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古の民家の火を灯し続ける
川崎市の日本民家園をたずねて

 

12/28/2020

生田緑地内にある日本民家園の入り口を登って行くと、心地いい炭火の匂いが漂ってきた。まるで私たちの祖先がすぐそばでバーベキューを楽しんでいるような雰囲気で、なんとも懐かく、不思議な気分になる。江戸、明治時代の古民家が保存されているこの野外博物館では、ここではないどこかに連れていかれるようなトリップ感を味わえる。

1967年に創設された日本民家園は、昭和の半ばに盛り上がった古民家ブームで一躍脚光を浴びたが、皮肉にも、この時代の日本は高度成長期で、多くの古民家が破壊されていた。神奈川県で最古の民家が取り壊される計画に危機感を抱いた川崎市は、全国の貴重な古民家を守るために日本民家園を開園した。

当初は、日本各地の約100軒の古民家を生田緑地内に設置する予定だったが、残念ながら、この壮大なプランは実現には至らなかった。それでも、信越、関東、神奈川、東北の古民家25軒が立ち並ぶ園内の光景は壮観だ。

UNESCOの世界遺産に登録された白川郷(岐阜県)や五箇山(富山県)を訪れた経験がある来園者は、目の前に広がる光景に親しみを覚えることだろう。雪が容易に屋根から滑り落ちる効果のある茅葺き屋根が配された合掌造りの古民家は、当時のライフスタイルを知る上で大変貴重なものだが、この独特な建築様式以外でも古民家については興味深いポイントがたくさんある。

古民家には、農村民家、町人民家、武家民家などさまざまなバリエーションがある。共通のパターンはあるものの、各地の気候にマッチした自然素材が使われ、多様なスタイルを創出している。一例を挙げると、隣接している集落の屋根は同一の形状だが、室内では、四季を通じて快適な暮らしを送ることを重視して、各家庭で異なる素材が使用されている。

小体ながら情報量に富む展示室では、代表的な4つの集落パターンとさまざまな古民家の形式が紹介されている。また、釘を用いない木造建築、調理、貯蔵、家畜保存スペースの土間、床板のリビング・ベッドルームなど、古民家に共通する特性をこの展示室で学ぶことができる。

小上がりにある囲炉裏からは、スモーキーなアロマが漂ってくる。ボランティア・チームが、各古民家をこまめに見回りながら、毎日、囲炉裏の火を絶やさないように気を配っている。これは古民家のコンディションを保つ上でとても大切なことだ。囲炉裏の煙は、藁葺き屋根に虫や鳥が寄り付くことを防ぎ、屋根を乾燥させて良好な状態に保ちながら、建材の腐食やカビを防ぐ効果もある。

日本では、文化的、建築的に価値があるという観点から、多くの由緒ある建物が保存、保管されているが、かつて、庶民が暮らしを営んでいた古民家は、よほど堅牢なつくりの建物ではない限り、ほぼ姿を消している。ごく普通の人たちの暮らしの歴史を紐解くと、さまざまな気づきがある。日本民家園は、古の市井の人びとの暮らしぶりが思う存分体感できる貴重なスペースだ。

text & photography | Stuart Taylor