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TINY HEROES 04

寅童子 竹内時計店

ときに土地の文化や歴史を背負い、ときに縁起物として愛され、ときに民藝運動の周縁で忘れ去られ……手のひらサイズのそれは、さながら“小さなヒーロー”のよう。三河生まれの徳川家康ゆかりの郷土玩具は、七転び八起きの起き上がり小法師である。

03/31/2026

天下人の七転び八起きに重ねて


1423、1424、1425! 嗚呼、やっと着いた。表参道に延びる1425段の石段を歩いて、ようやく鳳来寺に到着したのだ。

愛知の新城を含む三河といえば、徳川家康の伝承に事欠かない。ここ鳳来寺も例外でなく、家康の生母が男児誕生を祈願したと伝えられている。

結果、後の家康が生まれるのだが、それは壬寅の年の、寅の日の、寅の刻だったという。さらに生誕とともに、堂内の寅の方角を守護して寅童子と呼ばれた神像が消失。家康はその化身として神聖視された。

この出生伝説に感銘を受け、祖父を祀るために江戸幕府三代将軍の徳川家光が創建したのが、鳳来寺に隣接する鳳来山東照宮である。

参拝しようとすると、拝殿で見慣れない物体に出迎えられた。橙色に塗られ、円錐形をしている。顔立ちは、どこかとぼけたようにも見えて愛らしい。

これこそ新城の郷土玩具、寅童子だ。

「家康公は七転び八起きの人生の末に天下人となりました。その精神にちなんで、起き上がり小法師に寅の絵付けをしたのが、寅童子です」

「開運・厄除け・出世・子宝の願いを込めており、黄土色が伝統色。代々の繁栄を願った橙色、厄除けの黒色、井伊直虎ゆかりの赤色など、色やサイズはさまざまです」

いかにも三河の人らしい尊称とともに、竹内時計店(吉一商行)の竹内房代さんが教えてくれた。修さん、久美子さん両親から寅童子を引き継いだという。家康ゆかりの郷土玩具は、なんと時計店の看板の下で、家族による手仕事で生み出されていたのだ。




ひとりの創作から、地域の手へ


「とにかく手ぇ動かすのが好きだに。いまも毎日なんかしらやっとる」

朴訥と話す修さんは時計職人として人生を歩んできた。歯車やゼンマイなど精密な部品に日夜触れ、あらゆる治具を手作り。たとえば自家製の金槌は、用途ごとに100本を数えるほどだ。

傘寿をすぎてなお手作業を愛するほどの人だから、寅童子が生み出されたのかと納得してしまうが、それは早合点。房代さん曰く、鈴木吉一さんという親戚が1960年代から30年ほど作っていたのが元だという。

福がたくさん入ってくることを願い、背面には「入」の漢字が並ぶ

「吉一おじいさんは、父方の遠い親戚です。新聞販売店を営みつつ、寅童子のような民芸品を作っては、鳳来寺表参道の土産店や近隣の湯谷温泉の旅館などに卸していたそうです」

「ただ……ひとりで細々とやっていたので、情報がほとんど残っていません。地元にいると、土産品のことはあまり気に留めませんよね。吉一おじいさんが寅童子を作っていたなんて、私も長いこと知らなかったんです」

鈴木吉一さんの手による古い寅童子

そのため鈴木吉一さんが引退し、亡くなると、寅童子の歴史は廃絶。その状態は20年近く続いた。

「途絶えたままではもったいない。そんな話が親戚で持ち上がったとき、白羽の矢が立ったのが、私の両親だったんです」

「理由? だって、時計店じゃないですか(笑)。『親戚のなかで一番器用だで、寅童子やっておくれんかね?』と両親に話が持ち込まれました」

修さんの治具作りの影響が感じられる、房代さんの絵筆置き

当時すでに、修さんも久美子さんも60代後半。当初はふたりとも渋り、試行錯誤にも数年を要したという。それでも2010年の復元にこぎつけたのは、偶然にも寅年だったから。

干支がもう少しずれていたら、いまや年間3000個も生産されている寅童子は、途絶えたままだったかもしれない。

「寅童子は手間がかかるんです。台座を粘土で成形し、小石を3つ乗せ、水に漬けた厚紙を円錐形に糊付け。アクリル絵の具で色を塗り、顔を描いて……梱包の箱に至るまで手作りしています。起き上がらないといけないので、バランスが難しいところ。仕上がりを安定させたいけど、きれいすぎても手作業の良さが出ませんし、悩ましいですね」

「両親は高齢なので、2024年から私が制作の中心になりました。作業工程を見直して、姉や親戚、近隣の方々にも手伝ってもらっています。ここで生まれ育った私でも知らなかった寅童子が、再び少しずつ広まり、協力したいと手を挙げてもらえているのは、本当にありがたいことです」

転がしては起き上がる寅童子を見つめるうち、なにも家康には限らないのだと思った。七転び八起きの精神は、一度は途絶え、竹内さん親子の手で復活した、この郷土玩具の歩みそのものと重なった。

久美子さんが穏やかに言う。

「せっかく復活しただら、少しでも長く続いてくれたらうれしいに」

竹内時計店(吉一商行)
愛知県新城市にて、徳川家康ゆかりの郷土玩具、寅童子を手作業で制作・販売。寅童子はオンラインでも購入できるほか、鳳来山東照宮でお守りとして授与される。
https://toradouji.theshop.jp

text & photography | Yosuke Uchida