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星と人の汽水域に立つ「遣われ人」

写真家 赤阪友昭

 

04/12/2024

ある理論物理学者は言う。
「すべてのものは星の欠片からできている」、と。

であれば我々は星の子である。夜空を瞬く星々は母であり、命の源である。よって夜空に浮かぶ星親を思い慕うことは、ごく自然なことに思える。

古より星に祈り、星に神楽を舞う里が奥日向にある。銀鏡(しろみ)。年に一度、人々と、天空を運行する星々が「銀鏡神楽」によって邂逅する土地。500年以上の歴史を有する神楽は、式一番「星神楽」に始まり、神が現れる時に音が生じる——「闇」のうちに、式三十三番「神送り」までを夜明けまで途切れることなく舞う。星々に感謝を捧げて。

映画「銀鏡」公式予告映像


「僕は、銀鏡の人間にはなれません。けれども同じ世界で生きることはできる。銀鏡のみんなが神楽を守り続ける役目を担うならば、僕ら『外の人』には、また別の務めがあるのかもしれません」

足掛け20年以上、写真家の赤阪友昭さんはこの地に足を運んできた。「風土と風景は人の心の有り様と営みがつくる」と考える彼にとって、山深い里の風景も、神楽を舞い続ける里の人々も、彼ら彼女らが祝子(ほうり)を絶やさぬよう産業を興したことも、全て銀鏡の民の心が表れたものだと捉えている。

「銀鏡神楽を舞継ぐ大きな流れの一部分としての『役割』を受容し、日々の営みに心を砕く銀鏡の民のことを、信用していい、僕らもそうありたい、と強く思います。正しいかどうかではなく、祖先からつながるものを変えずに次の世代へ渡そうとする姿勢は、未来へのメッセージにもなるはずです」

そう思えばこそ、映画『銀鏡』の自主制作に踏み切った。人生初、映画監督として。

「僕はね、銀鏡の人たちが大好きなんですよ」と朗らかに笑って。

そもそも赤阪さんは「撮る人」ではなかった。法に学び、法に仕えた。奇しくも阪神淡路大震災で命を長らえたことが人生の転機となる。あの日、街や友は一瞬のうちに消えた。そこで気付いた。都市とはいかに脆いのか。産土たる「土地」とのつながりをもたぬことはどれほど怖いことなのか。

「お金があればなんとかなる、と僕たちは一生懸命社会基盤を作ってきたけれど、実際には自然の理(ことわり)の前では脆い世界でしかない。愕然としました」

真に大切にすべきことはなにか。アラスカの雄大な自然に生きた写真家・星野道夫が描いた先住民の暮らしに手がかりがあるかもしれない、と赤阪さんは土に暮らす生き方を求めてモンゴルの遊牧民のもとへ向かう。電気もガスも水道もない草原の真っ只中、「羊と暮らすだけで生きていける」生活。文明人が失った、縄文的自然観を直観しうる風土が広がっていた。

「毎晩見ていた夜空に暗闇はなく、星で埋め尽くされて、天上中が発光しているかのようでした。『星影』という日本語がありますが、まさに星あかりで自分の影ができる。あれほどの風景を他では見たことがありません」

星野道夫の命を継ぐかのように訪れたアラスカやハイダグワイ、ハワイイなどを巡るうちに、華厳宗の教え「重重無尽(じゅうじゅうむじん)」に重なる、つながりへと向ける意識はさらに重みを増す。

「『関係性によって個が存在する』。僕たちの存在は全て、世界とのつながりの中にあるんです」

流れに乗るように、「銀鏡の遣われ人」の役割を担っていた赤阪さんの存在は、銀鏡にとって一種の重石であることが様々なエピソードから窺える。銀鏡の宿神社社家の濵砂武昭さんとの対話を経て、銀鏡神楽とは、「伊勢神宮の神嘗祭(しんじょうさい)と同じモチーフをなぞる神楽であること」、「星への祈りであり星信仰であること」だと里の民に口伝し、認識をあらためるきっかけをもたらしたのは他ならぬ赤阪さんである。

「僕たちは関係性の中にあります。もう少し説明すると、自分という個はあらゆる他者との関係性の中で存在し、育まれるものであるということ。関係性が交差する場所に生まれる『役目』や『役割』は、本来は『光』であり『悦び』です。受け入れて楽しめばいいと思います。自らの心の向くままに動いた結果は、図らずも自然と誰かの命につながってゆきますから」

銀鏡の日々を撮るうちに、「磐(いわ)の中で熾る火」というイメージがたち上ってきた。ゴウゴウと燃え盛る火ではなく、闇の内で明滅する火種と、それを抱く磐。「まるで自分たちの命の素のように思えて」、これをどのように表現し伝えるかを考えながら映画を仕上げた。

「僕たちの命は、次の命を繋ぐための礎でしかありません。その愛おしさみたいなものを分かち合いたくて」

星々とは比べようもないほど儚い人間の命。ひとときの居場所を整え、やがていつかはその場所を自然に明け渡す。その営みを受容し、星の神楽を奉納してきた銀鏡の人々。

人と星との交わりは神話の世界に忘れ去られることなく、今なお九州の山深い里に息づいている。




◾️映画『銀鏡 SHIROMI』上映情報

5月24日(金)〜30日(木)上田映劇(長野・上田市)
6月14日(金)CONTE (沖縄)
6月29日(土)〜30日(日)アース館(出雲)
7月6日(土)飛鳥寺研修会館(奈良・飛鳥)
9月17日(火)会場未定(滋賀・高島)

※各上映会の詳細は映画『銀鏡 SHIROMI』公式サイトでご確認ください。


◾️写真展情報

写真展『ポルトレ – 地上を旅する星たち – 』
4月12日(金)〜 22日(月)CREATIVE SPACE HAYASHI(神奈川・茅ヶ崎)
5月17日(金)〜 6月2日(日)面影 book&craft (長野・上田)




赤阪友昭
米国チュレーン大学法律大学院修士課程修了後、米国国際会計事務所、国内法律事務所勤務を経て、阪神淡路の震災を機に写真界へ異色の転身。狩猟採集や遊牧を生業とする先住民や遊牧民の生活やそれを支える精神世界に魅せられ辺境への旅をはじめる。雑誌やメディア、国立民族学博物館やプラネタリウムなど公共施設での写真展やプログラム制作などに作品を提供し、国際文化交流プロジェクトの企画·実施、写真ギャラリーの運営など活動は多岐にわたる。東日本の震災後は、福島県の立入制限区域内で撮影を続け、福烏県南相馬市と短編映像「水の記憶、土の記憶」を共同制作する。映画関係では、ドキュメンタリー映画 「新しい野生の地 – リワイルディング」(オランダ)の日本語版を制作し、全国で劃場公開。2022年には、「星への祈り」をテーマにしたドキュメンタリー映画『銀鏡 SHIROMI』を制作·監督し、全国にて劇場公開され、現在も日本各地において上映が続いている。本作品は、2021年度東京ドキュメンタリー映画祭において人類学・·民族映像部門でグランプリ(宮本馨太郎賞)を受賞している。
https://www.akasakatomoaki.net/

text | Yuria Koizumi photography | Tomoaki Akasaka