
静岡県焼津市から南アルプスの南端・川根本町まで、静岡市、藤枝市、島田市を結ぶ「KATSUO TRAIL」は総距離220km・獲得標高6,300m、大井川をぐるりと周回するロングトレイルだ。『PAPERSKY』本誌No.71ではハイク用のルートを紹介しているけれど、それとは別に自転車用のルートも整備されている。こちらでは「KATSUO TRAIL」の自転車ルートを使ったスルーライドをレポートする。

レース仕様のチタンフレームのバイクから太めのタイヤを履かせたグラベルスタイルまで、思い思いの自転車が聖揃い

今年開通したKATSUO TRAILは、大井川を通じて交流があった焼津〜静岡〜藤枝〜島田〜川根本町を、ハイクあるいはライドしながら地域の歴史や伝統を学び、海、山、川が織りなす風土を感じようという、“トレイル・ラーニング”をコンセプトに整備されたものだ。
そんなKATSUO TRAILのアイコンが「カツオ」。日本屈指のカツオの水揚げ量を誇るのが焼津漁港であり、焼津は長きにわたり「カツオの町」として知られている。一方、焼津漁港から大井川を上流へ遡ると、その支流の流域である川根本町には山深い森林が広がっている。そこで伐採された材は駿府城や浅間神社の建材として重用され、大井川を通じて輸送されていたというが、「八丁櫓(はっちょうろ)」と呼ばれたかつてのカツオ漁船も、大井川で流送された川根本町の材で造られていたようだ。
焼津と山深い川根本町、カツオを中心とする海の幸と材木を代表する山の恵み。それぞれの恵みを享受し合うことで生まれた交流を掘り下げるというのが、KATSUO TRAILのテーマである。



スタートは、ハイクのルートと同じ焼津市の石津浜公園。雪をかぶった冬の富士山がサイクリストたちを見送ってくれる。これは幸先がよさそう!那閉神社に立ち寄り、旅の安全を祈願してカツオつながりの大漁守りを買い求め、瀬戸川沿いを進む。旧東海道の一部をなぞり、宿場町の佇まいが残る岡部宿から朝比奈方面へ。
朝比奈地区では2年に1度、巨大なロケット花火を打ち上げる「朝比奈大龍勢」という伝統行事が行われているのだが、花火打ち上げのためのやぐらが田園風景のなかで異彩を放っていた。「道の駅玉露の里」で早めの昼食となり、この地域名産のとろろを使った郷土料理、岡部汁をいただいた後、本格的な上りに突入する。


速い・遅いは関係なし。峠越えは自分のペースで
朝比奈川沿いに設けられている県道を北上するとやがて青羽根という集落に入るが、ここからがなかなかの急坂続き。ライドに同行してくれた、島田市の自転車店「なるおかサイクル」のメカニック長島崇文さんいわく、「週末になるとヒルクライマーの姿もちらほら見かける」というから、ヒルクライマーにはそこそこ知られているエリアなのかもしれない。随所に現れる眺望ポイントからの茶畑の眺めが、モチベーションになってくれた。



青羽根の先もまだまだ坂道は続く。上ったり下ったりしながら1日目の宿泊予定地、笹間に到着したころには、あたりはすでに暗くなり始めていた。宿泊した「民宿ふくい」の夕食には、笹間でとれた原木しいたけの陶板ステーキとたっぷりのとろろ、ヤマメの塩焼き……旬の山の恵みがもりだくさん!
夜には、山の稜線からのぞく無数の星々に圧倒される。朝は太平洋を眺めていたのに、夕方には山の中にいる。たった1日走っただけでずいぶん遠くまで来たもんだ、なんて感慨に耽ることができるのも、グラデーションのように景色が移り変わるさまを間近にできる自転車旅の醍醐味だろう。


2日目の朝は出発前に、近くにあるギャラリー「Cha.Beya」を訪ねる。この地域では、廃校になった小学校を活用した「島田市山村都市交流センターささま」を中心に、陶芸を通じた地域活性に取り組んでおり、ここを拠点とする陶芸祭も2年に1度開催されているのだが、その一環として造られたのが、古い茶工場をリノベしたこのギャラリーだ。陶芸家の道川省三さんの作品を常設展示するほか、不定期に開催する企画展では笹間のレジデンスアーティストの作品などを扱うそう。
ギャラリー出発後は茶畑に彩られた美しい集落のなかを快適に走る。地図上の高低差をチェックすると、どうやら川根本町までは上りっぱなしとなるよう。笹間の集落を通過した先は、眺望のない林道をひたすら上る。
焼津を出発してからここまで、“カツオ”感はまったくないけれど、この先、いったいどうなるんだろう……。なんて不安に思うこと1時間半。国道に出ると、その先に「杉尾はなのき展望休憩所」が見えてきた。静岡市と川根本町の境、標高775mに位置する休憩所からは、天気の良い日には富士山を見晴らすというが、あいにく富士山のあるあたりには真っ白な雲がかかっていた。


