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滋賀みらい構想プロジェクト
STORY #4

町づくり、景観づくりを見据え、漁師の生活を可視化する試み
~大津編~

その風土特有の豊かさを再認識し、新たな、あるいは埋もれていた価値を見出すことを中心に据えれば、健やかで明るい“地方創生”が可能になるのではないか。そんな視座でスタートした、滋賀のこれから先を“データ”を使って考える「滋賀みらい構想プロジェクト」。日本で初めてデータサイエンス学部を設置した国立滋賀大学、主にメディアアートを扱うオーストリアの文化機関アルスエレクトロニカ・フューチャーラボ、そしてデータを使って未来づくりを考えるトヨタ・コニック・アルファ株式会社(2025年4月、トヨタ・コニック・プロ社に統合)の3者協働によるプロジェクトだ。地域の大学がハブとなり、地域の住民や企業とともに、地域のデータを活用し、地域の幸せを生み出していく。そのためにまずは、地元に根づき、未来を見据えて行動している人に会いにいくところから始めよう。これは、「複数形の未来」のヒントを探すその旅にPAPERSKYが帯同、5つのSTORYで紹介するシリーズだ。

01/29/2025

「琵琶湖とともに生きたい」

その思いから、漁師の道を選んだ人がいる。駒井健也さん、32歳だ。

「大学では建築を学んでいました。それで国内外あちこちの建築を見てまわったんですけど、感動したのは建物ではなく、インドのガンジス川。人々が水に寄り添う空間だったんです」

ふと顧みると日本、しかも地元に偉大なマザーレイクがあるではないかと気がついた。滋賀県出身だが内陸の栗東市で育ち、琵琶湖にはふれてこなかった駒井さんだったが、ここで水とともに暮らしていこうと決意するまでに、さほど時間はかからなかった。

いつでも琵琶湖を眺めていたい。それが駒井さんが漁師になった理由だった

はじめは、建築から琵琶湖に何かしらのアプローチができないかを模索していたという駒井さん。しかし「計画側でできることの限界を感じてしまったというか。現場の漁師さんは未来をどうこうしようという以前に、今を生きるのに必死なんです。なかなか安定せず、先行きが不安なところもある。素晴らしい仕事なのに、すごくもったいないことだと思いました」

では、どうすればいいか。「それなら自分自身が実際に漁師になってみよう」と至った駒井さんの発想と行動力は、なかなかに大胆だ。だが「琵琶湖を毎日眺めながらできる仕事といったら、やっぱり漁師でしょう」、本人は存外けろりとしている。

魞(えり)漁とは、琵琶湖で千年以上の歴史がある、必要に獲りすぎない独自の“待ち”の漁法。魞の数は昔は130ほどあったが年々減少しており、現在は40ほど。漁師になりたい若者はちらほら出てきているものの、その需要に対して受け入れ先がないことが課題だという

滋賀県の、あるいは琵琶湖の、といってもいいが、南西エリアにある大津市。県最大の繁華街があり、京都にも近いという利便性がありながら、畑と山、そして湖と密接に関わった暮らしが営まれている。この地で魞(えり)漁の漁師に弟子入りして3年、独立して4年。和邇(わに)漁港から毎日漁に出るようになって7年になる。

この日の漁果は6~7種類と多くはなかったが、年間通じて約30種類もの魚がとれるという。「魞は固定なので、季節ごとに魚が動いていることがダイレクトにわかります。桜の花で春を感じるようにして四季が感じられるんです」

“フィッシャーアーキテクト”を名乗り、建築の視座はベースに保ちつつ、漁師の暮らしを可視化し、人々に伝え広げることを使命としている駒井さん。掲げているのは、漁師による町づくり、景観づくり。

「ここでしかできひんような、漁師ならではの風景をつくりたい。単に建築物を建てるとかではなくて、漁師の暮らしがそのまま風景になっていくということ。それが持続的に、多面的に広がっていったらいいなと思っています」

駒井さんが主宰している漁体験では、漁果を調理して食べるところまで含まれる。この日のメニューはエビとヒウオの釜揚げ、ホンモロコやウグイの唐揚げ、ニゴイの甘酢あんかけなど。「大漁かどうかより、美しい湖で漁をして、獲った魚をおいしく食べて。命のありがたみを人と一緒に感動できるのが喜びです」

