Playful Ant 12 – Hisako Nagashima(元資生堂取締役・元資生堂美容技術専門学校長)
今から10年以上前。僕はアメリカ・サンフランシスコ郊外で夏の間の住まいを探していた。アメリカで大学院生だった僕は、サンフランシスコの小さな会社でインターンとして働くことになっていた。何のコネもない外国人の学生に貸してくれる人などいるのだろうか、、、家探しは困難を極める。そう予想していた僕は、ダメもとで連絡をとった家主に出鼻をくじかれた。彼女は、東海岸からいきなり電話してきた学生が日本人だとわかると大層喜んだのだ。
「綺麗に丁寧に使ってくれるし、信用できるし。日本人だったら、ぜひ貸したい」
驚いた。ちなみに、これは僕個人への評価ではない。日本人全体に対する評価だ。
人種差別、ジャパン・バッシング、、、海外において日本人は必ずしも歓迎されてきたわけではない。しかし、風向きが変わったことを肌で感じた。
近年、海外から日本を訪れる観光客が激増している。円安影響も相まって、コロナ禍前の水準を上回り、その数、月300万人を超えるという。食べ物のおいしさ、自然の美しさ、生活文化の豊かさ、街の安全性などを理由に挙げる人が多い。アメリカから訪れた僕の友人は、電車の中に財布やパスポート一式を置き忘れて降り、手付かずのまま丸ごと戻ってきたことに大感激していた。そう、これが日本の底力だ。
今でこそ、「日本=高い品質・信頼」というイメージが定着しているが、それは一朝一夕で得られたものではない。先人たちが一つひとつ、艱難辛苦を乗り越え、培ってきたものだ。一方で、デフレ、円安の進行により、国際社会における日本の相対的価値は下がり続けている。インバウンドによる経済効果を、両手を挙げて喜べば良い状況ではないだろう。「日本=高い品質・信頼」という評判やイメージを、僕たちはどう守り、どう進化させていけば良いのだろうか。
道を切り拓いてきた先人の声を、今こそ聞いてみたい、紹介したいと考えた。今から60年以上前、MADE IN JAPANに対する評価が「安かろう悪かろう」であった1960年代、資生堂の海外派遣美容部員として日本文化の価値を伝えてきた永嶋久子さんだ。およそ30年にわたって、アメリカ、ヨーロッパ、東南アジア、オセアニアなどに赴任し、世界の店頭でお客様一人ひとりに直接触れることで、信頼を積み重ねてきた人である。

愛をもって、お客様の心にふれる
Q:1962年に資生堂の海外派遣美容部員第1号として香港に赴任して以来、およそ30年に亘り、世界各地にて化粧品の販売、現地美容部員の指導にあたられていました。日本への評価がまだまだ低い時代、未開拓の世界に出ていき、一歩一歩、実績を積み重ねてこられた永嶋さんですが、お客様にサービスを行なわれる際に、常に心がけていたことは何でしょうか?
永嶋さん:やはり、愛でしょうか。
海外のデパートの店頭に立ち接客を始めた頃、英語もままならない状態で、もちろん苦労しました。「日本の化粧品を使うと肌が黄色くなるの?」と真面目に質問されたりもしました。だからこそ、自分の想像力や共感力をフルに駆使し、お客様の立場に立ち、何をしたら喜んでいただけるかを一生懸命理解し実現しようとしました。このように自分自身の短所に向き合うだけでなく、長所を知り磨くことが重要です。想像力を高めるためには、日本の価値観だけに留まらないよう、外の世界に出て触れることを常に意識していました。

どの国であっても、信頼というのは、お客様お一人おひとりへの対応の積み重ねで得るものです。モノやサービスを売ろうとする前に、お客様をお迎えし、どのような悩みをお持ちなのか、何を求められているのかをしっかりとお聞きし、お客様のことを深く理解しようとする。そういう姿勢で臨めば、自ずと愛がある応対となります。「モノやサービスを買っていただくのではなく、まずは自分という人間を買っていただく」ことが大事だと考えていました。
言葉のハンディキャップを埋めるために、最善の努力を重ねる。すぐにあきらめたり開き直ったりするのではなく、どうすれば今より少しでも良くなるのか、真摯に考え実行に移す。大切なのはその心がけにあり、それがお客様に対する愛情であると思います。「愛ある応対や技術は言葉を凌駕する」という大切なことを、私はお客様から教えていただきました。
永嶋さんの愛ある応対や技術を象徴するエピソードを紹介したい。1970年頃のこと。ニュージーランドで資生堂の化粧品を販売していた代理店事業を子会社として独り立ちさせることになり、その記念プロモーションのため出張した永嶋さん。子会社の社長に就任した現地代理店の事業責任者は、資生堂の化粧品をニュージーランドで販売するため日本に直談判に訪れた人物だ。なぜ東洋の小さな化粧品会社の商品を熱心に取り扱おうとしたのか、、、永嶋さんは素朴な疑問を感じて尋ねたという。そこで口を開いたのは、社長の隣にいた奥様だった。
「きっかけは私なの。10年ほど前、香港のデパートにふらり一人で出かけた際に、今まで見たこともない化粧品を見かけて、、、買うつもりはなかったのよ。でも、通りがかった私に、着物をきた日本人女性がさりげなく話しかけてきて、買わなくてもいいと言うし、暇もあったので、肌の手入れとメーキャップを1時間ほどしてもらいました。お礼代わりに口紅一本買おうとしたら、丁寧に書き込まれたビューティープランとサンプルを渡してくれたの。ホテルに戻ったらドアボーイも夫も綺麗だって褒めてくれて、翌日、ビューティープランに書かれた化粧品一式を買って帰りました。とても気に入って毎日使ううちに底をついてしまい、商社に勤めていた夫に、この化粧品を輸入してはどうかと勧めたの。それがきっかけだったのよ」
その美容部員のことは覚えていないが、そういえば、そのビューティープランをまだ大切に保管しているという。家の奥から探し出してきた、黄色く変色し古ぼけた1枚の紙に目を通すと、そこにサインされていた名前は、HISAKO NAGASHIMA だった。

