最近、サイクリストの間では南信州に位置する「伊那谷」が話題らしい。伊那谷は長野県南部を流れる天竜川に沿って延びる盆地一体を指す。西を中央アルプス、東を南アルプスに挟まれた盆地は山岳に根付いたカルチャーと素晴らしい眺望、適度なアップダウンに恵まれており、自転車でのトレイルライドやグラベルライド、トレッキング、トレイルランニング、渓流釣りなど種々のアウトドア。「アクティビティの愛好家に愛されている。そんな伊那谷にここ2、3年、自転車のビッグムーブメントが訪れている。このエリアに注目のバイクパークがオープン、自分たちが走るためのトレイルを整備しながら次世代のために保全しようという団体も現れた。自転車に乗らずとも、独自の審美眼をもつクリエイターたちがアップデートしている、豊かな里山暮らしが注目を集めているのだ。
そんな伊那谷でバンライフ+サイクルトリップを楽しんでみようと、ルーフキャリアに自転車を積んだGMLVAN C-01(日産NV200)で長野県伊那市へ向かった。エリアを案内してくれるのは、この地の自転車ムーブメントを牽引するバイク&アウトドアショップ「CLAMP」を営む武村信宏さん。自身もスキーとマウンテンバイクでバックカントリーを駆け回るのが大好きというアウトドアマンで、10年間のショップオープン以来、伊那谷に山の遊び方を広げようと地道な努力を重ねてきた。そうやって撒いてきた種がここ2、3年で一気に芽吹いたのだとか。
はじめに案内してくれたのは、「CLAMP」ともゆかりのあるマウンテンバイクパーク「GLOP Ante.」。マウンテンバイクビギナーから上級者までが技術を習得することにフォーカスしたスキルアップパークで、日本のマウンテンバイク界を代表するトップライダーたちがコースの監修・造成に関わっている。そのなかには、中学生の時から「CLAMP」に出入りしていたという若手ダウンヒルライダーの立田直人さんが加わっているというから、「CLAMP」が撒いた種の結実と言えるだろう。
「CLAMP」のある伊那の中心部から南アルプス方面へ斜面を登っていくと、ヨーロッパのどこかの国のオーベルジュを思わせる素敵な山小屋が現れる。ヨーロッパの郷土料理を提供するレストラン「le petit marché」と宿泊できるコテージ「山小屋 mökki」を営む大竹明郁さんは、武村さんとは自転車&釣り仲間。自ら手を動かすことが大好きで、山の遊びから畑、狩猟、釣り、大工仕事にも長けているのだから、伊那谷のソローのような人物だ。こちらでは、標高およそ1000mの森の中で栽培した野菜やハーブ、清流でとれた鮎など、地元の素材をふんだんに使った滋味深い料理をいただく。テーブルに並んだのは、絶品の「鶏もも肉とカシューナッツのテリーヌ」、他ではなかなかお目にかかれない「ブランボラーク(チェコ風ジャガイモのパンケーキ)と生ハム」、今の季節にぴったりの「冷製仕立てのアユのコンフィ」、鶏の旨味を吸ったおこげがたまらない「手羽元のパエリア」……などなど。春には山菜、秋にはキノコといった季節のお楽しみもあるらしい。
料理に合わせたのは、地元産リンゴで造った「カモシカシードル」のシードルだ。もともと果実酒の醸造に優れていた長野県では近年、シードルに注目が集まっている。伊那市にあるシードルリー「カモシカシードル」は手間ひまのかかるシャンパーニュ製法(炭酸ガスを添加するのではなく、瓶内で二次発酵させることで繊細な泡を生成する製法)を採用している。「豚肉を使ったグリル料理にぴったりですし、BBQにもおすすめ。シードルは意外とどんな料理にも合わせやすいんですよ」と「カモシカシードル」の入倉浩平さん。現在はブルーベリーやカシスを使ったフレーバードシードルの開発を進めており、この秋からはコニャック地方から持ち込んだ蒸留器を使ってのアップルブランデーの仕込みを始める予定だとか。
最後に向かったのは、伊那谷の最北端に位置する辰野町。ここでは荒れ果てた里山を整備して自分たちが遊べるフィールドに育てるという試みが始まっている。活動を行うのは、近隣のマウンテンバイク乗り有志が集まる「Forest Trails」という任意団体だ。「月に一度、山主さんから許可をいただいたエリアのヤブ払いや間伐を行ない、整備したトレイルをライドしています」というのは、立ち上げメンバーの一人、竹内元祥さん。間伐材を自分たちの手で薪にして販売するほか、地元の製材所で建材として加工したり、原木椎茸を栽培したり、森の恵みを活用することで、人と自然がよりよい形で共存できる仕組みを探っている。こうした活動が認められ、いまでは地元コミュニティから間伐や環境整備を請われるようになったそう。整備して遊ぶという新しいスタイルは、ここからさらに広がっていきそうだ。
「二つのアルプスに挟まれた伊那谷はさまざまな遊びに適したフィールドに恵まれているだけでなく、南北に細長いフィールドのなかで横のつながりも機能しています。そうしたつながりを『CLAMP』がまとめていることで、自転車文化の下地が根付いてきたのではないでしょうか」(「Forest Trails」の赤羽紀昭さん)
そんな風に懐の深い伊那谷だから、バンライフもサイクルトリップもシームレスに楽しめる。自転車にハンモック、アウトドアのコーヒーセットに……外遊びを満喫できる道具を積み込んで、自分だけの風景を探しに出かけてみよう。