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日本の伝統食TRAIL

浜納豆

自然の麹菌が醸す古刹の黒い納豆

写真 大橋弘
文 陸田幸枝

 

2026年6月30日

納豆といっても、ネバネバしないし糸も引かない。豆粒を噛み潰すと、大豆持ち前の甘みと発酵によって醸された旨味がじわっと広がる。辛皮(からかわ)を噛みあてれば、ひりりと山椒の香味にしびれる。   

浜納豆は肉食を禁じた仏門の僧の滋養補給源として、古来より寺でつくり継がれてきた寺納豆のひとつ。軽くて携行に便利、日持ちが良く整腸作用もあることから、武家のいくさの兵糧にも使われた。千利休いらい茶人に好まれ、多くの茶会にも用いられてきた。   

江戸期元禄時代に編まれた『本朝食鑑』の納豆の項にこうある。

〈その昔家康が駿府城におわした時、遠州浜名の大福寺と摩訶耶寺の僧につくらせたもの〉

さらに〈その造法は、二寺が深く秘めて、外に漏らさないので、知るものは少ないであろう〉と。当時その製法は門外不出だった。



盛夏の納豆造りは修行そのもの


浜名湖にほど近い浜松三ヶ日町の古刹大福寺で、室町時代から続く浜納豆が、今も住職の手でつくられている。盛夏に納豆を仕込んでねかせ、秋晴れの日に庭先へ出して天日干し。仕上がった納豆は、正月の年賀に檀家へ贈られる慣わしだ。   

おなじみの糸引納豆は、蒸した大豆に培養した納豆菌をつけて大量生産される。が、浜納豆は先人の申し送り通り。蒸大豆に集まってくる自然の麹菌を待ち、生き物を飼うように手をかけ、微生物のペースで醸される。

6月香辛料の辛皮の準備がすむと、7月中旬麹菌が最も活発になる時季を待って、暑い盛りの仕込みが始まる。朝5時30分、勤行(ごんぎょう)を終えた住職の堀口憲昭(ほりぐちのりあき)さんが、豆麹づくりにとりかかる。

蒸した大豆に麹菌を繁殖させるこのしごとを、「花をつける」という。納豆の味を決める大事な工程だ。グラグラ煮立った大釡の湯14リットルに、大豆2俵半(150kg)を入れ、熱湯でさっと茹でる。大豆の芯がまだ固く青臭いくらいでざるにあげ、蒸籠(せいろ)に移して、熾火(おきび)でゆっくり蒸しあげる。

作業場はもうもうたる湯気で真っ白。大釜から茹で大豆をざるに上げ蒸籠に移す。
photography : Hiroshi Ohashi
photography : Hiroshi Ohashi
木製蒸籠を4段に積み、茹でた大豆をおき火で蒸す。真ん中の竹ぼうきのようなものは、湯気をまんべんなく蒸しあげるための知恵の道具。
photography : Hiroshi Ohashi

翌朝はったい粉(大麦を炒って粉にしたもの)をまぶし、ロジ(麹蓋のこと)に分け入れておく。しばらくするとほの甘い香りを嗅ぎつけて、どこからともなく次々に蜜蜂が飛んでくる。   

自然の麹菌を、はったい粉まぶし大豆の餌におびき寄せようというのだ。 麹菌もごちそうには目がない、らしい。

蒸した大豆にはったい粉をまぶす。
photography : Hiroshi Ohashi
photography : Hiroshi Ohashi
photography : Hiroshi Ohashi
ロジ(麹蓋)に分け入れ、あら熱をとる。
photography : Hiroshi Ohashi



ムロに入れて花をつける。温度管理が決め手


ロジをムロに入れると、2日で麹菌がやってくる。醗酵熱でうんと熱くなるからすぐにわかる。機嫌よく餌を食べて速やかに増えてくれれば、できのいい豆麹になる。

とはいえ温度が上がりすぎると、たちまち雑菌に負けて味を落とす。朝晩手を入れて冷まし、なだめてやらなければならない。暑い日には扉を開けて室温を下げ、涼しいなと思えば閉めて温度を保ってやる。人が寒い時は麹菌も寒い。暑い時は彼らも暑いのである。

ムロに入れ、花(麹菌)をつけて豆麹にする。室温にムラがあると、良い豆麹にならない。天井に近いほど温度が高いので、ロジの間隔が広くなるように厚さの違う竹を挟んで、10段に積み上げる。上下段をまめに入れ替え、4日目からは風通し良く十文字に積み替える。寺に数百年も棲息する自然の麹菌は、天然記念物的存在だ。
photography : Hiroshi Ohashi

