朝、SANU 2nd Homeのキャビンでザックに道具を詰める姿は、どこかおだやかだ。窓の外は、森。目が覚めたときから自然のなかにいるからだろうか、山支度の時間も、旅の準備というより、暮らしのひとこまのように進んでいく。目指すのは、八ヶ岳連峰のひとつ、硫黄岳。自然のなかに建てる家を考え続けてきた安齋さんは、自然そのものを、どんな目で見ているのだろうか。
木々がつくる、ひとつの社会
「SANU 2nd Home 八ヶ岳3rd」を出て、硫黄岳の登山口までは、車でおよそ一時間。移動のあいだ、車窓の緑を眺めながら、安齋さんはふと口をひらいた。
「いろんな植物を目にするたびに、どんなふうに進化して、いまのかたちにたどり着いたんだろうと考えることがよくあります。葉の形ひとつ、枝の伸び方ひとつにも、理由があるんですよね」
知ることは、つくることにつながっていく。電気も水も、できるかぎり自然の力でまかなえる住まいへ。構想は、すでに芽吹いているという。
登山口で車を降りると、空気がいちだんとひんやりとしていた。歩き出してまもなく、その足が、ふと止まる。「甘い香りがしませんか。カツラですね」。すぐそばに、ハート型の葉をつけた木が一本、立っていた。

序盤の登山道は、苔むした針葉樹の森のなかを行く。その目に映る森は、緑のかたまりではないらしい。植物にはそれぞれ、生き延びるための方法がある。熟れた実で鳥を呼び、種を遠くまで運ばせるもの。綿毛を風に乗せて飛ばすもの。水辺に種を落とし、流れにゆだねるもの。動けない植物たちは、持ち前の力を使って進化してきた。
性質のまるで異なる木々が、互いに場所をゆずりあいながら、同じ斜面で生きている。名前を知り、個性を知れば、雑木のひとことで括られていた一本一本が、はっきりと見分けられる。
「森って、無数の生き物がつくる、ひとつの社会なんです。一本一本が自分の力で生きながら、ちゃんと譲り合ってもいる。そう思って眺めると、面白いですよね」
その言葉を聞いてから見上げる森は、たしかに、さっきまでとは違って見えた。
自然だけがつくれるかたち
しばらく行くと、川にぶつかった。前の日には、たっぷりと雨が降っていた。それなのに、流れる水は、おどろくほど澄んでいる。森が雨を受けとめ、ゆっくりと濾過してきた証拠だという。足もとの流れは、やがてほかの水と集まり、いくつもの土地をくぐって、海へと注ぐ。澄んだひとすじが、ずっと遠くの、見たこともない場所の命と、つながっている。

道ばたには、大小さまざまな石が転がっている。安齋さんは、尖ったひとつを拾いあげ、手のひらにのせた。角の立った断面は、溶岩が水に触れて一気に冷やされ、ガラスのように固まって割れたしるし。硫黄岳は、火山の活動が生んだ山だ。石ころのひとつひとつが、太古に噴き出した溶岩のかけらであり、想像もつかないほどの時間を、身のうちに刻んでいる。同じものは、ふたつとしてない。石を眺めるまなざしが、ふっとやわらかくなった。
「人間がつくろうとすると、どうしても意思が入ってしまう。作為の入りこむ余地のないかたちにこそ、心が惹かれるんです」
雪が積もるなら、屋根はどんな傾きであるべきか。雨の通り道は、どこにできるのか。デザインのヒントは、いたるところにあふれている。「山に入るのは、答えを探すためというより、答え合わせをするためなのかもしれません」。学んだことは、これまで手がけてきたSANUの建築にも息づいている。建築そのものを主張するのではなく、森の一部に、すっと収まるように。自然のなかに立ったとき、全体を見て、きれいだと思えるように。
知るほどに景色は変わる
道は、しだいに険しくなっていく。気づけば、まわりの木々の背が低くなり、緑が薄れ、ごつごつとした岩肌があらわになる。高い山には、樹木が育つことのできる境目、森林限界がある。それを越えるころ、稜線の上では、雲がぐっと近い。ふもとでは、はるか遠くの空のものだった雲が、大きく頭上に迫り、その影が、緑の斜面をゆっくりと渡っていく。
ふいに、視界が大きくひらけた。硫黄岳の頂だ。標高は2,760メートル。眼下には、えぐれた火口が、荒々しく口を開けている。かつての噴火がえぐりとった、直径およそ1キロメートルにもなる巨大な断面が、この山の生い立ちを、いまに伝えている。

顔を上げ、あたりを見回す。八ヶ岳の峰々が、どこまでも連なっている。切り立った山岳が肩を寄せあうまんなかに、ひときわ堂々と構えているのが、赤岳だ。いま立っている場所よりも、もっと高い。眺めていると、植物や石が抱えてきた歳月よりも、さらに長い時間の重みが、静かに伝わってくる。
振り返れば、登ってきた裾野が、はるか下に広がっていた。雲を追えば、風のゆくえが読める。麓に目をやれば、どこに川があり、どこに水が集まっているのかが、ひと目でわかる。歩いてきたまちも、立ちどまった川も、甘く香った森も、ひとつづきの眺めのなかに、溶けこんでいる。
すこし何かを知るだけで、当たり前だった景色は、まるで違って見えてくる。ともに歩いた八ヶ岳は、知らないものに満ちた、ひとつの生きものだった。そびえる赤岳を、しばらく見つめていた安齋さんが、口をひらいた。
「日本にも世界にも、まだ知らない山が、知らない自然が、無数にあるんだと思います。だから、また見つけに行きたくなるんです」
まだ知らないものを、見つけに行く。扉は、いつでも、目の前にひらかれている。
安齋 好太郎
1977年福島県二本松市にて、祖父の代から続く安斎建設工業の3代目として生まれる。自然と共生するサスティナブルな建築を目指し、2006年にADX(旧Life style工房)を創業。木の特色を活かし、木の新しい可能性を追求したダイナミックな建築を得意とする。幼い頃から木に触れて育ったことから木材・木造建築に造詣が深いことで知られ、Wood Creatorとして国内外の大学や企業で講演活動を行う。登山がライフワーク。

SANU 2nd Home 八ヶ岳3rd
山梨県北杜市大泉町西井出8240-980
【SANU 2nd Home】
Live with nature. / 自然と共に生きる。
SANU 2nd Homeは、日本各地の美しい自然の中に独自に建築した
シェア別荘「自然の中のもうひとつの家」を提供するサービスです。
都市と自然を行き来しながら、
その土地の日常にゆっくりと近づいていく。
「Live with nature. / 自然と共に生きる。」をコンセプトに、
あたらしいライフスタイルを提案しています。
現在、全国37拠点241室を運営(2026年8月時点)。
北海道・ニセコから奄美大島まで展開し、
2029年には国内外100拠点以上へ拡大予定です。
拠点が広がるほど、自然や地域とともに豊かになる。
そんなリジェネラティブな仕組みを大切にしています。
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