長野県の東部に位置する街、上田。古くは養蚕の街として栄えた歴史を持ち、生活にゆとりのある人々の娯楽として生まれた映画との結びつきが依然として残る街である。映画以外にも文化の街として知られ、数多くの古本屋、喫茶店が点在する。そんな街の中心地に、上田映劇はある。
重厚感のあるどっしりとした扉、ガラスケースの中からのぞく映画のポスター、そして目の前に見えるのは色褪せた大きな看板。”昔ながら”という言葉がよく似合う映画館だ。上田映劇の始まりは、明治時代に芝居小屋の劇場として建てられ前身となる「上田劇場」が生まれ、昭和に入り映画を中心に上映されるようになってから「上田映画劇場」と名前を変え、現在の上田映劇に至る。



入口の扉を開くと、どこか懐かしさを覚える色が広がっている。ロビーの壁、床の幾何学模様や座席のシート。大正時代から続く歴史とともに刻まれてきた「特別な色」が存在し、訪れる人たちを包み込む温かさが感じられる。
劇場の他に、喫茶店や小さな古本屋が館内に併設されていることも、この場所の特徴だ。上田映劇を応援する人たちが自然と集まり、映画以外の側面でもずっと関わり続けているのだ。長い時間をかけて生み出されてきた色に、新しく加わる色。それらが織りなす他にはない”色”がここにはある。





「他の映画館では起こらないことが、ここでは起きるんです。」そう語るのは、上田映劇の支配人である長岡俊平さん。上映してほしい映画を観客がリクエストしたり、逆に映画館の人手が足りないときは、観客がボランティアとして映画館をサポートしたりというエピソードを語ってくれた。「ここまで続けてこられたのはいろんな方々のおかげ。この場所をなくせない、という想いです。その想いを次の世代に繋いでいくのが、これからの展望ですね。」
じつは、この上田映劇、平成23年に閉館に追い込まれ、その後、地元の人々によって再び息を吹き返した日本で事例の少ない映画館のひとつでもある。地元に密着した映画館として、最近では学校に通えない子どもたちに向け、気軽に立ち寄れる新たな居場所として映画館を活用する「うえだ子どもシネマクラブ」の取り組みや、中学生までを対象とした上映企画も行っている。こうした活動も影響して、観客の中には若い世代も増えているようだ。


上田映劇だから行きたい、という人たちがこの街には多く存在する。ある人は、映画館に足を踏み入れたときに迎えてくれる、ここにしかない色彩や空気感を求め、またある人は、この場所がつなぐ新たな出会いを求めて。映画を通したそれぞれの体験が、上田映劇という場所の記憶として、人々の心に刻まれていく。
いつでもどこでも映画が楽しめるこの時代に、時間をかけてでも足を運びたいと思える特別な場所があるということを、この映画館は教えてくれるのだ。
