各地に残る動物のおもかげ
日本国内を旅行するたびに、各地で見かける温泉地。
温泉地にはだいたい泊まれる旅館があり、その近くに土産物屋があり、喫茶店があり、店主が世代交代して開業したであろうカフェなどがあって、1、2泊でその温泉地を堪能できるようなつくりになっている。短い滞在期間で気軽にローカルな旅を味わえる画期的なシステムだ。
そうした旅行を重ねるなかで気づいたのは、温泉の由来に動物が数多く関わっていること。シカやクマ、イノシシやツル、なかには妖怪のカッパまで。その動物の名前が温泉地の名前に入っていたり、入っていない場合も地名に残っていたりして、今よりも動物との距離が近かったであろう昔の日本のおもかげが感じられる。
この連載では、メディアで取り沙汰されるような名湯ばかりではなく、動物との関わりに焦点を絞って温泉を巡ってみたい。
キツネで賑わう湯の町へ
The New York Times(ニューヨーク・タイムズ)の「52 Places to Go in 2024」という企画で唯一、日本からランクインしたのは山口県山口市。
山々に囲まれた盆地に川が流れるその雰囲気からか“西の京都”とも呼ばれ、低層な建物が区画ごとに整理された町を歩くと、まだ観光地になる以前の京都を歩いているような気分にもなる。
今回はそんな山口市にある温泉を紹介したい。東京から新幹線で5時間、福岡からなら新幹線で45分の「新山口」駅にてJR山口線へ乗り換え。眩しいほど真っ赤な車両に乗り、車窓を眺めること15分。温泉地の名前を冠した「湯田温泉」駅へと着く。


無人の改札を抜け、駅舎を出ると左手に大きな白狐の像が。

これは開湯のルーツになった白狐を模したもので、高さは8m、重さは3トン。白狐の視線を背に受け、駅から歩いて20分超ほどの「山水園」を目指す。住宅街を縫う道すがらにも、ポストや遊具、マンホールとそこかしこに白狐の姿があり、町全体で白狐に親しみを持っていることが伺える。

湯田温泉の開湯は半世紀ほど前といわれ、そこに白狐の姿がある。
当時、村の寺にちいさな池があり、怪我をした白狐が毎晩そのちいさな足を池に浸しにきていた。その様子を見ていた寺の和尚が後をついていくと、白狐の住処は、かつて熊野三所権現を迎え、祀っていた権現山にあった。
なぜ山から降りてわざわざ池の水に足を浸すのだろうと不思議に思った和尚は、池の水をすくってみると。ほんのりと温かかった。もしやと思い、そこをさらに掘り進めると、大量の湯が“こんこん”と湧いてきたという。
さらに同じ池からは薬師如来の金の像も発見され、和尚は喜んで仏堂を建てた。その後、村の人々は湯浴みの前にここへお祈りに来るようになった。こうして生まれた「熊野神社」は今も残されており、縁結び・縁切りの神社として人を集めている。
住処の裾野に残る温泉
白狐の住処とされた権現山は、YCAM(山口情報芸術センター)からほど近い。広大な庭を抜け、山に向かって歩くと「山水園」の茅葺き屋根が見えてくる。

ここ「山水園」は、かつて個人の別荘として建設され、1936年に旅館として開業した。数寄屋師・笛吹嘉一郎氏による木造建築は登録有形文化財に、敷地に広がる3つの庭園は文化財に指定されている。
歴史の重みを感じる木造建築の意匠と、戦後に歴史を重ね形を変えてきたその連なりを体感できる温浴施設だ。


気軽に入れる立ち寄り湯「 翠山の湯」は大人1,600円(2025年4月現在)。源泉100%でありながら、温度の異なる源泉を3つ掛け合わせることでほどよい温度に。アルカリ性単純硫黄温泉の透明の湯に触れると、肌をなめらかに撫でるようなとろみがあり、ほんのりとした硫黄が香る。
ぬるめの露天風呂に浸かり、大きく開いた山々の緑を眺めながら、白狐が歩いた様子を思いたい。

名勝 山水園
https://www.yuda-sansuien.com/
住所|〒753-0078 山口市緑町4番60号
営業時間|立ち寄り湯 10:00~22:00(入館は21:00まで)
料金|大人1600円、シルバー(満70歳以上)1300円、こども(小学生以下)800円、*貸し切りの家族湯は+2000円(1時間)
休業日|毎月最終火曜日(原則として)
電話|083-921-0656