川根茶と茶箱と
「杉尾はなのき展望休憩所」の先でこの日の最高標高を迎えると、あとは大井川鐵道の千頭駅まで一気に下る。長い下り坂で冷え切った体を温めてくれたのは、香り高い川根茶!千頭駅前にある「田畑茶店」でいただいた川根茶は、やわらかな甘みとまろやかなコクでしみじみと煎茶のおいしさを味わう。人心地ついたところで店のご主人に川根茶の話を聞いてみた
「川根一帯では500年以上も前から茶葉が栽培されてきました。というのも、川根は奥大井の両岸に山々が迫る地形で、昼と夜の寒暖差が激しい。だから、朝方には霧が立ち込め、急斜面に拓かれた茶畑を包み込む。この霧が、川根茶らしい味わいをもたらしてくれます」



店内にうず高く積まれていた茶箱が気になってご主人に尋ねると、町内には茶箱を専門に作る工房があるという。防湿・防虫・防酸化効果に優れた茶箱は、茶葉の保管に欠かせない道具。江戸時代末期〜明治初期は、さまざまな茶箱に入れられた茶葉が静岡街道を経て横浜港まで運ばれ、海外に輸出されたとか。そんな茶箱製造を見学しに、「前田工房」を訪ねた。

サイクリストのジェームズはイギリス出身。「そういえば、故郷でもお茶を運ぶ時にはこんな茶箱を使っていたな。すごく懐かしい!」
さて、茶箱である。現在、茶箱専業のメーカーは全国でたった3軒のみ。そのひとつが「前田工房」だ。70代の親方のもと、30〜50代の5人の職人が、地元のスギ材を使って大小さまざまな茶箱を製造している。防湿・防虫・防酸化効果の秘密は、内側に貼ってあるトタン。内側の溶接に用いる素材は鉛のハンダが一般的だが、亜鉛は健康に悪影響を及ぼす可能性があるとして、ここでは人体に影響のない錫(すず)を原料とする、鉛フリーのハンダに切り替えた。「コストはぐんとアップしたが、その分、製品レベルも格段に向上した」そうで、現在はアメリカ、イギリス、カナダ、カタールなどにも輸出している。


「地元で伐採されたスギ材から茶箱に適した材を選び、島田で製材したものを3ヶ月間、干して乾燥させ、ここで茶箱に仕立てています。防湿・防虫効果があることから現在は茶葉だけでなくコーヒー豆や米、乾物、カメラやカメラレンズの保管にも用いられているんですよ」(「前田工房」の薗田喜恵子さん)
茶箱の製造時に出る鉋屑(かんなくず)も有効活用しているのがポイントだ。茶畑に撒いたり、あるいは養鶏業者に引き取ってもらい、鶏小屋の床に敷いたり、鶏糞と混ぜて堆肥を作ったり。一部は焼津のカツオ節メーカーの燻しの作業にも用いられるとか。ここで思いがけず、カツオが登場!海と山、焼津と川根本町との交流がこんなところで見つかるなんて。

2日目はこのまま接岨峡まで走り、接岨峡温泉に浸かる。……の前に、「川根本町資料館やまびこ」に立ち寄った。林業と大井川を中心に営まれてきたこの地域の暮らしや産業を立体的に展示しており、伐採された材がいかにして沿岸部にもたらされたか理解することができる。KATSUO TRAILが描くストーリーの核心に触れられる施設といえるだろう。



ユニークなゲストハウスでの一夜
資料館の見学後は湯質の良さで有名な接岨峡温泉へ。こちらは全国でも数少ないナトリウム炭酸水素塩冷鉱泉で、無色透明、とろとろの湯が特徴だ。泉質の良さから全国の温泉好きにも知られている温泉である。ここから千頭駅までの戻りには、大井川鐵道南アルプスあぷとラインを利用する。国内随一の急勾配区間を日本で唯一のアプト式で走る列車は、渓谷沿いをのんびり走る。千頭駅からまた自転車にまたがり、日本人&アメリカ人の夫妻が営むゲストハウス「みかんせい」へ。



塚島夫妻が「みかんせい」をオープンしたのは、2024年5月のこと。カリフォルニア州ヨセミテの、川根本町よりもさらに小さな町出身のクレアさんと、神奈川県出身の史朗さんは静岡で出会った。川根本町の自然、気候、風土と築110年の古民家に惚れ込み、この地への移住とゲストハウス運営を決めた。
少しずつ手を加えているところだが、「完成したらつまらない、家も町も人も、永遠に変わっていくのがいい」と、ゲストハウスの名前は「みかんせい」に。素泊まりのこの宿では、夕食や朝食は備え付けのキッチンを使ってゲストが用意する。時にオーナーを交えて調理したり、食事をとったり、そんな家庭的なムードが楽しい宿なのだ。

