「四国遍路では、仏教修行の段階にあやかって各県を表現するそうです。『発心の道場』の徳島県に始まり、『修行の道場』の高知県、『菩提の道場』の愛媛県、最後が『涅槃の道場』の香川県。テーマがあるなんておもしろいと思い、各県の地図を描くことを引き受けました」
愛猫のザネをなでながら、河合浩さんは『PAPERSKY』最新号の仕事を振り返る。四国遍路をロングトレイルのように旅する特集のために、各県の扉絵を描き下ろした。
「苦労したのは色使いでしょうか。4つの県がありますからね。1色だと単調だし、何色も使うと全部が同じように見えてしまう。インスピレーションほしさにインドの宗教画までリサーチしましたが、色が多すぎたり、地図にならなかったり、参考にはならず。最終的に4色でやってみようと決めて、水彩画をデジタルでコラージュするように描いていきました」
はたしてできあがった地図は、水彩ならではのグラデーションに彩られた図形が重なり合い、抽象的な幾何学模様のように見える。それでも、たとえば下部がアーチ型をしていれば高知県に見えてくるし、右上部に小豆島らしき図形があれば香川県と見当をつけられる。
「地図を手がかりに再構築しつつ、描きたかったのは絵としておもしろいもの。決まりきったイメージがあるぶん、実際の地形からけっこう離れても認識できるのが、地図を描くおもしろみだと思いました。自分ひとりでは生まれない絵ができあがるのも、こういう仕事の醍醐味ですよね」
でも……と申し訳なさそうに言葉を続ける河合さんを見やると、手元のザネとともに白い歯をのぞかせた。
「地図だとそうもいきませんが、本音をいうと、自分が描く絵は上下左右を決めたくないんですよね(笑)。いつも描くときはキャンバスを回しています。何周も回しながら描き足して、上下左右どこから見てもいい絵になったと思えたら完成。自分が思いつくことなんてたかが知れていますから。自分から離れていった絵。自分が意図しないところから生まれた絵。そういう絵にはおくゆきがあり、見る人の想像力を掻き立てるような気がするんです」
試しに『PAPERSKY』の扉絵も上下左右に回転させてみよう。さっきまでは断定的だったはずのイメージが揺らぎ、まったく別の場所を想像してしまいそうになる。
「あまり見方を限定したくないんです。説教くさいのは嫌というか、押しつけたくないというか……要は優柔不断、なりゆきまかせ(笑)。この益子で暮らすようになったのも、プライベート上のなりゆきですから。こんなに受け身な人間なのに、絵だけは自発的に動けるから、描くことが生活の一部になったのかもしれませんね」
河合 浩 Yutaka Kawai
東京都生まれ、栃木県益子町在住。画家。ほぼ独学で絵を描きはじめ、CDジャケット、アパレル、雑誌へのアートワークなどを手がけるほか、全国各地で展示活動中。作品集『something/anything』を刊行。