自分らしさを、大事にする
Q:永嶋さんはこれまで、さまざまな国に居住しながらその国独自の生活文化に触れてこられましたが、今でも「あの国のあの生活文化は素敵だったなぁ」と思われるものはあるでしょうか?また、これからの時代、わたしたち日本人はどのようなことを心がけていく、または、どのような役割を果たす必要があると思われますか?
永嶋さん:それぞれの国や文化に良さがありますから、違いはあれど、優劣をつけることは難しいですよね。色々な異文化の中で仕事をする際に意識をしてきたのは、「郷に入っては郷に従う」ことは大事にすること。その上で「自分の文化に誇りを持つ」ことです。

そのきっかけとなった、今でも鮮明に覚えているシーンがあります。1960年代、ニューヨークに出張で行った時のこと。洗練されたインド料理の高級レストランでの食事に出かけた折、隣の席でサリーを纏ったインド人女性の方が三本指で食事をされていたのです。高級なレストランで用意されたシルバーを使わずに、手で食事をされる姿にカルチャーショックを受けると同時に、美しい動作と立ち居振る舞いに目を奪われました。「この方はなんと凛としているのだろう」と心から感動したのです。一方で自分は、場に合わせようとしすぎて、慣れないフォークとナイフをガチャガチャと使いながら食事をしている・・・我が姿を省みて、恥ずかしいとさえ思いました。
周りに順応しようとすることや何かに勤勉に取り組むことは日本人の良さだと思いますが、空気を察しすぎようとすることや以心伝心を期待し過ぎようとすることは、グローバルという舞台では残念ながら通用しません。堂々とする時はするべきだと私は思います。あっちにもこっちにも慮りすぎることこそが、かえって一番醜くなることもある。お互いの多様性に想いを寄せながらもそれぞれの意見をしっかりと論じていくのが大事だと思います。
今、ウクライナやパレスチナをはじめ、あらゆる場所で争いが起きています。愛の反対は憎悪ではなく、無関心。無関心になることが一番怖いことですよね。自分たちの歴史や文化に自信を持ちながら、日本人ならではの意見をもっと主張していくべきだと思います。日本人としてのすぐれた感性を失わずに、国際舞台で堂々と生きることが、日本にとっての真の意味でのグローバルスタンダードと思います。
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日本の文化について触れる印象的なエピソードを2つ紹介したい。
フランス子会社の美容部長を日本に招いて指導を行った時のことだ。研修の一環として永嶋さんは、彼女と共に趣の異なる2箇所に宿泊をした。一つは会社の研修所、もう一つは一流温泉宿だ。

研修所は、森に囲まれた静寂の中の佇む近代的な建物で、機能的な教育用具が取り揃えられ、数多ある日本企業の研修所の中でも際立って高い評価を受けていた。そこでは、食べた後の食器を自分で運ぶ。食べ残しを流しに集め、食器を種類ごとに分けて重ねておき、それを手洗いする。その様子を見たフランス子会社の美容部長は言った。
「家電商品が充実した日本で、なぜ、食洗機を使わないの?」
「日本では料理に合わせて様々な形の器を使うから食洗機には向いていないのよ。それに陶器は壊れやすいし」
「壊れやすいなら、なぜプラスチックのお皿にしないの?」
「この研修所は、単にお化粧という表面的なことだけでなく、立ち居振る舞いや言葉遣いなど全てを含んだ美しさについて教えているところよ。もし食器をプラスチックに変えたら、投げても割れないということで、粗末に扱うようになり、商品ひとつひとつを丁寧に扱う習慣が身につかなくなるでしょう」
本物の価値ある商品を売るためには、本物の態度と動作が不可欠である。本物の態度と動作とは、その場限りの真似事ではなく、日頃全ての動作の積み重ねが習慣となり形づくられていくことを永嶋さんは伝えたのだった。
そして温泉宿を後にする際のこと。見送りの女性が両手を畳について挨拶した。
「色々と不行き届きの点がございましたでしょうが、どうぞまたお越しください」
通訳された内容を聞いて、不思議そうな表情で美容部長が永嶋さんに尋ねた。
「彼女は私たちに対して何か失敗をしたの?私は全く気づかなかった。彼女の応対は完璧だった。なのに、どうして『不行き届き』と言っているの?」
「そう、この言葉にこそ、日本の本当のサービスが凝縮されているのよ。あなたは彼女のサービスは完璧とみなした。でも彼女から見ると、一生懸命やったつもりだけれど、自分で気づかないミスもあるかもしれない、相手に本当に100%満足してもらえたかは分からない。だから、あなたの立場に立って『不行き届き』という言葉を使ったのよ」
自分が満足にやり切ったから相手も満足と思うのは間違いで、相手が満足であって初めて100%のサービスが出来たことになる。永嶋さんが目指してきた『相手の立場に立つ』という姿勢は、生易しいものではない。日本文化の奥深くに根ざした本物だからこそ、世界中の人々の心を掴んで離さなかったのだろう。

