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Japanese Fika

いとうせいこうと
東西が融合した新・茶会 

vol.7 植物学者 田中伸幸

FIKAとはスウェーデンの習慣で、「お茶の時間」のこと。いとうせいこうさんが亭主となって、お茶とお菓子でもてなします。今回の客人は、植物学者の田中伸幸さん。長く高知県立牧野植物園で研究員を務め、牧野富太郎をモデルにしたNHK朝の連続テレビ小説『らんまん』でも植物監修を担当されています。牧野博士や標本などの植物談義から朝ドラの苦労話まで、長いおつき合いのふたり、話題は尽きません。

07/21/2023



田中さんとは長い縁である。十数年前、本誌編集長ルーカスB.B.と一緒に高知県立牧野植物園を取材しに出かけた時、すでに顔を合わせていたように思う。きわめて真面目な方であるが、ポーカーフェイスでなかなかきついジョークも言う。

俺の好きなタイプの人物だ。その田中さんが牧野植物園からよそへ移ったと聞いて寂しい思いをしていたら、なんと俺も出演する朝ドラ『らんまん』の植物監修を務められ、リハーサルにも本番にもいる。

俺が慣れない朝ドラ現場で余裕を持っていられるのも古い知人であり、共に植物を愛する男、田中伸幸さんがいるからなのだ。

ーいとうせいこう



いとう:田中さんには取材で何度も何度もお世話になっていますが、そもそも牧野植物園に入られたのはいつなんですか?

田中:出身は牧野標本館(東京都立大学)なんです。学生時代を標本館で過ごして、博士課程が終わって就職したのが高知県の牧野植物園。ずうっと“牧野”なんですよ。

いとう:でも、小さいころは昆虫好きだったとか。そのうち昆虫がおいしそうにしている花のほうに目がいったんですね。そうなったのはいつごろですか?

田中:高校のころです。部活動で入った植物部に分類学をされている大川ち津る先生がいらしたんです。植物はまず名前を覚えないといけないから、そのために標本を採ることを教えられたんです。標本について調べる過程で名前を覚えていくので、大川先生からこれで調べなさいって渡されたのが 『牧野日本植物図鑑』。牧野富太郎という名前に接した最初です。それから私がやってきたのは、植物標本を採集しては名前を調べることの繰り返し。今の今までです。

いとう:基本中の基本なわけですよね。

田中:植物学のなかで分類学が最も基本で、分類学のなかでも標本はすべての基礎資料といえます。現存するいちばん古い標本は500年前のものなので、少なくとも数百年は保管されます。将来さらに研究が進んで、100年後の植物学者が標本から私たちの仕事を検証できる。つまり、標本は研究の証拠であり、その意味で科学的にすごく大事なものです。

いとう:標本づくりは採集した植物をその場で新聞紙の上に並べて仮押しするところが始まるわけですけど、植物が新聞紙の空間に収まるように茎を折ったりと、うまく配置しないといけない。美的センスが必要ですよね?

田中:でも見た目がきれいなだけではなく、必要な部分がちゃんと見えないといけません。

いとう:葉っぱの裏とか。

田中:裏もそうですし、植物の顔は花なので一部が葉っぱで隠れてしまうというのもだめ。採って押して乾燥して貼ったものを貼った状態で見たときに、必要な情報が研究者に伝わるかというのが標本の価値になります。

いとう:他に植物画もありますが、標本があっても描いたほうがいいんですか?

田中:牧野図鑑を開くと、球根はどんな形で、葉っぱは何センチといった説明書きがありますよね。あれは記載といいます。新種の生物のことを、まだ誰も記載したことがないという意味で 「未記載種」といいます。あらゆる生き物は、すでに記載された既知種か未記載かに分けられます。

いとう:その点がいちばん重要なんだ。

田中:牧野先生は日本全国を歩いて植物標本を採集して、すでに名前のついたものを同定していったんです。そのなかで当てはまらないものが出てくると、それを新種として記載しました。ただ記載は言葉なので、読んだ人によって思い描くものが異なります。円形と書いても正円か楕円か、言葉ゆえの曖昧さを明確化するのが植物図です。

いとう:アートとしてすばらしいので植物画ばかり見ちゃいますが、学問的には記載を補助する役割なんですね。そして、植物図の描き方が抜群にうまかったのが牧野富太郎!

