Connect
with Us
Thank you!

PAPERSKYの最新のストーリーやプロダクト、イベントの情報をダイジェストでお届けします。
ニュースレターの登録はこちらから!

Japanese Fika

いとうせいこうと
東西が融合した新・茶会

vol.11 哲学者 永井玲衣

いとうせいこうさんが亭主となって訪れた人をもてなすJAPANESE FIKA。今回の客人は哲学者の永井玲衣さん。「哲学対話」と題して、学校や職場、お寺や自治体などいろいろなところで、参加者と一緒に問いを出して考え合う場をつくってきました。今日はいとうさんとふたりでどんな対話が繰り広げられるのでしょうか。

07/31/2025


永井さんは柔らかくて深いエッセイはもちろん、話し合う輪をつくったり、つまり書くことと触れ合うことを両立させてて、こういうのってついどっちかになっちゃうんだよなあと感心してたところでした。会って話せてよかったです。

ーいとうせいこう



いとう:植物園によく行くんですよね。おすすめはどこかありますか?

永井:渋谷出身なんですが、渋谷区に日本一小さな植物園があって、10代のころから何をするでもなくベンチに座って、植物に囲まれながら読書をするのが好きでした。今は園内にカフェができて、カップルが写真を撮ったりするおしゃれな場所になっています。

いとう:映えスポットにはなっちゃったかも。

永井:あと、大阪の釜ヶ崎におじさんが雑草といろいろな植物を育てている三角地帯があって、そういう街中に勝手にある庭みたいなところにもぐっときます。

いとう:そういうの、練馬にもあったなあ。区の土地なんだけど近所の人たちがいろんなものを植えてて、「なっているものは好きに取っていっていいです」っていう看板が出てさ。だから、おなかがすいたらトマトとかオレンジとか、取って食べていいんだって。土地が空いたら駐車場じゃなくて、2~3年限定でもいいからガーデンにしてほしいなあ。

永井:そうですよね。そういえば、渋谷ってハクビシンがいるんですよ。上を見ていると、電線の上を歩いていたりします。

いとう:へえ、コウモリも都会にも住んでるらしいよ。夕方、空をよく見てるとひゅうと飛んできて、ビルの隙間に入っていくんだって。僕らの目が獣に慣れていないから見えないだけで、実はいっぱいいるらしい。

永井:それって本質的な話ですね。街を人間だけのものだと思っている限り、周りの獣たちの姿が見えないということですよね。土地は誰のものなのかという問いに通じます。

いとう:似たようなことは1本の木でも問えるね。木には虫や寄生植物もいたり、鳥が止まっていたり、多様な生きものが棲むいわば森や林。だから木を1本切ることは森や林を伐採することなんだって、僕は訴えています。

永井:私たちは、なぜこうも見えなくなってしまったんでしょうか。なぜ林や森を切り落とせるようになってしまったのか。そういった問いに、最近は引きつけられています。

いとう:以前、屋久島の木は信仰の対象だったから、人々は切れなかったっていう話を聞いたことがあってね。でも木材は欲しい。じゃあどうしたかっていうと、仏教の僧侶を島に送って島民を改宗させたんだって。そうやって、「木は切っていいものだ」と、感覚を変えられちゃったらしい。僕はそういうことが明治のころに全国で起こったんだと思う。

永井:少し話が飛びますけど、私はいろんな場で「哲学対話」をしているんですが、ある会社の人が対話後に 「部長って人間だったんだ」って言ったんです。すごく大事な感覚で、次に問わないといけないのは、「なぜ部長を人間だと思っていないのか」ということ。「なぜ木を森だと思っていないのか」という問いにもつながっていて、何がそう思えなくさせているのかを問わないと、私たちはどんどん危うくなっていくって思っています。

いとう:それでいうと、もともと富を得ることは俗なものとしていたのを「悪いことじゃない」って変えたのがキリスト教。宗教で人の価値観を変えるっていう意味では、屋久島で起こったことと同じだよね。同様に、部長は人間じゃないと考えてもいいとした、なぜなら、企業において絶対というものは儲かることなんだから、っていうのも成り立つ。

