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Japanese Fika

いとうせいこうと
東西が融合した新・茶会 

vol.8 海獣学者 田島木綿子

スウェーデンの習慣で「お茶の時間」、FIKA。亭主のいとうせいこうさんが本日お招きしたのは、海獣学者で、国立科学博物館研究員の田島木綿子さんです。まだまだわからないことが多いクジラやイルカなど海の哺乳類たち。田島さんは海に打ち上げられてしまった彼らを解剖したり、標本にしたり、調査を重ねることで彼らに少しでも近づこうとしてきました。今回はふたりで海の世界へ、思いを馳せます。

02/19/2024


木綿子さんとは初対面だったけど、すぐにファーストネームを呼んでいた。それは例えば海の中で出会ったとしても同じだったろう。

そして、そういう感覚というものは水を生きる哺乳動物にも共通なのではないかと思えた。がしかし、我々人間以外の生き物が生命の空間を危険なものにしているのも確かで、そうすると我々自身の生きる領域も限りなく狭められているのである。

狭いのはいやだ! 水の中で生きる者たちに出来る限りの自由を!
俺は人間としてかシャチとしてかわからないが、心からそう思った。

ーいとうせいこう



いとう:クジラやイルカの研究というと、フィールドは世界中どこでもですか?

田島:拠点はつくば市の研究施設ですが、海の動物にはボーダーがないので我々も国境を越えていく必要があります。きのうもスナメリ(アジア沿岸に生息する小型イルカ)に関する韓国のシンポジウムに参加してきたところです。

いとう:そもそも田島さんはなぜこの世界に?

田島:獣医大学に入ったのがきっかけです。たまたまシャチの本を読んで。英名だと「キラーホエール(Killer Whale)」と呼ばれ、海のギャングと恐れられていますが、我々と同じように母親が子どもを必死に守り育てているだけ。祖母、母親、姉、弟と親族体系があり、「方言」といわれるその家系だけが鳴く声でやりとりをする。そういうことから、彼らも同じ哺乳類の仲間と知り、イメージとのギャップに衝撃を受けたんです。すぐバンクーバーに行って、そこで野生のシャチを見て魅了されました。

いとう:コレだ!と?

田島:この動物に関わりたいと思い、大学院で獣医病理学の研究をしようとしました。

いとう:当時、海の哺乳類を専門にする研究者や研究室は存在していたんですか? 

田島:ないですね。論文の研究資料を集めるのすら難しくて。なので、無理やり入れてもらった鳥取大学の大学院を辞めてますし。

いとう:そうなんだ。一度、道を諦めてからどう切り拓いていったの?

田島:あるとき、私が今働いている博物館主催のシンポジウムがあったんです。そこの研究員で、鳥取大学を紹介してくれた山田先生(クジラの大家・山田格博士)に研究を諦めることを謝りにいったら、「たまに博物館に来れば」と誘ってくれて。それで、標本づくりなどを手伝い始めてみたら灯台下暗しで、近くに研究資料があるんじゃん!って気づいたんです。山田先生は比較形態学がご専門で、病気の研究とは異なりましたが、形態という基礎からやろうと大学院に入り直したんです。当時はほぼ博物館にいて、ストランディング(クジラやイルカが海岸に打ち上がること)にも何度も行きました。

いとう:ストランディングの知らせがあると、すぐ向かうんですよね。

田島: 「どこでもドア」がないので、“可能なかぎり”です。鹿児島からの知らせなら、がんばっても現場に着けるのは次の日の夕方。

いとう:翌日の夕方でも遅いということ? 事件現場に駆けつける刑事みたい。

田島:まずは現場の撮影などから始めて、次に内臓をひとつひとつチェックしていきます。法医解剖と同じです。

いとう:だいたいの死因はなんですか?

田島:私の経験上、20%はわかりません。残り80%は混獲が原因という印象です。

いとう:死んだから打ち上がったのか、打ち上がったから死んだのか。そこも気になるところ。

田島:死因を探るには、彼らの正常な状態を知っておく必要があります。生きたまま海岸に打ち上がると、自重で息ができず動けないんです。大きな波が来れば自力で戻れますが。ただ、なぜ途中で気がつかないのか。理由があるはずですが、日本の体制では18m級のクジラなどは新鮮なうちに解剖できない。場所や重機の手配に時間がかかり、着手するころには内臓なんてムース状態で、もうわかりません。

いとう:クジラが打ち上げられたニュースは目にするけど原因までは報道はされないし、「地震が来るの?」とか変な噂になったりして、いつの間にか消えていっちゃいますよね。

田島:海外だと報道が追ったりドキュメンタリー番組になったりしますが、日本のメディアはトピックをかいつまんで終わらせがちです。

いとう:原因が人間にあるかもというところまで報道されれば、彼らの保全を求める主張や運動へとつながっていくのでしょうか。

田島:海外ではそれが当然。アメリカ、イタリア、イギリスなど欧米も、台湾やタイも国レベルで取り組んでいますが、日本ではそのような体制になっていないのが現状です。クジラやイルカを生き物として扱える国になってほしい。

いとう:彼らが生きようと死のうと気にしない?