田中:画家としての才能ももって生まれたものがあったんだと思います。幕末から明治にかけて、日本の植物学者たちが西洋に追いつけ追い越せでやっているなかで、真っ先に、あっという間に超えたのが牧野富太郎です。

いとう:牧野博士の部屋でソーシャルダンスの本を見たんですが、ステップの書き込みもあって研究の傍らで踊ってもいたんだなって。

田中:あの方は、生涯遊んで暮らした人。研究だって趣味なんです。牧野富太郎の生き方は、今の時代に問題提起をしています。才能ある人に時間が十分に与えられると、これだけのことができると証明していますから。

いとう:田中さんも博士の遊び心、受け継いでますよ。だって、ネクタイ、いつもいい植物柄ですから。

田中:今日は 「サボテン室」というテーマ。

いとう:いいなあ、僕も買わなきゃ。『らんまん』で僕がやっている里中芳生という役は博物学の大家の田中芳男がモデルで、いつもサボテンを抱えている。このキャラ設定は、脚本家の長田育恵さんじゃなく田中さんが考えたって聞きましたけど、本当ですか?

田中:抱える植物が決まっていなかったんです。田中はヨルガオや除虫菊などいろいろ日本に導入した人で、サボテンもそう。パリの万国博覧会からたくさん抱えて帰ってきました。

いとう:里中が最初に抱えていたのはヒモサボテンですよね。

田中:あれは田中が実際にパリから持って帰ってきたのと同じ種なんです。ヒモサボテンは和名で、紐みたいなサボテンはなんでもそう呼ばれていることもあって、どの種なのか調べるのが大変で。あれだけの大株はなかなかなくて、やっと見つけたんです。

いとう:そこまで求められているとは!

田中:モデルが牧野富太郎ですし、田中芳男も有名な人なので、なるべく史実に近づけるように監修しています。植物局に並ぶ本も当時の植物学者が読んでいたであろう書名を調べて、美術担当の方に1冊ずつ再現してもらいました。あんまり映らないんですけど。

いとう:そんな忙しい撮影のなかで、3月に2週間もミャンマーへ調査に行かれていましたよね。東南アジアのフローラ(植物相)は今後も調べ続けていくんですか?

田中:そうですね。まだわかっていないことも多く、牧野の時代の日本の状況に似ています。日本の場合、最初に研究したのが西洋人で標本も自国に持ち帰ったため、日本人が自分たちの手で研究できませんでした。

いとう:だから、牧野をはじめ、みんな標本を採るところから始めたんですね。

田中:私たちは東南アジアに行くと、現地に標本を置いてきます。牧野先生も同じ植物をたくさん採りましたが、とても大事なことで、そうすると現地に残せて、あとからいろいろな研究にも使えますから。ミャンマーに標本室を建てるお手伝いもしているところです。

いとう:標本を採って残す、時代や地域は違いますが、牧野博士と同じですね。

Japanese Fika Table

Tea | 牧野植物園× tretreのMakino original blend tea
高知県仁淀川町の山あいでつくられたブレンド茶。全7種類あるお茶のなかからふたりが選んだのは、牧野富太郎が妻・壽衛から命名した「Sueko-zasa」。

Sweet | 上樫森のボカナッツと福留菊水堂の「百合羊羹」
ボカナッツは高知県産のサトウキビの蜜“ボカ”を絡めたローストナッツ。「福留菊水堂」は高知市にある老舗和菓子店。牧野博士も愛した甘い羊羹。

Flower | 牧野博士への敬愛を込めて野の草花を思わせる風景
南アフリカ原産のアヤメ科の多年草、チャスマンテ・ビカラー。田中さんが研究するカンナにも似た花姿。スウェーデン人作家によるモダンな土器と。

植物学者/田中伸幸
1971年、東京都出身。国立科学博物館植物研究部陸上植物研究グループ長。東京都立大学大学院理学研究科博士課程修了後、2000~15年、高知県立牧野植物園で研究員などとして勤めた。専門は東南アジアの植物における種の多様性の研究。
www.kahaku.go.jp

※いとうさんが 「セットで買わないとダメ」と太鼓判を押す、牧野博士に関する注目の新刊。いとうせいこう監修『われらの牧野富太郎!』(毎日新聞出版)と田中伸幸著 『牧野富太郎の植物学』(NHK出版新書)


いとうせいこう
1961年、東京都生まれ。作家、クリエイターとして、活字・映像・舞台・音楽・ウェブなどあらゆるジャンルにわたる幅広い表現活動をおこなっている。近著に 「われらの牧野富太郎!」「今すぐ知りたい日本の電力 明日はこっちだ」などがある。「らんまん」には主人公が憧れる植物学者里中芳生役で出演中。

text | Bunshu photography | Atsushi Yamahira Flower | Chieko Ueno (Forager)