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豊かな島の天恵とともに。
伝統とモダンが融合する、天然染色を紡ぐ

染色家 金井志人

 

09/02/2022

1300年の歴史を持つと言われる奄美大島の伝統染織「大島紬」。その文化を支えてきた、世界でも唯一の染色技術がこの島に伝わる「泥染め」である。

奄美大島の北部・龍郷町にある天然染色工房「金井工芸」。その2代目、染色家・金井志人さんは、そんな伝統の世界において、ひと際異彩を放つ存在だ。彼がユニークなのは、伝統技術を受け継ぎながら、伝統工芸という概念に縛られていないという点。柔軟なアイデアと探究心で、泥染めをはじめとする天然染色に新たな付加価値を生み、アパレルメーカーやクリエイターとの斬新なコラボレーションを次々に展開。熟練の職人であり、気鋭のアーティストでもあるという、希有な人なのだ。

泥染めの工程は、途方もないほど奥行きが深い。まず、島に自生するシャリンバイを採取し、チップ状にする。それを煮出した染液で、絹糸を20〜30回程度染める。その後、泥田に浸け込むと、“化け学”が始まる。シャリンバイに含まれるタンニン酸と土壌中の鉄分が化学反応し、暗褐色に染まるのだ。そして、泥を洗い流してから乾かし、またシャリンバイの染め液へ…。これを4〜5回ほど繰り返し、色を染め重ねた末に、ようやく、大島紬独特の深みある黒色が生み出されるのだという。

かくも大変な作業が支える工芸なのだが、「半分以上は島が作ったものだと思っている」と、金井さんはてらいもなく語る。

「アニミズムもそうですが、島に住んでいると、人間以外の動植物の方が多く、主体が人間ではなく島にあるという感覚が強い。材料自体、絶対に人間が作れないものだし、泥の成分や菌などの働き方を僕たちは知ってるだけ。自然と共存していく形が技術になったものが泥染めで、それを築いた先人たちはすごいけれど、豊かな自然界があって、その産物として半分以上できあがっているものに、人がちょっと手を加えて形にしているぐらいの感覚なんです」

今もなお、神々の存在が暮らしに身近であり、アニミズムの精神が息づく奄美大島。そんな島での創作活動は、まさに自然と一体である。

ヒカゲヘゴが生い茂る森の清流だって、言ってみれば工房のひとつ。泥染めには、ここで泥を洗い流すという工程が欠かせないからだ。染めに使うすべての原料が島の天然素材だから、川に戻しても問題がないのだという。 木漏れ日のなか、清流に膝まで浸かり、絹を水にひたし、丁寧に泥を洗い流していく金井さん。せせらぎが紡ぐゆらぎのリズムに、絹を洗う音、鳥のさえずり、風に踊る木々のさやめき…。そんな重層的な調べのなか、赤子を洗うような繊細な手つきで絹を洗う彼の姿は、どこか、神々に捧げる祈りのようでもあった。


金井志人 Yukihito Kanai
1979年、奄美大島生まれ。染色家。大島紬の泥染めをはじめとする伝統的な天然染色を行う「金井工芸」の2代目後継者。伝統工芸の概念に囚われず、骨やサンゴなど布以外の素材の染色やアパレルメーカーやクリエイターとのコラボレーションなど、染色の新しい価値や表現を追究。

PAPERSKY no.66 | AMAMI ISLAND LISTEN
さまざまな音、声に耳を傾け、多様な奄美を感じて巡る旅へ。旅のゲストは、画家で絵本作家のミロコマチコさんと染色家である金井工芸の金井志人さん。
text | Yukiko Soda photography | Yayoi Arimoto