レトロチックなものよりも、新しい感覚のデザインがしたいと思っています。
すこぶる効率の良い都市である東京で多忙な4日間を過ごした後、僕は石川県の静かな町に向かった。その道中、一箇所だけ立ち寄りたい場所があった。それは、埼玉県の狭山の外れにある工業団地内に立地する素晴らしい金属加工工場だ。今回は、アウトドアブランド、muracoについてのストーリーを綴る。muracoは、僕のアウトドアブランドに対するイメージを変えたブランドだ。
muracoのオーナーである村上卓也さんに会うために、2階にあるオフィスの会議室に入ると、ニコンが大半を占めるカメラコレクションが棚に並べられていた。このカメラコレクションが会話のきっかけになり、一気に僕の緊張はほぐれてきた。アイコニックなNikon Fのデザインと使いやすさについてお互いに熱く語り合い、僕が持参したLeica Qにも話が及んだ。どうやら、僕たちはデザインの好みが似ているようだった。
この時、僕はmuracoに抱いていたイメージが間違っていたことに気づいた。muracoは、単なるアウトドアに特化したブランドではなく、デザインと素材、機能性、クラフトマンシップに特化したブランドなのだ。
muracoは小さな金属加工の工場で、新規事業として2016年にスタートした。ところが、今や、muracoがメインビジネスになり、カタログを見ると、and wanderやHELLY HANSENとのコラボ商品もある。このコラムを書いている間にも、複数のタープ、テント、素晴らしいダウンスリーピングバッグが発売された。来年はさらに新しいアイテムが増えるらしい。
僕は、muracoがアウトドアへの言葉にできない憧れと、まだ世の中に存在していない道具を開発することへのモチベーションから生まれたブランドだと勝手にイメージしていた。アメリカのパタゴニア、日本のスノーピークのように、創業者が’50年代、’60年代のカウンターカルチャーに後押しされ、より高く、より激しく、高みに登っていくようなイメージを抱いて、革新的な道具を作り始めたのではないか、というような、ロマンチックな会社像を描いていたのだが、これは間違いだった。
ポルシェを所有するこのブランドのオーナーと話すために、僕は彼の金属加工工場を訪れた。’80年代、パタゴニアのカタログを探し回っていた少年だった僕からすれば、こんなアウトドアブランドのオーナーは想定外だ。
で、ブランド創業の動機はなんだったのだろう?金属加工工場のオーナーが、どうして突然アウトドアブランドを創設したのだろうか?
答えは簡潔なものだった。それは、デザインだ。そう、本当の意味でのデザインだ。スタイリングがデザインという言葉に誤って解釈されていることが多いが、僕がここで言いたいのはデザインだ。デザインとは、今まで見たことがないものを作り出すこと。異なる素材を組み合わせて、最適な素材と機能性を創出し、それを職人技で一つにまとめることだ。
村上さんはデザインへの強い愛情から、muracoを創業した。
彼は、ポルシェ 911の新車が納車されるまでの3年間、中古のポルシェを代用品として乗りながら待っていた。ともかく、ポルシェのデザインが大好きなのだ。村上さんは東京都現代美術館で開催された「ジャン・プルーヴェ展」に4回通った。椅子から建築までをデザインしたジャン・プルーヴェのデザインにインスピレーションを受け、とても気に入ったからだ(と言っても、彼がプルーヴェの椅子「スタンダード」を購入したわけではない。その理由は別の機会に….。ポルシェのエピソードだけでも結構なインパクトだと思うので)。
まあ、高価な買い物についての話はさておき、デザインにおいて、失われたものを考えることは大切なことだと思う。社会と経済の変化によって、僕たちが欲するものと、生活を営む社会のレベルもアップしたことで、本当の意味でのデザインと、しばしば人間と環境に弊害をもたらすようなデザインが絡み合っているような状況になってしまったのだ。
僕たちはいいデザインの価値を忘れてしまったのだろうか?
高価で珍しいことがいいデザインというわけではないし、いいデザインの製品だから、高価で珍しいというパターンもしばしばある。でも、手頃でありふれたものにも優れたデザインを発見することもある。
ポイントはその違いを理解することではないだろうか?
