東京駅から新幹線に揺られて約1時間。都会の喧騒が少しずつ遠のき、窓の外には、浅間山がゆっくりと近づいてくる。
夏を過ごす場所として親しまれてきた軽井沢だが、近年は都心からのほどよい距離感を理由に、二拠点生活者や移住者が増えているという。建築・空間設計事務所「Puddle」を立ち上げた加藤匡毅さんも、そのひとりだ。
「今は週の前半を東京で、後半は軽井沢で過ごしています」

そう話す加藤さんは、このまちでの暮らしを自然体で楽しみながら、軽井沢の日常へと連れていってくれた。
軽井沢の日常をつくる
「Horse and the sun」
最初に足を運んだのは、小規模生産者による野菜や果実、ドリンクなどを扱うグローサリーストア「Horse and the sun」。
もともとは徳島県神山町で暮らしていた店主の高橋今日子さん。軽井沢周辺で育った野菜や果物に加え、冬の間は四国近辺の作り手によって育てられたものも取り扱っている。ここでは買い物だけでなく、ドーナツやチュロスをオーダーすることもできる。ドーナツは、素朴ながらも奥行きのある味わい。チュロスは、外は軽く、中はふんわりとした食感。


店内にはイートインスペースもあり、コーヒーとともに、その場で味わうこともできる。お店のすぐ裏には湖が広がり、窓の向こうには、その日の光や風の気配がそのまま入り込んでくる。

「一週間に一度くらいは、必ず来ていますね」と、加藤さんはおだやかな表情で話す。ここは、ただ必要なものを買い揃える場所ではない。「妻がリクエストした商品を、わざわざ仕入れてくれることもあるんです」。その言葉からは、このまちで暮らすことの楽しみが、自然と伝わってくる。
軽井沢は、西洋文化を早くから受け入れ、独自の文化を育んできたまちだ。新しく加わる人を、特別扱いすることも、距離を置くこともなく、隣の人のように迎え入れる。その空気は、このまちのあちこちに息づいている。
子どもが絵本と出会う場所
「エホンゴホン堂」
軽井沢は、質の高い教育環境があるまちとしても知られ、子どもの育つ環境を求めて移り住む家族も多い。加藤さん夫妻が二拠点での暮らしを選んだ背景にも、こうしたまちの特徴がある。 少し歩けば、元気よく走りまわる子どもたちの姿をあちこちで見かける。けれど、2018年までこのまちには、子どもたちが自分の手で絵本を選べる場所が、長らく存在していなかったという。

「子どもたちに、絵本をもつよろこびを知ってほしい」。そんな店主・平林早都美さんのまっすぐな思いから生まれたのが「エホンゴホン堂」だ。創業当時から絵本は一冊ずつ、子どもたちの反応を思い浮かべながら選んでいるそう。「選ぶ時間そのものが楽しいんです」と、にこやかに語る姿が印象に残る。本を仕入れるというよりも、誰かに手渡す一冊を探しているような感覚に近いのかもしれない。

別荘を改装したという店内に足を踏み入れると、そこには親密でやわらかな空気が流れている。加藤さんの妻・奈香さんは、この場所に足繁く通うひとり。「どの絵本にするのかを平林さんに定期的に相談しています。自分だけで選ぶと、どうしても内容が偏ってしまうので」。そう話す奈香さんにとって、平林さんの視点はとても頼もしいものだという。子ども向けでありながら、大人の目にも新鮮な装丁やテーマのものが多く、「すすめてもらう絵本は、自分では出会えなかったものばかり。私自身も一緒に楽しんでいます」と微笑む。
店内では、淹れたてのコーヒーやジュースを楽しみながら、本と向き合って過ごすことができる。毎週木曜日には、こだわりのパンやお菓子が並ぶ。奈香さんは「とてもおいしいので、家族だけでなく、友人への手みやげに買うこともあります」と話す。絵本を探しながら、焼きたての香りに誘われて手に取る時間も、この場所に通う楽しみのひとつだ。
ものをとおして、暮らしを見る
「NICEFOLKS」
続いて足を運んだのは、セレクトショップ「NICEFOLKS」。
店主の湯本隆さん・彩さん夫妻は、長野市と上田市で30年以上にわたり、ファッションや暮らしの道具と向き合ってきた。引っ越しを機に、2025年、軽井沢で新たな一歩を踏み出した。長い時間をかけて積み重ねてきた経験は、そのままこの場所のたたずまいに表れている。