若い時にこそ、本物、異文化に触れるために外に出る
Q:テクノロジーの進歩により、いろいろな知識が容易にインターネットを通じて得ることができるようになりました。そのせいもあり、「海外に出て住んでみたい・勉強してみたい」という想いをもつ若い人たちの数が減っているとも言われています。これからの時代を生きる若い人たちへのメッセージをお願いします。
永嶋さん:今の時代、何かを調べようと思ったら、スマホで簡単に詳しい情報が出てきます。AIによるチャットサービスも色々な答えを返してくれます。こういうテクノロジーを活用すること自体は良いことだと思いますが、若い人には何かをテクノロジーを通じて知って「わかったつもり」になっただけで終わらないでほしいと思います。簡単に得た情報や知識は、やはりそれだけ簡単にメッキのように剥がれてしまいます。

若いみなさんには、ぜひ、若い時にこそ本物、そして、異文化に触れてほしい。スポンジだって、一滴も水がついていない時にこそ、凄まじい速さと強さで水を吸収していきますよね。何かを知らないことは恥ずかしいことではありません。むしろ、知らないことを知っているつもりで話すことこそが、恥ずかしいことです。百聞は一見にしかず。
人間は新しいことがわからないほど、バカではありません。色々な物事に小さな遊び心をもって、内向きになりすぎず、「外」に一歩を踏み出してほしいと思います。それが皆さんの視野を広げ、教養を深め、人生をも豊かにしてくれるのです。

インタビュー後の独り言
永嶋さんの言葉を改めて噛み締める。全て深い。テクノロジーに乗じて、わかったつもりになる、自分で出来たつもりになる、、、恐ろしいことだ。本質から、本物から、自覚ないままどんどん離れていく。
だからこそ、自分の脚で世界をウロウロしよう。アリのように、あっちにごつん、こっちにごつんとしながら、自分の触覚で感じ取っていこう。そして初めて、新しい価値ある本物に巡り合うことができるのだ。
Stay Playful.
『The Playful Ants -「うろうろアリ」が世界を変える』
蟻の世界を覗いてみよう。まじめに隊列を組んで一心不乱に餌を運ぶ「働き蟻」の他に、一見遊んでいるように「うろうろ」している蟻がいることに気づくはずだ。この「うろうろ蟻」、本能の赴くまま、ただ楽しげに歩き回っているだけではない。思いがけない餌場にたどり着き、巣に新しい食い扶持をもたらす。自分たちに襲いかかる脅威をいち早く察知する。
人間社会も同様だ。変化のスピードや複雑性が増す現代。何かを人に命令されて一心に動く「働きアリ」ではなく、自分ならではの目的意識や意義に導かれながら、自分なりの生き方や働き方を模索する「うろうろアリ」こそが、新しい価値を社会にもたらすのではないか。
一人ひとりの人間はアリのようにちっぽけな存在だ。けれど、そのアリが志を持ち、楽しみながら歩いていけば、それは新しい価値を見出し創り出すことにつながっていく。世界を変えることにもつながるだろう。僕は、アメリカのコーネル大学経営大学院の職員として、また、東京に拠点をもつ小さなコンサルティング&コーチングファームの代表として、数多くのグローバル企業や日本企業と実践的なイノベーションプロジェクトをリードしてきた。その経験から、確かにそう感じている。
「うろうろアリ」は、当て所なくただ彷徨うアリではない。人生を心から楽しむ遊び心を持ったアリだ。だから、僕はこれを「Playful Ants」と訳した。この世界に、「働きアリ」ではなく、もっと「うろうろアリ」を増やしたい。この思いを胸に、この連載では、僕が魅力を感じる様々なタイプの「うろうろアリ」たちの働き方や生き方を紹介していきたい。
さあ、Let’s be the Playful Ants!
唐川靖弘 (うろうろアリ インキュベーター)
「うろうろアリを会社と社会で育成する」ことを目的に組織イノベーションのコンサルティング・コーチングを行うEdgeBridge社の代表として10か国以上で多国籍企業との実践プロジェクトをデザイン・リード。その他、企業の戦略顧問や大学院の客員講師を務める。