浴場。その脇にある志賀海神社の参道を歩き出す。レンタサイクル&カフェ「シカシマサイクル」やスパイスカレーの店、サザエ丼が名物の行列ができる定食屋など、新旧のお店と民家が一定のリズムで並ぶ。


参道の中腹にある「上野市兵衛商店」は、90年続く干物の老舗。小ぶりな店構えだが、かつては複数の百貨店で販売していたとあって、島の贈答品として重宝されており、遠方のファンも多い。「なんも特別なことばしとらんとよ。脂ノリのいい魚を素早く仕上げる。それだけたい」。こともなげに主人は言ったが、土産にもらった“ひと塩もの”の魚は、身の甘みとふっくら感を引き出す絶妙の塩加減。魚とともに暮らしてきた島の知恵の奥深さを十分に感じさせた。

参道の先の志賀海神社は、博多湾を見下ろす小高い丘の上にあった。祭神は、海を司る綿津見三神。伊邪那岐命が海で禊をした際に生まれた神で、玄界灘の漁師たちを見守ってきた。伝説は風習となり、今でも正月には、主に島の成人男性らが宮司とともに禊を行う。


島を入り口から時計まわりに進むと、ほどなく「SHOPヒロ」にたどり着く。生まれも育ちも志賀島のおっ母さんと陶芸家の大将が夫婦で営む小さな商店だ。店内には名物のサザエ飯や焼きたての壷焼きのほか、惣菜から日用品までずらり。店の角打ちテーブルで島民がほろ酔い、そこへ旅人がやってきて、島の話に耳を傾ける。おっ母さんが合いの手を入れ、自然とみんな笑顔になる。そんな光景が日常的に生まれるこの店には、古きよき人付き合いとおだやかな空気がいつもある。すべてはご夫婦の人柄の賜物だろう。


志賀島を半周すると、海の向こうにぼんやりと壱岐の島かげが見えた。夕日が紅く玄界灘を照らす。神話と歴史でゆるやかにつながり、異なるカルチャーを紡いできた、遠いようで近いふたつの島を巡る旅は、まるでふたつの国を巡ったような満足感を、僕らに与えてくれた。

壱岐と志賀島を船と自転車で巡る旅
ツール・ド・ニッポン in 福岡&壱岐
2025年3月15日(土)・16日(日)に開催
1日目は博多港から船に乗って壱岐へ。潮風に吹かれながら、壱岐の雄大な風景と大地のエネルギーを感じるサイクリングに出かけます。夜は湯本温泉で名湯と壱岐の海の幸山の幸を心ゆくまで堪能しましょう。2日目は福岡・志賀島への船旅からスタート。志賀島の歴史や風情を感じられるディープなスポットを巡りながら、島をぐるっと一周します。玄界灘近海の魚を熟成させた絶品の海鮮丼や志賀島ならではのスペシャルな体験も企画中。福岡(志賀島)と長崎(壱岐市)をセットで楽しむ2日間、ぜひご一緒しましょう。
※2025年3月15日(土)・16日(日)開催
ツール・ド・ニッポン in 福岡&壱岐へのご参加の募集開始は、1月下旬を予定しています。
Tour de Nippon Guide
福岡県福岡市・長崎県壱岐市
morino cafe@ten
壱岐市芦辺町箱崎釘ノ尾757
TEL:080-1980-9453
平山旅館
壱岐市勝本町立石西触77
TEL:0920-43-0016
睦モクヨンビル
TEL:壱岐市郷ノ浦町片原触407-1
0920-47-1819
ISLAND BREWERY
壱岐市勝本町勝本浦249
0920-42-0010
シカシマサイクル
福岡県福岡市東区志賀島417-1
TEL:050-6874-4398
上野市兵衛商店
福岡県福岡市東区志賀島481
TEL:092-603-2745
志賀海神社
福岡県福岡市東区志賀島877
TEL:092-603-6501
SHOPヒロ
福岡県福岡市東区弘1285-1
TEL:092-603-6866
【お詫び】
雑誌「PAPERSKY」71号(2024年11月29日発行)126ページ〜131ページの「Tour de Nippon 福岡県福岡市志賀島・長崎県壱岐市」の記事の内容に誤りがございました。読者の皆様ならびに関係者の皆様にご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。