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SHIMANAMI ROUTE
DREAMY ISLAND HOPPING

しまなみ海道、夢追いホッピング

 

03/08/2024


尾道の白昼夢


ネコがいる。石畳の細道を闊歩している。歩を進めると、ぴたりと動きを止めてこちらをひとにらみ。もう一歩と接近するや、踵を返して昭和の郷愁に姿を消した。まるで映画のワンシーンのように。まるで夢のように。

尾道はネコの街であり、映画の街である。寺社仏閣が多く、風光明媚な風景は何人もの映画監督の心をつかみ、次々と名作の舞台になった。小津安二郎の『東京物語』、大林宣彦の『転校生』や『さびしんぼう』など枚挙にいとまがない。

しまなみ海道周辺は一年を通じて温暖かつ降水量が少なく、「瀬戸内式気候」と呼ばれる

昭和の映画人を虜にした尾道は近年、夢を追う人々の挑戦の舞台になっている。

高橋玄機さんは2023年6月に「茶立玄 山手」をオープンした。商店街の「TEA STAND GEN」に続く2号店。全国各地の茶園に足を運び、厳選した茶葉が並ぶ店の窓の向こうには、尾道の風情ある街並みが広がっている。夢は、若者とお茶の接点になること─お茶に癒され、景色に見入り、まどろみながら彼の決意を反芻した。

歴史をつないで生まれる夢もある。「尾道お菓子 たつみや」は、元は「御菓子司 多津美家」という名の老舗だった。それが64年の歴史に幕を下ろすことになったが、近所に住んでいた町出博和さん、悦世さん夫妻がレシピを受け継いでリスタート。活気を取り戻した厨房には、引退した多津美家の先代が立つこともあるそうだ。

夢を追う人たちの熱にほだされ、旅を進められない。まずは尾道で一泊とばかりに、街のランドマークたる千光寺に続く坂道の途中にあるホテル「LOG」に向かった。ここは世界的な設計事務所「スタジオ・ムンバイ」によるインド国外初の設計プロジェクト。多島海へと沈んでいく太陽に照らされて、淡い色彩の外壁が茜空と調和していた。



向島で紡がれる百年の夢物語


尾道の朝は早い。船を乗り降りし、自転車にまたがり登校する中高生は朝の風物だ。何台もの自転車を見送り、人気の消えた船に乗り込む。向島に渡るたった5分の船旅が「しまなみ海道」の始まりを告げた。

しまなみ海道は尾道を起点に、四国の今治へと続く。約70kmの道のりを自転車で走るには体力と時間を要するが、最短距離なんて味気ない。寄り道こそ旅の醍醐味だから。「CAKE」の電動モーターサイクルにまたがり、アイランド・ホッピングを始めよう。

向島を走り出して間もなく、サイクリストが吸い込まれていく「後藤鉱泉所」があった。1930年創業の清涼飲料水製造所を営むのは森本繁郎さん。四半世紀近い公務員生活の後、4代目として事業継承に手を挙げた。製造の心臓部にあたる炭酸水製造機は、戦前から時を刻んでなお現役。百年の時をつなぐ地サイダーなんて夢物語のようだが、たしかな現実であることを炭酸の刺激で知覚した。

後藤鉱泉所はクラシックな地サイダーだけでなく、「怪獣サイダー」のような新定番も展開

喧騒とは無縁な向島には、自前の空間を営む若者や芸術家が集う。後藤鉱泉所そばの「素白」もそのひとつ。福山出身の中尾早希さんが構える、暮らしの道具のギャラリーだ。自らの言葉で道具を語る口ぶりは、場をもつことの自負を帯びていた。彼女の友人の後閑麻里奈さんは「GRRRDEN」の屋号で、DJやローチョコレートの製造・販売など多彩な活動を行なう。飽き性だと自らを評しつつ、移住して9年選手だと笑った。

国内外の作家の作品が並ぶ素白の店内
音楽イベントの企画だけでなく、植物療法や占星術を取り入れたカウンセリングも行う後閑さん

向島を駆けて南部に差しかかると、ヒップホップが轟く農園があった。アメリカ人移住者のトーマス・コレップファーさんによる「Pitchfork Farms」だ。環境循環型を謳い、100種類以上の野菜や柑橘を栽培し、ブタやヒツジ、ヤギ、ニワトリも飼育。多様性に満ちた農園に、楽園の夢が重なった。

自然農法の大家、福岡正信の『わら一本の革命』を学生時代に読み、衝撃を受けたと話すトーマスさん


夢の途上の生口島


向島から因島に渡り、「いんおこ」と呼ばれるお好み焼きに舌鼓を打つ。造船所が多い土地柄、腹持ちのよいうどん入りが主流のお好み焼き。島民が太鼓判を押す「大出たばこ店」は、店名に似つかず本格的な味だ。

大出たばこ店は商店のような店構えだが、店内では本格的な鉄板があり、いんおこが焼かれている

次に上陸した生口島は、傾斜が目立つ。日当たりがよく降水量が少なければ、柑橘類の栽培に理想的。それゆえ日本一の国産レモン生産地として名高い。

「いつか継がんといけんというのはあったけえ、どうせなら若いうちからやろうと」

広島弁で語ったのは、生口島で生まれ育った山本凌生さんだ。23歳で実家の農家を受け継ぎ、「LE MONT」というブランドを設立。香りを大事に育てられた新鮮なレモンは芳醇で、若人のように清純だった。