10日ほどで、黄緑色のふわふわの麹菌が、大豆をくまなく被う。上出来の豆麹を見て、作り手は「いい花がついた」と目を細める。その言葉に安堵と愛情がにじむ。

「ほったらかしにしておくと、だめになっちゃう。生きものだもんね」

麹が気になって夏の間は寺をあけられないと、奥さんのるり子さんはいう。

黄緑色の花がついた豆麹。袋に入れた辛皮も一緒に木桶の底に仕込む。
photography : Hiroshi Ohashi
桶開け。重石をして2か月半ねかせた浜納豆。
photography : Hiroshi Ohashi



10月の晴れた日に桶から出して天日干しする

境内に並べた藁に広げ、ひっくり返しながら太陽光で乾かす。1日で乾くと仕上がりがいい。
photography : Hiroshi Ohashi
photography : Hiroshi Ohashi
photography : Hiroshi Ohashi

古来どれだけの手が、酷暑に汗まみれで浜納豆をつくり続けてきたことか。宝物殿に鎮座するお宝より、数百年来の汗と重みが詰まった見栄えのしないこの納豆こそ、国宝と呼ぶにふさわしい。



忘れられた香辛料 辛皮(からかわ)をつくる


浜納豆の中に、ひりっとしたものが混ざっている。

「これはなんだ。木屑みたいなおかしなものが入っとる。噛んだら口が痺れてきた」   

はじめてのお客さんから、苦情の電話が来ることがあるという。おかしなものの正体は、木屑と言えなくもない山椒の木の皮の塩漬け。100年ほど前に忘れられたとも言われる、古来の香辛料「辛皮」である。

 「山椒は小粒でピリリと辛い」と言うけれど、皮の辛さは、それどころじゃない。ほんのかけらで目が覚める。

「辛皮の茹で汁を川に流すと、うなぎが酔って出てくる。小魚もしびれて浮いてくるよ。子供の頃そうやって魚やウナギをとったもんです」。堀口住職が汗を拭いながらいう。

豆麹と一緒に桶に仕込むと、虫も雑菌も嫌がってよりつかず防腐効果を発揮する。しびれる刺激が好まれてか、桃山時代の茶会記にも辛皮の名が登場する。江戸庶民は刻んで山椒の実とともに佃煮にした。刺激的なひり辛は眠気覚ましにもなったらしい。さらに脳を刺激して内臓の働きを活発にする作用があるとされ、健胃薬でもあった。

伐採した山椒の若木。今は自生の山椒の木が減って、辛皮の生産量も少なくなっている。
photography : Hiroshi Ohashi

山椒の若木の幹と枝を、薪火で約1時間釡茹でする。 釡を覗き込んだだけで、目がひりひりする。茹で上げたらするりと皮を剥ぎ、粗皮をヘラでこそげ落として中皮を甕にひと月塩漬け。

幹や枝を茹でて、皮を剥ぐ。茹で加減がいいと、するりと気持ちよく脱げる。小枝1本も無駄にしない丁寧な仕事だ。
photography : Hiroshi Ohashi
表皮の粗皮を竹べらでこそげ取り、中皮を甕(かめ)にひと月塩漬けする。
photography : Hiroshi Ohashi

粗皮を剥くのは難行苦行だ。芽や実を摘むのとはわけが違う。棘だらけの山椒の木を根元から倒して、薬味にしてしまう。

「一日中やってると、指がしびれて感覚がなくなります」

るり子さんはもうやめてしまおうかとも思う。

「けど、待っていてくれる人があるから」と思い直す。

そんな作り手の思いを幾百年繰り返し積み重ねて、辛皮づくりが続いてきた。古いからいいのではない。いいものだからこそ待つ人があり、それに応える人がいて、今ここにある。

塩漬けした辛皮を千切りにする。もう一度茹でて塩抜きし、袋に入れて豆麹の木桶の底に仕込む。
photography : Hiroshi Ohashi
納豆の桶に仕込んで2か月半後、飴色になった辛皮を天日で乾かし、納豆にまぜ入れる。さわやかな刺激になるだけでなく防腐防虫効果もある。
photography : Hiroshi Ohashi
仕上がった浜納豆。細く刻んだ飴色の辛皮も入っている。
photography : Hiroshi Ohashi
大福寺で造られる浜納豆「大福寺納豆」のパッケージ。
photography : Hiroshi Ohashi

大福寺
〒431-1411
静岡県浜松市浜名区三ケ日町福長220-3


※本記事に掲載している写真および記事の著作権は、権利者に帰属しています。無断使用が確認された場合には、権利保護の観点から適切な対応を取らせていただくことがございます。

photography | Hiroshi Ohashi text | Yukie Mutsuda