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西伊豆に伝わる絶滅危惧食材

正月魚すなわち、潮かつお

 

04/12/2023

西伊豆・田子地区には、古くから正月魚(しょうがつよ)という風習がある。使われるのは、「潮かつお」という伝統保存食。「勝魚(かつお)」として縁起の良いカツオを1尾丸ごと塩漬けし、乾燥させたもので、神棚や玄関に飾って豊漁や子孫繁栄を願う。

現在、潮かつおを生産するのは、全国でもこの西伊豆地域だけ。かつては40軒ほどの加工業者がいたが、カツオ漁の衰退とともに減少の一途を辿り、今では生産者が3軒のみだという。そのうちの1軒、明治15年創業の「カネサ鰹節商店」は、神事を兼ね、潮かつおに稲わらの飾りつけまでを行う唯一のお店だ。5代目・芹沢安久さんは、「伝統文化を継承したい」という強い信念のもと、創業当時から受け継ぐ製法によって、潮かつおと、「手火山式焙乾製法」による本枯れ鰹節を、丹精込めて作り続けてきた。

「潮かつおのわら飾りにおいても、伝統的な決まりがあります。例えば稲わらは、必ず、その年に地元で採れたものだけを使います。一粒から万倍に実る稲は、その土地の精霊、神様の力が宿っていて、神聖なものであると考えられてきました。そんな稲わらをかつおに飾り付けることで、潮かつおが神聖な供物になるんです」

ここ西伊豆にだけ潮かつおが残った理由について、「ここには文化があったから」と芹沢さんは話す。

「潮かつおは、お正月に必ず飾るものであり、穢れを落とすためのものでした。神棚に飾って祝詞をあげた潮かつおを家族で食べると、それが禊になり、食べた瞬間に穢が落ちたと考えられてきた。穢を落とし、無病息災を願うために不可欠なものだったんです」

少子高齢化や船の大型化など、時代の流れと共に衰退してしまったが、かつてはカツオの遠洋漁業で栄えた西伊豆町。カツオ船の乗組員にとっては、潮かつおは契約の証でもあったという。

「その年のはじめ、穢れたままカツオ船に乗ることは許されなかった。だから、乗りはじめのときはきちんとお祓いをするんですが、宴会の最後にこの潮かつおを、船主がみんなに食べさせるんです。それを食べることで穢れが落ち、神様の意志を身にまとうことができた。すなわちそれが、船員と船首と神様による三つ巴の契約。ここで誓ったことは1年間全体に破れないという強い契約でした。だから、船員たちも一生懸命働くことができたし、西伊豆地域はカツオ漁で繁栄できたんです」

鰹節よりも古い歴史を持ち、1300〜1500年前から食べられてきたとも言われる潮かつお。塩蔵の保存食であるため、口に含むと強い塩気を感じるが、その味わいを活かし、多彩な食べ方が楽しめるという。

「吊るした潮かつおをプロシュートみたいにナイフで薄く削いで、レモンを絞って食べてもいいし、塩辛いのが苦手な方は甘酢にくぐらせると無限に食べられるくらいおいしい。吊るしておくと、味がどんどんしまっていくのでその味わいの変化も魅力。切り身上に焼いてそれをお茶漬けにしたり、スープを作ったりしてもおいしいです」

いまや、絶滅危惧食材に瀕している潮かつお。その伝統の火を絶やさず、次世代へと食べ継いでいくために、芹沢さんは努力を惜しまない。「西伊豆しおかつおうどん」と銘打ったご当地グルメの開発や、ふりかけ、スパイス、アイスなど潮かつおを気軽に楽しめる斬新な商品開発にも熱心だ。

「伝統を守るには、昔ながらの製法を守っているだけでは足りない。次世代に知ってもらう、食べてもらうことで、持続可能的に伝統を守っていくことができる。潮かつおという伝統を守るために、手に取ってもらいやすい商品を開発しているんです。こうした商品をきっかけに、潮かつおの文化についても興味を持ってもらえたら嬉しいですね」


カネサ鰹節商店
静岡県賀茂郡西伊豆町田子600-1
Tel:0558-53-0016

PAPERSKY no.67 | SHIZUOKA|FISH&
「釣り」と「魚」 をキーワードに、静岡の海・山・川をめぐる旅へ。旅のゲストは静岡出身のイラストレーター・ジェリー鵜飼さんとアウトドアギアクラフトマンのジャッキー・ボーイ・スリムこと尾崎光輝さん。
text | Yukiko Soda photography | Toshitake Suzuki