店内に一歩足を踏み入れると、まず感じるのは、ゆとりのある空間と、静かに流れる時間だ。並ぶのは、全国各地の作家が手がけた衣服や家具、そして工芸品。どれも、どこでも見かけるようなものではなく、思わず足を止めて手に取りたくなるものばかり。作家の背景や思想を理解したうえで、ひとつひとつが選ばれているという。
隆さんの口から語られる話は、売るための説明というより、長く付き合ってきたパートナーのことを紹介しているような感覚に近い。聞いていると、作品についてはもちろん、最近の出来ごとなど、普段から気軽に言葉を交わしている様子が伝わってくる。作家との関係性までもが、鮮明に伝わってくるのがおもしろい。

加藤さんは「情報量の多い商品を、面白く、かつ丁寧に伝えられる人だからこそ、作家の方々も安心して作品を託せるんだと思います」と話す。「佐久市の伝統工芸品をはじめ、長野のものがきちんと揃っているのも、このお店の魅力ですね。どれもストーリーがあって、つい長居してしまいます」とも。
隆さんが語る、ひとつひとつの作品の背景に耳を傾けながら、ゆっくりと棚を巡る。作品を手に取り、さまざまな角度から眺め、細部に目を近づけたり、少し離れて全体を見たりしながら、質感を確かめる。こうした繰り返しのなかで、ものを選ぶ時間は、いつの間にか、自分がこれまで大切にしてきた暮らしや過ごし方を思い返すひとときへと変わっていく。
そうして店を出るころには、来たときとは少し違う感覚で、このまちを歩いていることに気がつくだろう。
旅の終わり、暮らしの入口
「stand fog」
旅の終わりに足を運んだのは「stand fog」。「Horse and the sun」のすぐ近くで、2025年10月にオープンしたばかりのこの店は、このまちで暮らすことの心地よさを伝えている。
店主の森本浩基さんは、東京・日本橋のレストラン「caveman」でソムリエとして腕を磨き、2021年からSANU 2nd Homeのワインセレクトも担当している。ここで振る舞われる料理の主役は、森本さんの妻・あゆみさんが隣町の嬬恋村で育てた野菜だ。

素材の輪郭を引き立てるシンプルな調理は、野菜がもつ旨みや滋味を、まっすぐに伝えてくる。料理はワインと並ぶことで完成する。重ねすぎない味付けが、ワインの果実味と自然に呼応し、ひと皿ごとに、グラスの中身がゆっくりと進んでいく。

ワインセラーへ足を踏み入れると、空気がふっと変わる。壁一面に並ぶボトルは、選び抜かれたものばかりで、楽しい時間を自然と想像させる。「夜はもちろん、お昼も、気軽に食事とワインを楽しめるのがいいんです」と、加藤さんは話す。奈香さんは、「犬と一緒に入店できるのは嬉しいですね。こういうお店だと、なかなか難しいので」と笑う。加藤さん夫妻にとってここは、かしこまって出かける外食先ではなく、友だちと自然に集まり、食事とお酒を楽しめる場所になっている。

信頼できる作り手が育てた野菜を、信頼できるソムリエが料理し、ワインとともに味わう。そのまちで続いてきた暮らしを、食をとおして、少しずつ自分のなかに取り入れていく。
またこの店に戻ってきたい、次は誰と来ようか。そんな温かな想像が、自然と心に広がっていく。 そうして、このまちを再び訪れる理由が、ひとつ増えていく。旅は終わっても、このまちとの関係は、ここから続いていく。
Karuizawa Travel Guide
Horse and the sun
長野県北佐久郡軽井沢町発地348-55
090-6380-4366
エホンゴホン堂
長野県北佐久郡軽井沢町長倉2450-2
0267-31-5183
NICEFOLKS
長野県北佐久郡軽井沢町長倉4209-1
0267-31-5268
stand fog
長野県北佐久郡軽井沢町発地342-110