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Outdoors & Design 10

東岳志

山食音 – 変化に耳をすます

アウトドア愛好家でありデザイナーでもあるジェームス・ギブソンは、彼の2つの情熱である「アウトドアとデザイン」を融合させ、日本のさまざまなプロジェクト、アート、クリエイティブな活動やブランドに光を当てている。

12/04/2023

どんな場所でも、あまり期待値を上げずに、ニュートラルな視点で見るべきです。目の前のベストな部分を静かに受け止めるのです。


新しい場所に引っ越しをすると、かつて住んでいた街のお気に入りスポットは唯一無二であることがわかる。京都から引っ越しをして悲しいと思うことは、南インド料理店の山食音にもう通えないこと、そこに集まる多彩なゲストたちと集えないことだ。

この連載の最新回の執筆にあたり、僕は京都の大文字山の山頂に赴き、ハイカー、フィールドレコーディングエンジニア、そして山食音の店主でもあった東岳志にインタビューし、レストランについて、そして彼のライフスタイルについて話を聞いてみた。

これはなんの音だろう…..

車の往来、人の声、サイレン、僕が乗っているレンタカーのサスペンションが、京都の大文字山に向けて走っている最中に発しているキーキーした音、エアコンがガタガタいってる音…... 「今日は大文字山に登るには暑すぎる」と独りごちている僕の声も収録されている。自分の声とキーキーとした車の音を耳に入れないようにして、僕は駐車場に車を入れた。僕はこれから大文字山の頂上まで登る。10年以上前にはじめて岳志と会ったのもこの場所だった。

京都盆地の東に連なる東山の一角を担う大文字山は、五山送り火の山としても知られている。毎年8月のお盆シーズンに山に大きな送り火を灯し、ご先祖の御霊をあの世に送り出す行事だ。

最初に岳志は山への愛を語ってくれた。僕が彼のお気に入りの山を尋ねたところ、彼は静寂が心地よく感じられる山岳として、赤石山脈、大文字山、そしてラダックを挙げ、この場所への強い思い入れを示してくれた。さらに、彼と繋がりたい人はどうすればいいのかを尋ねると、インスタグラムか、大文字山まで来ること、との回答をもらった。

そして僕は、岳志に会えるだろうかという淡い期待を抱きながら、大文字山を登った。彼は僕がインタビューをした人の中でも、最も捉えどころのない人の一人で、自然、食、サウンドがユニークに交差する彼のライフスタイルについてもっと知りたいと思っていた。今回は彼と二人きりで話したわけではなかったが、彼の言葉と思考は、大文字山に見守られながら、心地いいサウンドスケープのBGMとともに、静かに僕の中に浸透してきた。

これはなんの音だろう…..

風鈴、犬を連れた地元の人々が話している何気ない話、トラックの音、鳥のさえずり、僕がハイキングをする前にエスプレッソを飲みながら笑っている声が聞こえる。

多くの人たちと同様に、僕に自然の素晴らしさを教えてくれたのは両親だ。僕の場合は、イギリスの湖水地方にある英国スリー・ピークスの一角を占める、イングランド地方最高峰の山であるスカーフェル・パイクによって自然に関心を抱くようになった。岳志の場合は、白山、御嶽山、八ヶ岳連峰がきっかけだったようだが、何よりも当時の自宅近くにあった低い山々が彼に影響を与えたようだ。そして成長とともに、自然環境に関する知識も増え、岳志は登山家やツール・ド・フランスの選手に憧れを抱いていったという。


人は他の人がしていることに、一番影響されやすいと思うんです。


僕たちも例外ではなく、子供の頃、若い頃は周りの人たちに影響されてきた。岳志は友人と音楽を演奏し、楽しい日々を過ごしながら、大学ではアートを学んだ。そこで岳志は音楽と音響にのめり込み、プログラミングや音響回路を学びながら、音楽が生み出されるまでのなんともミステリアスなプロセスを分析していた。

これはなんの音だろう…..

