1300年の歴史を持つと言われる奄美大島の伝統染織「大島紬」。その文化を支えてきた、世界でも唯一の染色技術がこの島に伝わる「泥染め」である。
奄美大島の北部・龍郷町にある天然染色工房「金井工芸」。その2代目、染色家・金井志人さんは、そんな伝統の世界において、ひと際異彩を放つ存在だ。彼がユニークなのは、伝統技術を受け継ぎながら、伝統工芸という概念に縛られていないという点。柔軟なアイデアと探究心で、泥染めをはじめとする天然染色に新たな付加価値を生み、アパレルメーカーやクリエイターとの斬新なコラボレーションを次々に展開。熟練の職人であり、気鋭のアーティストでもあるという、希有な人なのだ。
泥染めの工程は、途方もないほど奥行きが深い。まず、島に自生するシャリンバイを採取し、チップ状にする。それを煮出した染液で、絹糸を20〜30回程度染める。その後、泥田に浸け込むと、“化け学”が始まる。シャリンバイに含まれるタンニン酸と土壌中の鉄分が化学反応し、暗褐色に染まるのだ。そして、泥を洗い流してから乾かし、またシャリンバイの染め液へ…。これを4〜5回ほど繰り返し、色を染め重ねた末に、ようやく、大島紬独特の深みある黒色が生み出されるのだという。
かくも大変な作業が支える工芸なのだが、「半分以上は島が作ったものだと思っている」と、金井さんはてらいもなく語る。
「アニミズムもそうですが、島に住んでいると、人間以外の動植物の方が多く、主体が人間ではなく島にあるという感覚が強い。材料自体、絶対に人間が作れないものだし、泥の成分や菌などの働き方を僕たちは知ってるだけ。自然と共存していく形が技術になったものが泥染めで、それを築いた先人たちはすごいけれど、豊かな自然界があって、その産物として半分以上できあがっているものに、人がちょっと手を加えて形にしているぐらいの感覚なんです」
今もなお、神々の存在が暮らしに身近であり、アニミズムの精神が息づく奄美大島。そんな島での創作活動は、まさに自然と一体である。
ヒカゲヘゴが生い茂る森の清流だって、言ってみれば工房のひとつ。泥染めには、ここで泥を洗い流すという工程が欠かせないからだ。染めに使うすべての原料が島の天然素材だから、川に戻しても問題がないのだという。 木漏れ日のなか、清流に膝まで浸かり、絹を水にひたし、丁寧に泥を洗い流していく金井さん。せせらぎが紡ぐゆらぎのリズムに、絹を洗う音、鳥のさえずり、風に踊る木々のさやめき…。そんな重層的な調べのなか、赤子を洗うような繊細な手つきで絹を洗う彼の姿は、どこか、神々に捧げる祈りのようでもあった。
金井志人 Yukihito Kanai
1979年、奄美大島生まれ。染色家。大島紬の泥染めをはじめとする伝統的な天然染色を行う「金井工芸」の2代目後継者。伝統工芸の概念に囚われず、骨やサンゴなど布以外の素材の染色やアパレルメーカーやクリエイターとのコラボレーションなど、染色の新しい価値や表現を追究。