茶畑での一杯で知る地域の魅力
静岡県内に7箇所ある『茶の間』は、絶景が広がる茶畑のテラスでお茶を楽しみながら、くつろいだひとときを過ごせることで人気になっている。そのうちの一つ、富士山のふもとにある『海と富士の茶の間』からは、海とともに沼津や箱根の南嶺まで見渡すことができる。もっとも、この場所に『茶の間』がつくられたのは、単に眺めがいいからというだけの理由ではない。

「お茶畑の中で、お茶師さんさんたちのつくる個性豊かなお茶が飲めたらいいよね、そこにはお茶について一家言ある哲学のしっかりした人がいることが大事、という話から『茶の間』は始まりました」と、『海と富士の茶の間』がある、富士山まる茂茶園の茶師、五代目 本多茂兵衛さんは語る。『茶の間』では最初の10〜15分前後、その茶畑の農家さんがお茶についての話を聞かせてくれ、その後は貸切でゆったりと思い思いに空間を楽しむことができる。

『茶の間』を2019年に立ち上げ、運営するAOBEATの代表取締役、辻せりかさんは大学まで静岡で生まれ育った。卒業後は旅行会社で沼津とソウルでの勤務を経て、出向先のするが企画観光局で静岡の地域観光に携わり始めた。組織改編でその部門がなくなることになり、培ってきたものを未来へつなげていきたいと、観光局で出会ったメンバーと会社を立ち上げた。
辻さんにとってお茶は子どもの頃から、「急須があるのも当たり前で、いつもそばにあったもの」だったが、あまりに日常的すぎて、特に興味を持つ対象ではなかった。「本多さんをはじめ、お茶農家さんたちと出会って、いただいたお茶がびっくりするぐらい美味しくて、興味を持ったのはそこからですね」


本多さんは「静岡の人たちが県外に出て気づくのが、静岡で飲むお茶って美味しいんだということです。1回外に出ることによって、もしくは外から来ることによって気づく地域の魅力なんだと思います」と話す。これはお茶だけに限らず言えることだろう。

『茶の間』は現在、7箇所あり、それぞれのロケーションで異なるお茶の味わいと、農家さんのおもてなしを楽しめる。今回訪れたもう1箇所は、静岡市清水区の北部の山あいにある『天空の茶の間』。標高350メートルにある斜面の茶畑から富士山や駿河湾、早朝には雲海を望めることもある、開放的かつプライベートな空間だ。
「景色が素晴らしいので人気になっている側面はもちろんありますが、そもそもは、そこで豊好園の片平次郎さんがつくっているお茶が美味しくて、それをいろんな人に知ってほしくて、『茶の間』をつくったという順番なんです」と、本多さんは付け加える。

片平さんがお茶を栽培しているのは、祖父がみかん畑から茶畑に変えた場所だ。「僕は選んでここに生まれたわけじゃないけど、『茶の間』で多くの方たちを迎えるようになって、ここをもっと大切にしていきたいという気持ちは強くなりましたね」


辻さんたちの会社、AOBEATには「100年後の地域を楽しくしていきたい」というビジョンがある。そのためには、その地域を好きになってくれる人たちを増やしたり、巻き込んだりしていく必要があると考えている。日本最大のお茶の産地である静岡で、そこでしか見られない風景の中で、その場所で採れたお茶とつくり手に出会える『茶の間』は、自然に育まれた静岡の魅力に触れる大きなきっかけになっている。