3日目、「みかんせい」のクレアさん&史朗さんに別れを告げて出発。この日は川根本町から島田まで、大井川を辿る川セクションである。周囲を茶畑に囲まれた舗装道はフラット基調ながら、一部の区間は交通量が非常に多いので注意しながら進む。

突然、目の前に現れたのは高さ7mの竹製の手のひらのオブジェ!2024年2〜3月にかけて行われた芸術祭「UNMANNED無人駅の芸術祭/大井川2024」に参加したアート作品、小山真徳の『てのひら』だ。「UNMANNED無人駅の芸術祭/大井川2024」は島田市及び川根本町の大井川流域を現代アートの舞台とするもので、「茶箱」や「大井川」など、地域固有の資源を題材とした30の作品が登場した。特大サイズの手のひらは、作家がこの地に2ヶ月逗留し制作したものとか。地域の人々とどんな交流があったのか、どんな会話からこの作品が生まれたのか……なんて想像をかき立てられる作品である。


茶畑を抜け、「越すに越されぬ大井川」を渡る
大井川鐵道・家山駅周辺で「たいやきや」に立ち寄り、名物の羽根つき抹茶たいやきをいただく。そのあとは念願のELに乗って新金谷駅まで。もちろん、自走して新金谷まで行ってもいいのだけれど、タイミングがあえば鉄道の旅を味わってみたい。新金谷駅からこの日の宿泊地、「おれっちのひみつきち」まではもうひとこぎ。


最終日のハイライトは、旧東海道の宿場町として栄えた金谷、島田の歴史&文化探索。まずは大井川を渡ってJR島田駅方面へ。大井神社にお参りし、メカニックの長島さんが勤める「なるおかサイクル」に立ち寄り。島田駅前の清水屋では名物の小饅頭を買う。参勤交代で島田宿を訪れた、松前藩の松平不昧の目に留まったことで一躍、知られるようになったという、街道の名物まんじゅうだ。小ぶりのサイズでいくつでも食べられてしまうので、多めに買っておくのがおすすめ。
次に向かったのは大井川川越遺跡。江戸時代、「東海道屈指の難所」と恐れられた大井川を渡るのに活躍したのが「川越人足」である。川を渡るためには、人足に肩車してもらうか、輦台(れんだい)という乗り物に乗らなければならず、川越制度と川会所というシステムが整備された。最盛期には川の両岸に1000人強の人足が配置されたといい、この遺跡には川越の料金所(川会所)や人足の番所が再現されている。


再び大井川を渡り、JR金谷駅へ続く坂を上って牧之原台地へ。日本一の広さ(5,000万㎡!)を誇る牧之原大茶園は、明治初期、版籍奉還に伴って職を失った250人あまりの士族たちにより開墾されたもの。隊長として士族を率いた中條景昭のチームに、川越制度の廃止によって職を失った川越人足たちも加わり、農民さえ見向きもしなかったという荒地を大茶畑に変えたのだ。明治22年には東海道線が開通したことで茶製品が全国に出荷されるようになり、牧之原茶を広めるのに大いに役立ったという。牧之原台地を見守るように建つ武士像は、この中條金之助景昭の像だった!
ゴール間近!いざ、蓬莱橋へ


牧之原大茶園から長い下り坂を経て、世界一長い木造歩道橋の蓬莱橋へ。全長897.4mの蓬莱橋は現在も農道として利用されている橋で、橋から富士山の眺めがいいとしてツーリストにも人気のスポットだ。秒速17mという突風に自転車を押し倒されそうになりながら、どうにか渡りきった。蓬莱橋を渡ったら、大井川沿いに整備されているマラソンコース「リバティ」をのんびり走って石津浜公園まで。締めはもちろん、焼津のカツオのたたきで。
とろろ料理に林道の上り坂、スギ材に茶箱、お茶まで。カツオを追いかけた大井川流域の自転車旅には、思いがけない発見がいっぱい。大井川流域には、掘り尽くせないほどの物語が眠っているのである。

【Travel Guide】
KATSUO TRAIL
http://do-labs.org
道の駅 玉露の里
https://www.shizutetsu-retailing.com/gyokuronosato/
なるおかサイクル
https://naro-jp.com
民宿ふくい
https://shimada-ta.jp/hotel/hotel_detail.php?id=26
川根本町資料館やまびこ
https://www.town.kawanehon.shizuoka.jp/soshiki/shakaikyoiku/shiryokanyamabiko/index.html
接岨峡温泉会館
https://www.sessokyoonsen.com/
ゲストハウスみかんせい
https://www.guesthousemikansei.com
おれっちのひみつきち
https://ore.pepper.jp