水が流れる音、飛行機、足音、セミ、野外で天然の水源から採水している時に聞こえた話声….. 自然と音楽への愛情をさらに深めていった岳志は、フィールドレコーディングの世界にハマっていった。通常、フィールドレコーディングは、スタジオの録音とは異なり、野外でプロのサウンドエンジニアが行うものだ。


音を探して自然の中に入り込むと、自分が知っている世界とは違う、さまざまな音が聞こえてきたんです。その時、もう一回エコシステムについて学び直さなければいけないなと感じました。


岳志は自分に問いかけた。どうして風は吹くんだろう?ここに生き物がいて、あそこに川があるのはなぜ?それらを理解できなかったのは、意図的な録音と、受動的な録音の違いといえるだろう。「もしこのことが理解できないなら、全ては自分の目の前で起こることに引っ張られてしまうのです」。

然るべき時間帯に山に行かなければ生き物の声を録音できないこと、川の流れはその土地を見つめないとわからないことに彼は気づいた。録音するときは、自然現象を一定の継続的な現象として捉えることは不可能だ。自然現象は人生のようなものなのかもしれない。

これはなんの音だろう….

会話、笛の音、鐘の音、金属の排水管の上の足音、カラスの鳴き声、五山の送り火の消し炭をジップロックに入れている音….

フィールドレコーディングに対するこの意図的なアプローチは、音楽をレコーディングする際にも応用できるのではないだろうか。岳志ならきっと、スタジオに座って、ミュージシャンたちが素晴らしい音楽を奏でるのを待つ代わりに、「実直な」音楽が自然な形で生まれてくることを期待するだろう。「暮らしと音楽はすべての生態と共生していると思うんです」と岳志は言う。


僕が関心を持っているのは、サウンドが発生する環境がどんな場所なのか、そしてそれが何を導くか。それらを理解するためのスターティングポイントとしての録音なのです。


そうして彼は、思い描いた音楽を制作できる可能性のある、すべてのものに関心を抱くようになった。空間や時期や時間帯、場所、そして食べ物に関してもだ。すばやい消化は認知力を高め、やや複雑な香りが人のイマジネーションを増進すると聞いた彼は、良い音楽を求めて、食事、身体、自然の異なる関係性を模索し始めた。


もし人間が自然の一部で、私たちの多くがある同じ状況下で行動しているならば、私たちが望んでいた通りに自然の一部となり、その中で生きていけばいいと思うのです。


山、音楽、食べ物の関係性が深まりをみせる中で、彼が当初思っていたことから少し異なる発見があった。

これはなんの音だろう….

鳥のさえずり、足音、息遣い、ラジオ、おじいちゃんの声、遠くの車、飛行機、ハエ、太陽の光が木の葉を照らしているようだ。

日本のハイキングコミュニティ、特にウルトラライト・ハイキング・コミュニティに関わっている人なら、夏目彰さんと彼が夫婦で営んでいるブランド「山と道」を耳にしたことがあるだろう。

定期的にサウンドエンジニアの仕事を続けながら、岳志は密かに自宅でネパール料理の研究と調理に励んでいた。彼は、トークショーを控えていた夏目さんに連絡を取り、美味しいネパール料理で観客のお腹を満たさないことには、夏目さんのネパールでのハイキングについてのトークショーは盛り上がりませんよと説得にかかった。夏目さんはそれに同意し、岳志は車にスパイスを詰め込んで東京に向かい、トークショー会場のギャラリーをネパール料理の香りで満たしたのだった。


ウルトラ・ライト・ハイキングは、道具へのこだわりだけでなく、人間性の複雑さ、他のジャンルの物事から受ける影響も表していると思います。

それから間もなくして、夏目さんと岳志は、京都の大文字山が見える場所に山食音をオープンした。ここは南インド料理が食べられるウルトラハイキングギアショップだった。その店名の通り、登山を中心としたアウトドアカルチャー(山)、シンプルな料理を提供する食堂(食)、そして、音楽やサウンド、そこに集うコミュニティの会話(音)をテーマにしたコンセプトショップだった。瞬く間もなく、山食音はハイカー、フードコンシャスな人々、そしてミュージシャンたちの溜まり場になり、ダイニングテーブルにはいつも地図が広げられ、美味しい南インド料理と地酒でお客さんは盛り上がっていた。岳志が野外で録音したサウンドもBGMとして流れていた。

これはなんの音だろう….

