挽物の可能性を広げ続ける
「挽物」とは、木工ろくろや旋盤を使い、木材を刃物で削り出し加工した木工品。伝統的な技法であり、工芸品でありながら、その可能性を広げ続けているのが、静岡市清水区の工房を拠点とし活動する「挽物師」百瀨聡文さんだ。

百瀨さんが挽物の世界に入ったのは、デザインの専門学校の卒業を控え、進路を相談した先生に紹介されたことがきっかけだそう。
「専門学校ではプロダクトデザインを学んでいたのですが、デザインするというよりは、つくり手のほうになりたくて、それと木が好きだったこともあって、どこかありますか、と先生に相談しました。そこで紹介をされたのが挽物だったのですが、それまでは挽物というものを知りませんでした」

そして見学に行ったその日に弟子入りすることを決めたという。
「入ってみると、木を削るための刃物など、道具から自分たちでつくっていくことが多くて、元々ものづくりが好きだったこともあって、どんどんとのめり込んでいきました」

どうしてものづくりが好きになったのかを聞くと「よくする話なのですが、子どもの頃、両親の方針でテレビゲームを持っていなかったし、テレビもあまり観ることができなかったんです。友だちがゲームやテレビに夢中な時にどうにか外に連れ出すために、いろんな遊びを考えていました」と教えてくれた。そこで感じていた、発想して、つくり出すことの面白さが今も百瀨さんの根底にあるのだろう。

元々は知らずに飛び込んだ挽物の世界に入って約10年後に独立をすることになるが、それまでの間に挫折を感じるようなことはなかったのだろうか。
「正円を作り出す為に必要不可欠な芯出しという工程があるのですが、それが全然できなかったんです。たぶん自分が下手だったので、続いたのかなと思っていて、すぐにできていたら逆につまらなくなってしまっていたかもしれません。壁にぶつかって、できるようになると、また次の壁というように、壁をクリアしていくのが面白かったんだと思います」

現在の工房に移る前の工房は静岡市清水区中河内639番地にあり、それが社名である「株式会社 挽物所639」の由来となっている。
「親方のもとで働き出してから5、6年経った頃に、やはりいずれは独立したいなと思い始めました。でも独立する時に一気に必要な機械を集めるのは大変なので、少しずつ集めていくことにしたんです。その時に自分の工房を持つことを考えたのですが、街中だと維持費もかかります。そこで自分が山が好きだったこともあって、山の方で探したところ百年以上前に建てられた古民家に出会って、購入して自分たちで時間をかけて手を入れていき、その目の前に工房を建てました」

その後2019年に法人化し、2020年により広い場所を求めて、元々は茶工場だったという現在の場所に移った。そこでは百瀨さんを合わせて3人の職人が力を合わせて働いている。

また工房には「moyocami gallery」というギャラリーも併設されている。「ギャラリーはここに移る前も、古民家の土間を使ってやっていました。今は年3回アーティストをお呼びして、一緒にものづくりをして、展示をしています。自分が面白いなと思う人を紹介したいなということと挽物と掛け合わせることで、また違ったものができるということもあります」


展示のほかにも、子どもたちに挽物を体験してもらったり、木くずの使い道を一緒に考えたりするようなワークショップを考えているそうで、今年は静岡県内の小学校に出向きワークショップも行ったという。

プロジェクトの大小、つくるものの大小に関わらず「どんなものだとしても高いクオリティで出し続けたい」と話す百瀨さんのところには様々な特注やコラボレーションの依頼が舞い込んでくる。特注やコラボレーションをする上で百瀨さんが大切にしていることは、「わくわくすること」。


「人が喜んでくれるものをつくりたい、ということが根本にあるので、それを使う人もそうだし、一緒につくるひとにももちろん喜んでもらいたい。それはわくわくすることにも、自分がつくるものが世の中に残るべきものなのか考えることにもつながります」




静岡の自然豊かな環境で制作し、その作品を通じて、日本だけではなく、世界とつながっている百瀨さん。今後はコロナ禍でなかなか行くことができなかった海外での活動も視野に入れて作品づくりを行なっている。百瀨さんの活動とともに挽物の可能性はこれからもどんどんと広がっていきそうだ。

百瀨聡文
株式会社 挽物所639 代表。挽物師。1983年生まれ。静岡デザイン専門学校卒業後、静岡市伝統技術秀士 岸本政男氏、岸本真紀氏に師事。2011年「挽物所639」を創業。