田島:資源量解析の調査などは実施してますが、クジラやイルカにとってはどうなのか?という観点ではないように思います。2019年からは商業捕鯨を再開していますよね……。

いとう:日本は世界的な一定のアベレージより、むしろ低くなってしまっているんだ。逆に、調査や保全が進んでいる国はどこです?

田島:アメリカです。1972年に大統領直下にMMC(Marine Mammal Commission)ができ、大統領が首を縦に振れば調査に軍隊のヘリコプターや船が出せます。各地に拠点があり、活動は寄付で成り立っているんですよ。

いとう:社会の成り立ちの違いが出ますね。哺乳動物に対するリスペクトの差なのかな。

田島:人間社会の持続にはまわりの生物や環境も保たないとダメだと、当たり前にわかっているのでしょう。

いとう:当然、木綿子さんから危機感の発信も?

田島:得られた事実をもとに、みなさんと情報共有するのが第一です。上野の国立科学博物館でこの10月まで開催されていた 『海展』でも、「酸素が足りない」「温かすぎる」など、海のなかがどれほど大変な状態か、科学的な根拠に基づき示しています。最近知ったのですが、日本の下水ってきれいすぎるんだそうです。過去の公害問題の反省もあるのですが、我々のウンチやおしっこは実は海の重要な栄養源になることも事実。それを陸上で浄化しすぎてしまっているので、伊勢エビやアワビ、真珠が減ってしまっているようで、いまだに垂れ流している中国近海のほうが生物量が多いという皮肉な状況だそうです。

いとう:そういえば、海釣りのときとか沖で用を足すと、それをすごい勢いであらゆる海の生物が食っちゃう。循環したなって。僕のものが栄養素になって海を豊かにして、翻って森も豊かにする。SDGsのバッチを着けるなら、クジラのことやウンチと真珠の関係まで想像できるようにならないとですね。

田島:生物としてヒトを捉えるなら、我々の排泄物は自然にとっては決して汚いものではない、明日の糧になるんだ!ということも理解できる社会になってほしいです。

Japanese Fika Table

Tea | 三徳堂のプーアル茶
銀座にあるプーアル茶専門店。中国・雲南省の茶葉に、この日は直径1cmほどの菊の花を乾燥させた 「崑崙雪菊(クンルンシュエジユー)」をブレンドして、さわやかな飲み味に。

Sweet | くじらもなか本舗の「くじらもなか」
宮城県沖を泳ぐくじらをかたどった手づくりもなか。定番の7つの味に、地元の味 「ずんだ」を加えた全8種。「仙台みそ」「青のり」「ワイン」といった変わり種も。

Flower | 朝摘んできた花が彩る海辺の景色
南アフリカ原産で青紫の繊細な花を次々と咲かせるルリマツリと、シダ植物の組み合わせ。海岸に立つテトラポッドをイメージさせる真っ白いフラワーベースに。

海獣学者/田島木綿子
1971年、東京都出身。国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ研究主幹。海棲哺乳類のストランディングの解剖調査や博物館の標本化作業に従事する傍ら、海の現状を発信するために講演や執筆活動も積極的に行う。著者に 『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること』『クジラの歌を聴け 動物が生命をつなぐ驚異のしくみ』など。

※田島さんが勤務する国立科学博物館では、特別展『和食~日本の自然、人々の知恵~』を2024年2月25日まで開催中。2024年3月16日からは田島さんも監修に加わる特別展「大哺乳類展3」が始まる。


いとうせいこう
1961年、東京都生まれ。作家、クリエイターとして、活字・映像・舞台・音楽・ウェブなどあらゆるジャンルにわたる幅広い表現活動をおこなっている。近著に 「われらの牧野富太郎!」「今すぐ知りたい日本の電力 明日はこっちだ」などがある。

text | Bunshu photography | Atsushi Yamahira Flower | Chieko Ueno (Forager)