永井:本来、人間として捉えることってすごく奥行きをもつことじゃないですか。ひとりひとりが膨大な知識や経験や記憶を背負っている宇宙みたいな存在なのに、「部長」という記号でしか見られないという「認識」の問題だと思うんです。そこにはその認識が正しいとする会社の倫理が響いていて、でも確かにそれは倫理というよりも信仰に近いですね。

いとう:そうだね。「神」が望まれていることだったら、人は簡単に倫理を捨てられてしまう。今の流れで思い出したんだけど、昔、ビートたけしさんから数百人しか入れない会場でやるイベントにみうらじゅんと招待されたんだよ。でも開演直前になってみうらさんから「息子が熱出したから行けない」って連絡がきてさ、俺は衝撃を受けたわけ。仕事の付き合いもあるし、日本中が騒いでいるプラチナチケットだし、なのに家族をとるみうらじゅんの価値観は何なんだと。信仰が違う。

永井:しかもおもしろいのが、家族優先ってだけじゃなくて、ケアに重きを置いたっていうところ。いとうさんも子ども優先ですか?

いとう:僕はつい仕事の方を考えちゃうんだけど、そんなときはこのことを思い出す。みうらさんの信仰はこうじゃなかったなって。それで仕事と子どもの世話が重なったときはスタジオに連れて行くようになって、そうするとみんな喜んでくれて、面倒もみてくれる。

永井:子どもが認識の境界線みたいなものを揺さぶってくれるわけですね。

いとう:そうそう、職場に子どもを連れて行ってもいいんだって。

永井:子どもでいうと、静岡のお寺で対話をしたときに、3~4歳ぐらいの子が「富士山は必要か」って発言したんです。参加していた50人の大人の息が止まりました。どうして気になるのかを尋ねると、「なくても日本はきれいだから」って返ってきて、さらにざわついた。子どもたちの問いは荒々しかったり微細だったり、人間というより神様の目線のようで、スケールの違いに大人は動揺します。

いとう:神話の世界の問答のようだね。

永井:そうです。あとコロナ禍のころにオンライン講義で大学生に教室の絵を描いてもらったことがあって、200人がほぼ同じ絵を描いたんです。机の上や黒板ではなく、後ろから俯瞰したような、教壇に先生が立っていて30人ぐらいが座っている教室全体の絵でした。

いとう:夢か幽体離脱の視点だ、それは。

永井:誰の視点なのかについて対話を重ねていくと、学生たち自身が強いショックを受けて、私たちは誰のものでもない記憶を自分の記憶だと思って、そこから語ってしまっていることを再認識した日でした。

いとう:そうか、人は人との対話を重ねないと、物事の本質や価値観を取り交わすことはできないんだね。今日みたいに。

Japanese Fika Table

Tea:TEA FACTORY GENの茶花茶
広島県の標高約400mにある世羅高原で、在来種の茶木を無肥料・無農薬で育てて収穫した茶葉を使用。茶花茶は水仙のようなやわらかい香りの茶の花で香りづけした煎茶

Sweets:湯布院ジャズとようかんのジャズ羊羹
ピアノの鍵盤をデザインした音楽が聴きたくなる羊羹。国産小豆と沖縄県産の黒糖で甘さ控えめに仕上げた羊羹に、ドライいちじくなどを練り込まれている

Flowers:青い小花織りなす可憐な風景
南アフリカ原産のアヤメ科のラペイロージアにベアグラスを添えて、ちょっとモダンな花器に合わせることで甘すぎない印象に。「Birbira × qualia glassworks」作

哲学者/永井玲衣
1991年、東京都生まれ。学校や企業、寺社、美術館、自治体などで「哲学対話」を幅広く行っている。エッセイの執筆などさまざまな分野で活動。著書に『水中の哲学者たち』(晶文社)。詩と植物園と念入りな散歩が好き


いとうせいこう
1961年、東京都生まれ。作家、クリエイターとして、活字・映像・舞台・音楽・ウェブなどあらゆるジャンルにわたる幅広い表現活動をおこなっている。近著に 「われらの牧野富太郎!」「今すぐ知りたい日本の電力 明日はこっちだ」などがある。

text | Bunshu photography | Atsushi Yamahira Flower | Chieko Ueno (Forager)