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TINY HEROES 02

飯喰猿
木の葉猿窯元

ときに土地の文化や歴史を背負い、ときに縁起物として愛され、ときに民藝運動の周縁で忘れ去られ……手のひらサイズのそれは、さながら“小さなヒーロー”のよう。郷土玩具と出合う旅は熊本へ。木葉という土地で受け継がれる、モダンかつプリミティブな土人形について。

08/01/2025

1300年の歴史と不思議な絵付け


つい右手を伸ばしてしまった。左から順に並ぶのは団子猿、子抱猿、飯喰猿。サルをあしらった素焼きの土人形だ。馬にまたがった馬乗猿なんてものもある。

馬乗猿。無病息災や交通安全祈願に親しまれている

色気をまとったこのサルたちこそ、熊本の木葉(現玉名郡玉東町)で受け継がれてきた郷土玩具である。その名も「木の葉猿」。一見するとファインアートのようであり、事実カリフォルニアのイームズハウスにも置かれているそうだが、古文書には西暦723年の伝説が記録されている。

奈良の都から逃れてきた4人の落人がわび住まいをしていたところ、夢枕に立った老翁のお告げにより、春日大明神を祀ることになった。そこで神社に奉納する祭器を木葉山の赤土で制作。残った土を捨てようとしたところ、サルに化け、飛び去った。そして再び、木葉山の赤土でサルをつくれば幸福になるというお告げがあり、つくられるようになったのが木の葉猿なのだ。

『南総里見八犬伝』の表紙に、イヌにまたがったサルが描かれている

悪病・災難避け、子孫繁栄、夫婦和合……ご利益があると見なされた木の葉猿は、郷土玩具として全国きっての知名度を誇った。

江戸時代の代表的な長編小説、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』では表紙の挿絵に採用。1916年に発表された全国郷土玩具番付では、東横綱に格付けされた。

東横綱は番付の最上位を意味する

素焼きの素朴さも魅力的だが、木の葉猿の独創的な絵付けは、一度目にすると忘れがたい。白・青・赤の斑点模様はプリミティブであり、どことなく南洋の部族のボディペインティングが思い出される。

この絵付けも受け継がれてきた伝統である。魔除け、動脈と静脈、子どもの疱瘡の痕など由来は諸説あるが、正確な意味合いはわかっていない。たしかなのは、さまざまな祈りや願いが込められてきたということだ。

「明治のころ、祖父の幼少期には工房が4つ残っていたそうですが、いまでは私たち家族だけになりました。何代目かって? それが古すぎてわかっていないんです」

「判明している範囲として中興7代目にあたるのが父で、私は8代目。家族で細々とやっているので、何代目とかあまり気にしていません(笑)」

そう朗らかに教えてくれたのは、木の葉猿の工房として唯一現存する「木の葉猿窯元」の川俣早絵さん。三姉妹の末っ子に生まれ、芸術系の短期大学で陶芸を学んだ後、実家に戻って先代に師事。3人の子育てに奔走しながら、家業を受け継いでいる。

早絵さんは右。中央が次女の浬迦ちゃん、左がニワトリのピヨピヨちゃんを抱く長男の直斗くん

「子どものころから漠然と、父の仕事を継ぎたいと思っていました」

「ほら、小学校では将来の夢を書いて教室に張り出しますよね。ケーキ屋とか、サッカー選手とか。それが私の場合は『家業を継ぐ』だったんです(笑)」




飯喰猿と子孫繁栄


約10種類ある木の葉猿のうち、飯喰猿の成形を早絵さんが実演してくれた。左手に白いおにぎりをかかえ、右手で口に運ぶような姿勢から、食いっぱぐれないようにとの願いが込められている。

粘土の塊を指先でひねって成形していく。型を用いて量産しているのではない。一つひとつに個性的な表情は、この手びねりによって生み出される。

「だから、木の葉猿にふたつとして同じものはありません」

「成形後に2〜3週間乾燥させたら、1日がかりで素焼きをし、さらにいぶし焼き。焼成は月に1回、多いときで500匹くらい。最後に絵付けをしたら完成です」

棒状にした粘土を胴体、腕、足とつなげていく

「いつもなにを考えているんだろう……今日の夕飯はなににしようかなんて(笑)」

「子どものころから父の横で木の葉猿をつくっていたので、自分が継ごうとなったときも難しい部分はとくにありませんでした。父のものと比べて『あんたんとはやわらしかね』といわれますが(笑)」

10分もしないで一匹のサルが現れた

「つくることは昔から、いまでも、ずっと楽しいんですよ。それよりも悩んだのが……私が女性であること、結婚して苗字が変わってしまうこと。父は伝統を重んじる世代なので、そうしたことについては葛藤がありました」

「でも、地元の方々がたくさん応援してくれます。熊本のテレビに出たときは、見ず知らずのおばあちゃんから電話がかかってきました。なにをいわれるかと思いきや、ただ『継いでくれてありがとう』と。あれを思い出すと、がんばらないわけにはいきませんね」

最近はうれしいことに、長男の直斗くんが9代目に名乗りを上げているそうだ。

まだ小学3年生、やりたいことはたくさんあるもの。将来の夢はいつもふたつあり、片方はパン屋など変わりゆくが、もう一方はずっと「家業を継ぐ」ことだという。

早絵さんが席を立つなり、直斗くんが粘土遊びを開始した

「子どもの発想力はすごいですよ。私には考えられないような絵付けをしたり、いまだって新しいものをつくったり……直ちゃん、それ、象乗猿?(笑)」

黄や青に塗られた団子猿が早絵さんの言葉を裏付ける

「昔は庭に敷物を広げて、子どもたちをあやしながら、木の葉猿をつくっていたそうです。生活や自然とともにある郷土玩具制作。家族で細々と、地味な手作業でやっていることですが、そのようにつづけていけたらいいなと思っています」

木の葉猿窯元
サルをかたどった素焼きの土人形である「木の葉猿」を制作する、現存唯一の窯元。工房では郷土玩具の販売や体験粘土教室も行う。木の葉猿は熊本県伝統工芸品に指定されている。
TEL:0968-85-2052

text & photography | Yosuke Uchida