納豆といっても、ネバネバしないし糸も引かない。豆粒を噛み潰すと、大豆持ち前の甘みと発酵によって醸された旨味がじわっと広がる。辛皮(からかわ)を噛みあてれば、ひりりと山椒の香味にしびれる。
浜納豆は肉食を禁じた仏門の僧の滋養補給源として、古来より寺でつくり継がれてきた寺納豆のひとつ。軽くて携行に便利、日持ちが良く整腸作用もあることから、武家のいくさの兵糧にも使われた。千利休いらい茶人に好まれ、多くの茶会にも用いられてきた。
江戸期元禄時代に編まれた『本朝食鑑』の納豆の項にこうある。
〈その昔家康が駿府城におわした時、遠州浜名の大福寺と摩訶耶寺の僧につくらせたもの〉
さらに〈その造法は、二寺が深く秘めて、外に漏らさないので、知るものは少ないであろう〉と。当時その製法は門外不出だった。
盛夏の納豆造りは修行そのもの
浜名湖にほど近い浜松三ヶ日町の古刹大福寺で、室町時代から続く浜納豆が、今も住職の手でつくられている。盛夏に納豆を仕込んでねかせ、秋晴れの日に庭先へ出して天日干し。仕上がった納豆は、正月の年賀に檀家へ贈られる慣わしだ。
おなじみの糸引納豆は、蒸した大豆に培養した納豆菌をつけて大量生産される。が、浜納豆は先人の申し送り通り。蒸大豆に集まってくる自然の麹菌を待ち、生き物を飼うように手をかけ、微生物のペースで醸される。
6月香辛料の辛皮の準備がすむと、7月中旬麹菌が最も活発になる時季を待って、暑い盛りの仕込みが始まる。朝5時30分、勤行(ごんぎょう)を終えた住職の堀口憲昭(ほりぐちのりあき)さんが、豆麹づくりにとりかかる。
蒸した大豆に麹菌を繁殖させるこのしごとを、「花をつける」という。納豆の味を決める大事な工程だ。グラグラ煮立った大釡の湯14リットルに、大豆2俵半(150kg)を入れ、熱湯でさっと茹でる。大豆の芯がまだ固く青臭いくらいでざるにあげ、蒸籠(せいろ)に移して、熾火(おきび)でゆっくり蒸しあげる。

photography : Hiroshi Ohashi


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翌朝はったい粉(大麦を炒って粉にしたもの)をまぶし、ロジ(麹蓋のこと)に分け入れておく。しばらくするとほの甘い香りを嗅ぎつけて、どこからともなく次々に蜜蜂が飛んでくる。
自然の麹菌を、はったい粉まぶし大豆の餌におびき寄せようというのだ。 麹菌もごちそうには目がない、らしい。

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ムロに入れて花をつける。温度管理が決め手
ロジをムロに入れると、2日で麹菌がやってくる。醗酵熱でうんと熱くなるからすぐにわかる。機嫌よく餌を食べて速やかに増えてくれれば、できのいい豆麹になる。
とはいえ温度が上がりすぎると、たちまち雑菌に負けて味を落とす。朝晩手を入れて冷まし、なだめてやらなければならない。暑い日には扉を開けて室温を下げ、涼しいなと思えば閉めて温度を保ってやる。人が寒い時は麹菌も寒い。暑い時は彼らも暑いのである。

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10日ほどで、黄緑色のふわふわの麹菌が、大豆をくまなく被う。上出来の豆麹を見て、作り手は「いい花がついた」と目を細める。その言葉に安堵と愛情がにじむ。
「ほったらかしにしておくと、だめになっちゃう。生きものだもんね」
麹が気になって夏の間は寺をあけられないと、奥さんのるり子さんはいう。

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10月の晴れた日に桶から出して天日干しする

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古来どれだけの手が、酷暑に汗まみれで浜納豆をつくり続けてきたことか。宝物殿に鎮座するお宝より、数百年来の汗と重みが詰まった見栄えのしないこの納豆こそ、国宝と呼ぶにふさわしい。
忘れられた香辛料 辛皮(からかわ)をつくる
浜納豆の中に、ひりっとしたものが混ざっている。
「これはなんだ。木屑みたいなおかしなものが入っとる。噛んだら口が痺れてきた」
はじめてのお客さんから、苦情の電話が来ることがあるという。おかしなものの正体は、木屑と言えなくもない山椒の木の皮の塩漬け。100年ほど前に忘れられたとも言われる、古来の香辛料「辛皮」である。
「山椒は小粒でピリリと辛い」と言うけれど、皮の辛さは、それどころじゃない。ほんのかけらで目が覚める。
「辛皮の茹で汁を川に流すと、うなぎが酔って出てくる。小魚もしびれて浮いてくるよ。子供の頃そうやって魚やウナギをとったもんです」。堀口住職が汗を拭いながらいう。
豆麹と一緒に桶に仕込むと、虫も雑菌も嫌がってよりつかず防腐効果を発揮する。しびれる刺激が好まれてか、桃山時代の茶会記にも辛皮の名が登場する。江戸庶民は刻んで山椒の実とともに佃煮にした。刺激的なひり辛は眠気覚ましにもなったらしい。さらに脳を刺激して内臓の働きを活発にする作用があるとされ、健胃薬でもあった。

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山椒の若木の幹と枝を、薪火で約1時間釡茹でする。 釡を覗き込んだだけで、目がひりひりする。茹で上げたらするりと皮を剥ぎ、粗皮をヘラでこそげ落として中皮を甕にひと月塩漬け。

photography : Hiroshi Ohashi

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粗皮を剥くのは難行苦行だ。芽や実を摘むのとはわけが違う。棘だらけの山椒の木を根元から倒して、薬味にしてしまう。
「一日中やってると、指がしびれて感覚がなくなります」
るり子さんはもうやめてしまおうかとも思う。
「けど、待っていてくれる人があるから」と思い直す。
そんな作り手の思いを幾百年繰り返し積み重ねて、辛皮づくりが続いてきた。古いからいいのではない。いいものだからこそ待つ人があり、それに応える人がいて、今ここにある。

photography : Hiroshi Ohashi

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大福寺
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静岡県浜松市浜名区三ケ日町福長220-3
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