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東京だけど、
東京とは違う場所

Slow Travel to one of Tokyo’s most Remote Islands

 

02/26/2024

若い時、僕は上海までの片道切符を買って、南インドまで旅したことがある(ほぼ全ての移動手段は揺れの激しい列車とバスだった)。恐ろしくスローな旅だったけど(空路を使ったら、おそらく3ヶ月くらい短縮できたと思う)、僕はすごく楽しかった。

飛行機ならば、同じ旅程をわずか2、3時間で移動できるが、機内でアルミホイルに包まれた、生温かい機内食を食べて、「ワイルド・スピード」シリーズを繰り返し見ながら目的地に着くことは、旅行しているという感覚とは違う気がする。

小笠原諸島へ旅するオファーをもらった時、この島には空港がないと少し警告めいた情報をもらった。島へのアクセスは、竹芝桟橋から出港するフェリーのみ(24時間の航路)らしい。僕は「ぜひ行かせてください」と即答した。

午前11時に乗船すると、「もしかして、船酔いするかも…」という思いが何度も頭をよぎった(結果を先に言ってしまうと、船酔いはしなかった)。

本、ラップトップ、ペットボトルの水を持って、自分の部屋のテーブルに置くと、甲板に出て、船が竹芝桟橋から離れていく様子を眺めた。

出港から2時間が経過すると、僕のスマホに表示されていたアンテナマークが消えた。一挙にデジタルでつながっている世界から遮断されたので、僕はダイニングルームに向かった。テーブルには、船上の売店と自動販売機で買った缶ビール、日本酒、焼酎やおつまみがずらっと並んでいる。本土から離れた海上でも、日本はとても便利だ。

眠ったり、本を読んだり、お酒を飲んだりを繰り返しているうちに、船は本土と小笠原諸島の海上交通の拠点である父島の二見港に着いた。

この島は、沖縄には似てないし(日本の南国の島という括りでは、これしか僕には比較対象がないのだ)、ここが東京都の島だと言われても、東京のイメージとはほど遠い。下船すると、人口2000人足らずのこの島はとても静かだった。「ここは東京で最も人口密度が低い場所だ」と僕はひとりごちた。調べてみると、この島は1㎢あたりの人口が90人で、本土の1㎢あたり6,158人と比べると、やはり格段に少ない。

この島には観光スポットがたくさんあるし、熱帯魚と一緒にスノーケリング、ホエール/イルカ・ウォッチング、ハイキング、可愛い赤ちゃん亀の甲羅を歯ブラシでブラッシング(僕もやってみた)、戦跡ツアー、地元の美味しい食材、地元の若い人とのカラオケなどなど、楽しいアトラクションもいっぱいある。でも、今回は小笠原諸島の宝のような島、南島にフォーカスしたいと思う。

南島は、父島からボートですぐの場所にある小さな無人島だ。ここは、ユネスコの世界遺産として登録されている場所であり、毎日の旅行者数を制限している厳しい法律(エコツーリズム推進法)により美しい環境が守られている。ほぼ手付かずの自然が残るこの島に足を踏み入れることはとても貴重な体験だった。

20代の大半を旅行に費やしてきた僕が、特定の場所から畏敬の念に打たれることは稀なことだ。おそらく、ある程度僕が年齢を重ねてきたせいもあるだろう。記念碑の前でポーズを決めている騒がしいツーリストたちが集まるような場所を訪れると、飲み干されたテイクアウトのコーヒーカップが散らばり、禁止事項などがセンス悪く書かれた立て看板が立てかけられていることが多く、僕はこのような観光スポットに立ち寄ることに嫌気がさすようになった。でも、南島ではそんな光景は全く目に入らず、舗道もなく、人に荒らされている場所もない。本土に住んでいる人たちによって、徹底的に保護されているのだ。

きっちり4日後に帰りのフェリーに乗り、24時間後に東京に戻ることになった。再び乗船して、部屋に戻り、本、ラップトップ、ペットボトルの水を行きの船の時と同じように置いて……。

船上のスターボードに急いで出ると、埠頭に地元の住人がじわじわと増えてくるのが見えた。僕は、小笠原諸島らしい愛情表現をこの時はじめて目にした。それは、この島特有の心のこもったお見送りだ。まるで島の住人全員が埠頭に集合しているような感じで、みんなが海岸線ギリギリまで進んで、「さようなら〜」と大声で叫んでいる光景は、まるで、閉幕前のコーラス部隊を見ているようだった。

フェリーの乗客も手を振り返し、各々が何かを叫んでいる。間も無く、船上で手を振っていた乗客も、島のお見送りの人たちの姿も見えなくなり、缶ビールをプシュッと開ける音が食堂から響いてきた。

text, photography & videography | James Koji Hunt