和歌山は圧倒的な景観の宝庫
紀伊半島はたくさんの不思議が詰まったびっくり箱のような場所だ。半島を覆う深い山々には人間の往来を阻むかのような神秘的な自然美が宿り、人々はそこに見た神々を崇拝してきた。そんな、たくさんの神さまがおわす和歌山を旅するなら、自然の移り変わりを肌で感じられる自転車がいい。今回は清流と奇岩が作り上げる風景を追いかけて本州最南端を旅する。
ガイドしてくれるのは、古座川町観光協会に勤める、ガイドにしてサイクリストの上田柊大郎さん。スタート&ゴール地点に設定した「道の駅虫喰岩」で待ち合わせ、まずは威容を誇る天然「虫喰岩」を案内してもらう。「虫喰岩」は約1,500万年前に形成された熊野カルデラの一部で、風化や侵食により虫に食われたような穴が無数にあいている。「頂上近くの洞窟に祠がありますが、昔の人々は願をかけて一本歯下駄でこの岩を登ったそうですよ」(上田さん)。やっぱりここは神話の郷……と一同、深く感じ入る。これから先の風景に期待が高まった。
「虫喰岩」からは“熊野の名清流”と謳われる古座川を一部たどって、本州最南端の町、串本町の海岸線(国道42号)へ。この海岸線には多彩な風景や郷土のおいしいものが次々と登場し、サイクリストを楽しませてくれる。
最初に見えるのが、その名のとおり、タイの形をした鯛島と九龍島。やがて真っ青な海を背景に、大小約40の岩柱が橋桁のように連なる名勝「橋杭岩」が姿を現す。ここに残る、弘法大師と天邪鬼にまつわる伝説に耳を傾けながら、橋杭岩を模したという銘菓、儀平の「うすかわ饅頭」にかぶりつく。「橋杭岩」を過ぎるといよいよ串本の漁港だ。串本町といえば海の幸! 水揚げされたばかりの魚介を味わえるとおすすめされた料理店で、絶品のかつお茶漬けをいただいた。
この先、道路は本州最南端の岬、潮岬へと至るのだが、ここはあえて紀伊大島にかかるループ橋をぐるりとまわる。人気のベーカリーカフェでおやつを買い込んだら、紀伊大島を横断して樫野埼灯台を目指す。断崖の先に、1870年に建てられたという真っ白な石づくりの灯台が見えてきた。灯台に上れば、切り立った岩壁と抜けるような青空と、コバルトブルーの荒々しい海が作り出す絶 景を独り占めできるのだ。
海から山へ、まだまだ奇岩が登場
初日は串本町で1泊し、翌日は海岸線を離れていよいよ山パートへ。国道371号を通って再び古座川町を目指す。
2日目のハイライトは古座川の清流と、高さ100m、幅500mという日本最大級のサイズを誇る大岩盤、「一枚岩」だ。これも熊野カルデラの一部なのだが、「虫喰岩」と違って均質で硬い岩質であったため、侵食や風化の影響を受けずにこのサイズを保てた。「一枚岩」の対岸にはサイクリストのオアシスとして愛されている「道の駅一枚岩monolith」があり、ここでは一枚岩の眺望と、シカ肉を使ったカレーやハンバーガーなど古座川町産のジビエ料理を満喫できる。河原にはキャンプ場が整備されており、上田さんのおすすめは「自転車に野営道具を積んでのバイク、フィッシング&キャンプ」だとか。
「一枚岩」を後にして古座川沿いを海方面へ東走する。途中、「古座川にも四万十川の沈下橋と似たような橋がある」という上田さんに、明神の潜水橋を案内してもらった。川の増水時には水面下に隠れるよう、あえて低く設計されたもので、川と共生するためのアイデアといえるだろう。“潜水”時も水の抵抗を受けないよう、手すりすら設けていないシンプルなつくりが美しい。
この先、県道43号との分岐では、予定していなかった「滝の拝」方面へルートを取る。「滝の拝」は古座川の支流のひとつである小川にある小さな滝で、“水の国”を体感できるスポットだ。円形の岩穴が刻まれた白い岩床に、川底を泳ぐ魚がくっきり見えるほど澄んだ水のコントラストがすばらしい。夏になると滝の岸壁に無数のボウズハゼがよじ登ってくるというから、まさに生命を育む水といえるだろう。
「滝の拝」へは片道9km強、ややきつい勾配の坂もあるルートのため、余力があれば立ち寄ろう。古座川沿いの道に戻ってきたら、あとはゴール地点の「虫喰岩」を目指すだけだ。
かつての熊野詣でに際し、後白河法皇は「熊野へ参らむと思へども 徒歩より参れば道遠し すぐれて山峻し」という歌を詠んだ。その当時の圧倒的な自然はいまもそのまま、紀伊半島に息づいている。後白河法皇は空から参るための羽が欲しいと願ったが、現代の私たちには自転車がある。自転車にまたがり、絶景スポットや何気ない風景、身近な旧道を暮らす人の視点で走ってみれば、土地への親しみはぐっと増すからおもしろい。
「寄り道ばかりのライドでなかなか目的地にたどり着けないけれど、ここを知ってもらうにはそれがいちばん」と上田さんがいうように、南紀の自転車旅では目的地も寄り道も楽しいのだ。
Bike Packing Guide
和歌山県観光連盟
TEL: 073-422-4631