人の息遣い、山頂に集まるおなじみのメンバーの楽しい会話、セミ、ハエ、蝶々、僕の足下のアリ…. 何かが変わる気配…. 頂上にたどり着いた僕は、座って京都を見下ろした。頂上と聞くとさぞかし高い山かと思うかもしれないが、この山は標高466mでそれほど高い山ではない。ただし、風景を俯瞰してみるには十分の高さだ。


自然現象を録音することで、事象の変化をすんなりと理解することができます。


数年前と比べると頂上の様相はすっかり変わっていた。僕が最初に岳志に会った時にはベンチは一つだけだったように思う。僕たちはそのベンチに座り、近い距離感で会話を楽しみながら、仲良くなった。今はベンチも複数あって、2人だけでベンチを独占して会話を楽しんでいたあの当時の雰囲気が感じられず、全く別の場所になってしまったように感じた。僕は変化を嘆いているわけではなく、変化が起こることは、むしろ当然のことだと思っているが、閉店してしまった山食音の跡地を見下ろしていると正直言って悲しい気持ちになる。

確かに山食音の実店舗は閉店したが、この店のコンセプトをベースにしたポップアップ・スペースはより自由な形態で続いている。

あらゆる成果というものは、特定のシステムが創出したパーフェクトな結果であり、それはレシピを見て料理をすること、音楽を録音すること、あるいは環境が変化することにも当てはまることだ。そのことを意識してみると、システムとともに働くこと、もしくはシステムをデザインすること、あるいはライフスタイルそのものは、僕たちが望むあらゆる成果を創出する最初のステップであることがわかる。ふと考え直してみると、デザインというのは管理をほのめかす言葉でもある。僕が話していることは、管理についてではなく、真逆のことだ。システム、成果の双方における啓発、共生、受容を育むことが大切なのだ。

岳志と僕は変化について話をした。現実に起こってしまった後に、変化はどのように気付かれるのかということだ。夏の終わりに、岳志の店は閉店した。自然環境の中で過ごす時間が長くなったので、周囲の変化は継続的に自覚できる。四季で季節を感じるというのは思い違いではないだろうか。季節は瞬間、瞬間に静かに移りゆくものだ。自然界はこの変化を快く受け入れており、このことを認識していないのは私たち人間だけのような気がする。

変化は素晴らしいことだと思うし、人間は瞬間、瞬間の変化と共生しながら生きていける存在だと思うのです。


岳志はフィールドレコーディングと同じ手法で、未来にもアプローチしようとしている。体系を的確に認識、受容し、それが人間によって作られたものであれ、そうでないものであっても、その体系がポジティブな結果と継続的変化をもたらす環境を育てることが大切だと思っているのだ。

小さな山を登ることで、街を見る視点は容易に変えられる。だから、山食音が閉店した悲しさも、今後の変化を考えることでワクワク感に変換できるのだ。

岳志は成功することを考えたことはあるのだろうか?

「実はそれほど成功について考えたことはないんです。でも、おそらく、自分がもっと知りたいことに入り込むことができて、その対象と共に居られるようになることが理想かな」

「それは岳志の人生の目標?」

「自分の人生の目的のようなものを自覚しています。それは、僕の心と身体が求めていること、僕に相応しいことをしっかりとやることです」

素晴らしい…..


Learn more about Takeshi Azuma and his fascinating projects with YamatomichiBrian Eno, and Ikema Yuko.

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