LE MONTのジュースは濃厚な味わい。ラベルには山瀬まゆみさんのペイントがあしらわれている

生口島の代名詞といえば長らくレモンだったが、町にも日が当たるようになりつつある。にわかに活気づくのは島の西岸に位置する瀬戸田港。通りがかりのオーストラリア人サイクリストが目を丸くして叫んだ。

「ワオ! なんてヒップな港町なんだ!?」

町の潮目が変わったのは、「SOIL Setoda」の誕生がきっかけだった。瀬戸田港から徒歩1分の場所に構える複合施設。穏やかな海を眺められる客室、地産地消にこだわるレストラン「MINATOYA」、地元のつくり手の商品を届けるセレクトショップ「ひ、ふ、み」、「OVERVIEW COFFEE」の国内初となる焙煎所……町民と旅人が行き交う空間は、さながら町のリビングルームである。

賑わいをみせる SOIL Setoda

「地元のおじいさんからもらったので、今日はタイを窯焼きにしてみました」

銭湯「yubune」のサウナで蒸されながら、MINATOYAでの晩餐を振り返る。洗練された味、島の人情。玉汗が噴き出すと、夢遊病者のような足取りで水風呂に向かった。

瀬戸田港から参道沿いに延びる商店街。SOIL Setodaのオープンを機に盛り上がりつつある
生口島と高根島を結ぶ高根大橋。高根島はしまなみ海道に含まれないが、橋上から瀬戸田を眺望できる。自転車では億劫になる高低差だが、電動モーターサイクルならイージーに走行可


薄明に現れた大島の夢境


生口島がレモンなら、その隣の大三島はサツマイモの島と呼べるかもしれない。東部を走っていると「芋地蔵」なる看板に出くわした。18世紀前半、飢饉の多かった故郷での栽培を夢見て、薩摩藩の領内から門外不出の種芋を持ち帰った下見吉十郎が由緒。島民の命を救った英雄は地蔵の姿で「向雲寺」に祀られ、いまもなお両手でサツマイモを包み込んでいるように見える。

向雲寺に安置されている地蔵。モチーフにした和菓子も島内でつくられている

大三島西部の「大山祇神社」には、大山積神が祀られている。天照大神の兄神にあたり、『古事記』や『日本書紀』には山の神とあった。『伊予国風土記』では大海原の神、渡航の神とされる。参拝して振り向けば、紀元前から時を刻む御神木がそびえていた。

日本総鎮守と呼ばれる、大三島の大山祇神社。境内には樹齢2600年余りのクスノキが堂々と立つ

次の伯方島まで南下すると、いつの間にか四国が間近に迫っていたことを知る。島から望む存在感はまるで大陸のよう。穏やかな水平線を遮り、四国山地がスカイラインを描いている。

しまなみ海道南端の島は大島である。四国の今治市街に近いため、島民の多くが娯楽を求める先は島の外。でも、ここの気候や自然に惹かれて移り住み、開業の夢を実現する人も増えている。自家焙煎珈琲店、書店、宿を掛け合わせた「こりおり舎」を営むのは千々木大介さん、涼子さん夫妻。古民家を改修した店内で涼子さんが言った。

「観光客に素通りされがちな大島ですが、海も山も一日として同じ色ではありません。夜を今治で過ごすなら、その前に島の亀老山展望公園にも行ってみてください」

4000冊以上の本が並ぶ、こりおり舎の書店スペース

多島海に沈む太陽と競うように、標高301.1mの展望台まで駆ける。淡い色彩が水平線を消失させ、海と空が一体化。島々がおぼろげに浮かぶ風景は、どこか現実離れしている。アイランド・ホッピングの旅路の果てに着いたのは、美しく凪ぐ夢境だった。


SHIMANAMI Guide

LOG
広島県尾道市東土堂町11-12
TEL:0848-24-6669

茶立玄 山手
広島県尾道市東土堂町9-8

尾道お菓子 たつみや
広島県尾道市栗原西1-7-18
TEL:090-3290-9478

後藤鉱泉所
広島県尾道市向島町755-2
TEL:0848-44-1768

素白
広島県尾道市向東町1011-1 2階

Pitchfork Farms
広島県尾道市向島町干汐2368

SOIL Setoda
広島県尾道市瀬戸田町瀬戸田254-2
TEL:0845-25-6511

yubune
広島県尾道市瀬戸田町瀬戸田269
TEL:0845-23-7917

大山祇神社
愛媛県今治市大三島町宮浦3327
TEL:0897-82-0032

こりおり舎
愛媛県今治市吉海町仁江2436
TEL:0897-72-8006

亀老山展望公園
愛媛県今治市吉海町南浦487-4
TEL:0897-84-2111

photography | Natsumi Kinugasa, Toshitake Suzuki text | Yosuke Uchida Special Thanks | CAKE, Hiroshima Tourism Association, Staple Inc.