デザインに対する強い関心とともに、村上さんは自分自身で革新的なデザインをすることにも熱い想いを抱いている
「どこかで見たものよりも、これまで見たこともないものをデザインすることが好きなんです。個人的にはレトロチックなものよりも、新しい感覚のデザインをしたいのです」
とは言え、市場にマッチした製品を製作するには、先入観を持たずにキャンプ旅行をしたり、トライ&エラーを繰り返すことが必要になる。
人に椅子の絵を描いてもらうと、おそらく大半の人は4脚で背もたれがあり、座部を描きます。一方、10人にファイアーピットを描いてもらうと、みんな違うデザインのものを描くのです。
当初、村上さんは工場内にある材料と精密機械加工した素材を用いて、風鈴や、茶筒、キャンドルホルダー、小さなシーリングランプのシェードなどを製品群として考えていた。しかし、これらの製品は彼の基準値には達していないものだった。機能性、素材、技術が組み合わさってはいるものの、満足できる出来映えでは無かったのだ。そんなある日、キャンプに出かけた村上さんは、折りたたみ式の椅子を組み立てていた時、この椅子がどのように作られたのか、その機能性、そして、どの部分が最も複雑で高価であるかを一瞬にして理解することができた。このようなアウトドア製品は、それぞれの素材に合った異なる技術が合わさって作られているという事実をこの時、村上さんははじめて認識することができたのだ。
金属加工以外の自社でできない部分は、他社に任せればいい。また、デザイナーとして、彼の強みと、他のスペシャリストの技術と様々な素材をミックスできるとも確信していた。
僕たちは、製造業者として、顧客、アウトドアショップ、協力工場を一つのグループとして捉えています。彼らの存在はより満足度の高い製品を作る上で、原動力となるものなのです。
この考えを念頭に、彼は自分自身や他の事業者が踏襲していた階層的なビジネス制度特有の制限を撤廃していくことにした。そして、デザインを主眼に置いて、muracoとパートナー企業がフラットな関係で働く「アウトドア・ギルド」を作り上げた。この組織構成で、彼らの技術が宿る優れたデザインのプロダクトは、マーケットで勝負できる商品になり得ることを確信した。そして、この市場で最も彼らの技術が活かせるのは、まぐれもなくアウトドア製品だった。
ここで、muracoの新旧織り交ぜた商品がテーブルに並べられて、我々は各々の製品でのデザインや機能の役割について話し合った。例えばある商品では、デザインの素晴らしさが機能、素材、技術から派生したものだったし、他の商品も技術、素材、デザインから素晴らしい機能が創出されていた。
構造と形態は機能性に委ねられるものです。
つまり、muracoの商品は、表面的な装飾的要素に縛られているわけではなく、優れたデザインと機能性がはっきりと知覚できるものだ。丁寧に作られた美しいデザインのアウトドア用品なのだ。
そろそろお暇する時間だった。村上さんがどうしても駅まで送っていきたいと言ってくれたので、僕ははじめてポルシェに乗ることになった。車中でもデザインの話に花が咲き、我々はポルシェのシートの色は改善されるべきだということに合意した。
彼にとって成功とは何を意味するのかを尋ねてみた。
「成功という言葉は、他人の評価の中にしか存在しない言葉だと思うんです。なので、僕の中では成功や失敗という定義はありません。自分がしなくてはならないことをして、その結果に基づいて、次に必要なことをします。実行のプロセスとその確認があるだけなのです」
その2日後、石川に戻るとmuracoのあの特徴的なmのロゴが印字された箱が届いた。箱の中には、NORM 2P Black とRAPIDE X1-2P Greyの2種類のテントが入っていた。両方とも2人用テントで、デザインは異なるが、安全に野外で夜を過ごせるように設計されている。
これまで数年間いろいろなテントで寝た経験があるが、黒のテントを使用するのははじめてだ。このテントも気になるが、もう一つのグレイのテントもいい。そろそろキャンプに行くことにしようか。
ますますアウトドアライフが楽しくなってくる予感がする….。
Learn more about Takuya Murakami and muraco.
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