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Star Atlas –街の星図を探して–

お好み焼き みかみ

静岡編 vol.8

その土地に点在する魅力的なヒト、モノ、コトは、“星”に例えることができる。光の強さ、色、輝き方はさまざまな星たち。それらのストーリーを一つずつ紐解いていくことで、その土地だけにある「Star Atlas(星図)」を浮かび上がらせていく静岡編の第八回。

11/29/2022

地元に溶け込み、100年続く新たな文化を


静岡市葵区にあり、街の人たちに「おせんげんさん」として親しまれている静岡浅間神社。その門前に、南北約600メートル続く静岡浅間通り商店街がある。2020年1月、田向義和さんはこの場所に「お好み焼き みかみ」をオープンした。

田向さんが初めて静岡を訪れたのは1990年頃。生まれ育った石川県かほく市の飲食店で働いていた当時の先輩に、静岡出身の人が多かったという。

「その先輩がめちゃくちゃかっこよくて、静岡に興味を持つようになりました。こっちで仕事があるけど来ないかって誘われたのが、静岡に来たきっかけです」

静岡浅間神社の正門に近い、静岡浅間通り商店街の一番街。「みかみ」があるのはそこから直進した四番街。

初めてやってきた日にちょうど浅間通りでお祭りが行われていて、その光景にいきなり心をつかまれた。

「静岡の祭りといえばこれ、っていうぐらいの大きな祭りでした。豪華絢爛な金沢の百万石まつりと違って、地元に根付いた田舎のザ・祭りだったんです。浅間神社の境内から浅間通りまで見渡す限り屋台で、歩けないくらい浴衣の人がいて。うわ、これぞ日本だと思って感動しました」

江戸時代から静岡浅間神社の門前町として発展してきたこの通りも、近年はシャッターを閉める店が増えていた。田向さんは、いつかまたあの時のようなにぎわいが戻ってほしい、そのためにも近くに住んで何か貢献できれば、という思いが頭のどこかにあったという。

飲食店でのサービスの仕事を皮切りに、店舗のメニューや内装のデザインを勉強して自ら手掛けるようになった田向さんは、みかみをオープンする前はデザイナーとして広告や店舗の内装、ウェブサイトなどのデザインに携わっていた。そうした経歴も今、自身が描く店づくりに活かされている。

「お好み焼き みかみ」の店主、田向義和さん。

店をオープンするなら浅間通りと決めていた田向さんは、所属していた会社を退職した時に、現在のみかみの物件と運良く出会った。元々は和菓子店だった建物。二十数年間、降りたままだったシャッターを、田向さんが上げられることとなった。もっとも、「絶対、お客さんを呼べないからやめとけ」と、知り合い全員に反対されたという。それでも、街の中心部での出店に興味を持てなかった田向さんは「好きなことをできるというか、全然こっちの方が面白かったです」と迷いはなかった。

お好み焼きでいくと決めた理由は、「大好きっていうのもあります」と田向さん。鉄板屋に厚めの鉄板をオーダーして、趣味として自宅や友人宅でお好み焼きをつくっていたというから筋金入りだ。

「みかみ」のお好み焼きは、甘みのある特製ソースと青のり多めのおでん粉が特徴。和がらしもよく合う。

そして、「参道を盛り上げる時の商材として、僕の中でお好み焼きがすごくハマったんです」と言う。調べてみると、静岡市が5、6年前にとったアンケートでは80〜90%の人がお好み焼きが好きだと回答していた。家では食べている人が多いが、静岡にお好み焼き屋は少ない。そこにもチャンスを感じていた。

「静岡の人たちの口に合うお好みを果たしてつくれるのか、ずっと自分で試行錯誤していました」

「外はカリカリ、中はトロトロのたこ焼きって美味しいじゃないですか。あれをお好み焼きでできないかなと、ずっと思っていたんですよ。とろーり、ライトに食べられるお好み焼きをつくりたくて、火の通し方や油の使い方などをいろいろ工夫しています」と田向さん。

「みかみ」の店づくりにおいて、田向さんが感銘を受けた店が、浅間通り商店街にある「静岡おでん おがわ」だ。

静岡浅間通り商店街にある、1948年創業の「静岡おでん おがわ」。

「最初に静岡に来た時に富士山、お祭りと並んで、おでん屋さんに感動したんです。入った時にお店の人は奥にいたみたいだったんですけど、お客さんたちがおでんの周りを囲んでいて、僕が席に座ったらその人たちがお皿を出してくれたんですよ。それで、ここから串を取ってとか、おかかをかけて、からしを付けて、お茶は自分で入れてねって、食べ方のルールを教えてくれて。このいやすさは何なんだろう、サービスの真髄ってここにあるんじゃないかと思いました。

お互いの信用がつながっていて、お客さんに気を遣わせない、究極の形をおでん屋さんに見出して、そんな街に溶け込むようなサービスを目指しているんです」

「静岡おでん おがわ」の鍋では、人気の牛すじや黒はんぺん、糸こんにゃくなど17種類ほどの静岡おでんが煮込まれている。

そして、「みかみ」のコンセプトの一つに「100年後のみかみを想像して、残っていけるお店にできれば」という思いがある。

「伝統を大切に守ろうとする人は多いですが、その伝統も最初に生み出した人がいるわけですよね。100年後に伝統や民藝になり得るものを今、一所懸命につくり出すことができたら、なんて素晴らしいんだろう、と思ったんです」

店内のお品書きの文字とイラストは、絵描きでもある妻の萌さんが手描きしている。

店内の奥、松のふすまの先にある「松乃間」は元和菓子工場だった場所を再利用したレンタルスペースになっている。現在は静岡在住アメリカ人のNPOのワークショップや、小中学生向けのプログラミング教室などに使われているが、2022年末頃からは、「みかみ」主催によるイベントの企画も考えているそうだ。

全国から怪談師を集めたイベントや日曜日の落語会、子供向けのものづくり教室など、田向さんはいろいろなアイデアを膨らませている。

「お好み焼き みかみ」を営む田向義和さん・萌さんご夫妻。

静岡出身の先輩や、浅間通りのお祭りやおでん屋さんとの出会い。そして、田向さんが飲食業とデザイン、お好み焼きを探究して歩んできた道がつながって生まれた「お好み焼き みかみ」。懐かしさも漂う店内には、お好み焼きを囲んで子供からシニア世代まで、幅広い年齢層の人たちが集っている。地元の人たちが思い入れを持つ歴史ある通りに、新たなにぎわいと文化をもたらす起点になっていきそうだ。

お好み焼き みかみ
2020年1月、静岡市葵区の静岡浅間通り商店街にオープン。JR静岡駅北口から徒歩だと約20分。静岡ならではのお好み焼きを味わえ、食後のデザートには特製のアイスモナカや3色きんつばも。
text | Takeshi Okuno photography | Hitoshi Ohno