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東京都民のマイクロツーリズム
大山を歩く

コロナ禍によってあらためて見直されている、マイクロツーリズム。遠い場所へ、長い期間、旅にでかけるのではなく、普段の行動範囲からほど近い土地の魅力を再発見する「ご近所旅行」は、たしかに新鮮な喜びに満ちている。そんな目線で日帰りスポットを首都圏を起点とするなら、たとえば丹沢山塊に位置する大山は面白い場所だ。近年では横浜、鎌倉、箱根に続く神奈川第四の一大観光地として注目を浴び、山歩きと歴史探訪、グルメトリップをすべて実現できるエリア。東京の中心部から日帰りでサクッと行けるのも忙しい東京人には好都合。今回はそんな大山を初秋の平日、歩いてみることにした。

11/30/2020

大山といえば古くから信仰の対象として親しまれた霊山。江戸時代には人が押し寄せる超人気スポットとして広く知られ、なんと年間二十万人以上が来山したという記録も残る。寺社への参拝が庶民にとって大きな楽しみだった時代。江戸っ子たちは2,3日かけて大山に参拝した後、江ノ島へ足を伸ばして行楽を充実させるなんていうチョイスも流行ったそう。そんな大賑わいの情景を想像しながら、こま参道と呼ばれる坂道から歩きはじめ、1252mの山頂を目指していく。

こま参道はゆるやかな階段が延々と続く大山の入り口。狭い参道の両脇には名物の大山独楽(こま)を製造する土産物屋さんや豆腐料理屋、そして歴史を感じさせる宿坊が軒を連ね、気分を高揚させてくれる。

参道をゆっくり歩き始めておよそ20分。ケーブルカーの入り口が見えてきたがこれには乗らず、登山道を徒歩で進むコースを選択。勾配の厳しい男坂、やや緩やかな女坂があり、少し迷ったもののPAPERSKYは女坂へ。とはいえなかなかの勾配が続くことに加え、巻き道風のコース取りやちょっとした下りも一切なし。「どんどん登れ」という山からのメッセージを心の底で受け取りながら、1時間超の上りを経てようやく大山阿夫利神社下社に到着した。

あたりをみまわすと団体客もそこそこいるが、2人連れやソロなど、少人数のグループも多い。特段、珍しい光景ではないが、江戸時代にはまったく異なるカルチャーである「講」によって、人々は団体行動をするのが常だった。江戸時代、参拝のためには集団でこの山に向かうという習慣があり、職業や地域ごとに結成されるこうしたチームを大山講と言った。その数、最盛期にはおよそ1万5千ほど。それほど多くの団体が大山講と称し、この山を愛でたのである。関東近郊の住民がこぞって大山を目指した理由は、ここが別名「雨降山」と呼ばれていたことからもわかるように、雨や水をもたらしてくれる場所として崇められていたこと。また、商売繁盛がかなう場所、死後に魂が行き着く場所としてなど、多くの理由がそれぞれにあったようだ。要は、誰もがなんだか幸福になれる場所と信じ、この山道を登っていった。そんなことを考えながら、どこまでも、どこまでも続くなかなかの勾配を登り続ける。

ひたすら視界が開けず、山中を歩く感覚は、ちょっとした修行のよう。それだけに歩くことに集中でき、頭の中や心の中、身体全体がリフレッシュされていくのを感じる。大山阿夫利神社下社からさらに1時間超。勾配は徐々に厳しくなり、山登りといったフレーズが似合う雰囲気になってきた。頂上はもうすぐ?と思って顔を上げると、まだまだ坂道が続くという連続。勾配はちょっと厳しくなってきたけれど、それだけに頂上ではどんな風景が見られるか、楽しみになってくる。

庶民が大挙して賑わったかつての大山だが、かといってこの山周辺が平和そのものだったわけではない。近世、ここでは僧侶と山伏が争う場所としても知られていたという。一方で数少ない楽しみをこの山に見出していた庶民にとっては迷惑な話。この状況を打開しようと動いた徳川幕府の策が、実に粋なのだ。大山に観世流能楽者を派遣し、僧侶、山伏の双方に能楽を習わせて、年に二回の披露をするよう決められたとか。結果、武力ではなく芸能で競わせることで平和を取り戻すという見事な政策が、功を奏した。これが俗にいう「大山能」なのだ。そんな歴史の断片に思いを馳せながらもひたすら歩を進めていくと、いよいよ山道の趣が、山頂を予感させるものへと変わっていった。

阿夫利神社下社からおよそ1時間30分ほど。気づけば肌をなでる風の温度はひんやり冷たい。ついに頂上へ。運良く晴れたこの日は、新宿の高層ビル群、富士山に丹沢連山をくっきりと見ることができた。これまで、どれだけ多くの人々がこの頂上で歓喜の声をあげたのだろう。2200年以上もの間、霊山として崇められる大山。その歴史を反芻しながら頂上を目指す1DAY TRIPはこれで半分、終了だ。

photography | Kunihiko Meguro

大山阿夫利神社からの眺望はミシュラン・グリーンガイドで2つ星をとったほどの美しさ。そんな体験が、東京在住者ならいつでも間近にある。遠くに行くのも確かに楽しい。だけど近場でこんな喜びを見つけるのも、やっぱり楽しいのだ。

日本各地に根づく文化と芸能に触れる旅「伝統ライブ・ツーリズム」を提案するNOBODY KNOWS プロジェクトによって制作された、大山のショートムービーです。