水と緑とのつながりで成り立っているこの地の暮らしをいろいろな人に体験してもらうべく、ワークショップやアーティストインレジデンスの実施、ポッドキャスト番組の発信など、活動は多岐にわたる。

駒井さんの自宅の壁には、駒井さんらが立ち上げた『BIWAKOアーティストインレジデンス』にまつわる作品たちと、子どものころに奇しくも「湖」と書いた習字が

「漁業者だけではなく、さまざまな生業の方たちとの有機的なつながりを示すことができたら。それぞれの立場で伝えていきながら、水の循環やそれにまつわる暮らしを客観的に見られるきっかけになったらいいなと思っています」

大津駅から歩ける距離にある、滋賀の食材と地酒がウリの和食居酒屋「からっ風」。浮御堂の目の前にある湖魚佃煮専門店「魚富」。いずれも駒井さんが魚を卸している店だ。漁師と店の関係も、獲れた魚が料理や商品となるのも「有機的なつながり」だ

一方で、具体的な手法として新たに関わり始めたのが、データサイエンスによるアプローチだ。体にデバイスをつけて心拍数を測ったり、漁の様子を撮影したり、はたまた日々の売り上げや年収を記録したりと、駒井健也という人間のあらゆるデータをとる試み。どんな心の動きがあるか、それが体にどう影響し、生活にどう関わってくるのか。

「漁師として何が豊かなのかを可視化できないか。たとえば漁のどのタイミングで心拍数が上がってるのか、そのとき自分が見ている景色と連動させてみたりすることで解明しようとしています」

データをとり、それを集計することによって、何が判明するか、どのような成果があるか、まだわからない。なにせ、まだ誰もやったことのない実験なのだ。

心拍数が最も上がるのは、網にかかった魚を獲る瞬間。逆に心拍が最も落ち着いているのは、日の出を背負い漁場まで船を走らせているときだとわかった。「自分自身は狩猟系の性格ではないと思っているんですが、心拍数が高くなる瞬間というのは、やっぱり生き物としての本能的なところなのかな。琵琶湖の風景の美しさに心穏やかになるのは、実感としてありますね」

それにしても、自分の体調から年収から、すべてをさらけ出すことに抵抗はないのだろうか?

「隠したいことはべつにないんです。それがやりがいの部分でもあるので。広げたいというのが根本にあって、そのためには私がひとつのモデルにならないことには始まらないと思っています。実際、魞漁だけでは儲かってはいないんですが、複数漁法や、体験(ワークショップ)などを組み合わせていることで、生計が成り立っているという事実がある。だから魚が獲れなくなった、漁師が減った、じゃあもう仕事として成り立たないよね、ではなくて、こういう働き方もあるというモデルケースとして伝えられたらいいなと思って。そのための手段のひとつとして、データ&サイエンスがあるのかなと思っています」

効率化のためではなく、共有を目的とする。それは、データの新しい活用法の探究でもある。

駒井さんの近くにいれば魚にありつけるかもしれないと知っているユリカモメたちに追いかけられるのも、いつもの光景

駒井さんに「琵琶湖を毎日眺める生活ができていて、今、幸せですか?」と尋ねると、「はい! 幸せです」。即答だった。

「たまに講演なんかで出かけたりするんですけど、たった1日留守にするだけでも、ああ、早く琵琶湖に帰りたいなって思うんですよ。琵琶湖で漁をすると、心身ともにリセットされるので」

リセットといえば旅行などの非日常に身をおくことを思い描いてしまうが、その反対。日常のルーティン自体で人をリセットさせてしまう作用が、琵琶湖にはあるのだ。

食物倉庫をリノベーションし、“オルタナティブ公民館”として姿を変えた「打明 -UCHIAKE-」。キッチンカーからスタートして店舗をもつに至った「NINA SPICE STAND」や、人気ベーカリーの2号店「dry river 2nd」などが入る。目の前の景色も圧巻で、稜線、湖面、湖西線の線路、畑が美しい並行線をつくっている


滋賀みらい構想プロジェクト
https://note.com/shiga_mirai/

text|Mick Nomura(photopicnic)  photography|Jiro Fujita(photopicnic)