「琵琶湖とともに生きたい」
その思いから、漁師の道を選んだ人がいる。駒井健也さん、32歳だ。
「大学では建築を学んでいました。それで国内外あちこちの建築を見てまわったんですけど、感動したのは建物ではなく、インドのガンジス川。人々が水に寄り添う空間だったんです」
ふと顧みると日本、しかも地元に偉大なマザーレイクがあるではないかと気がついた。滋賀県出身だが内陸の栗東市で育ち、琵琶湖にはふれてこなかった駒井さんだったが、ここで水とともに暮らしていこうと決意するまでに、さほど時間はかからなかった。


はじめは、建築から琵琶湖に何かしらのアプローチができないかを模索していたという駒井さん。しかし「計画側でできることの限界を感じてしまったというか。現場の漁師さんは未来をどうこうしようという以前に、今を生きるのに必死なんです。なかなか安定せず、先行きが不安なところもある。素晴らしい仕事なのに、すごくもったいないことだと思いました」
では、どうすればいいか。「それなら自分自身が実際に漁師になってみよう」と至った駒井さんの発想と行動力は、なかなかに大胆だ。だが「琵琶湖を毎日眺めながらできる仕事といったら、やっぱり漁師でしょう」、本人は存外けろりとしている。


滋賀県の、あるいは琵琶湖の、といってもいいが、南西エリアにある大津市。県最大の繁華街があり、京都にも近いという利便性がありながら、畑と山、そして湖と密接に関わった暮らしが営まれている。この地で魞(えり)漁の漁師に弟子入りして3年、独立して4年。和邇(わに)漁港から毎日漁に出るようになって7年になる。




“フィッシャーアーキテクト”を名乗り、建築の視座はベースに保ちつつ、漁師の暮らしを可視化し、人々に伝え広げることを使命としている駒井さん。掲げているのは、漁師による町づくり、景観づくり。
「ここでしかできひんような、漁師ならではの風景をつくりたい。単に建築物を建てるとかではなくて、漁師の暮らしがそのまま風景になっていくということ。それが持続的に、多面的に広がっていったらいいなと思っています」





水と緑とのつながりで成り立っているこの地の暮らしをいろいろな人に体験してもらうべく、ワークショップやアーティストインレジデンスの実施、ポッドキャスト番組の発信など、活動は多岐にわたる。

「漁業者だけではなく、さまざまな生業の方たちとの有機的なつながりを示すことができたら。それぞれの立場で伝えていきながら、水の循環やそれにまつわる暮らしを客観的に見られるきっかけになったらいいなと思っています」





一方で、具体的な手法として新たに関わり始めたのが、データサイエンスによるアプローチだ。体にデバイスをつけて心拍数を測ったり、漁の様子を撮影したり、はたまた日々の売り上げや年収を記録したりと、駒井健也という人間のあらゆるデータをとる試み。どんな心の動きがあるか、それが体にどう影響し、生活にどう関わってくるのか。
「漁師として何が豊かなのかを可視化できないか。たとえば漁のどのタイミングで心拍数が上がってるのか、そのとき自分が見ている景色と連動させてみたりすることで解明しようとしています」
データをとり、それを集計することによって、何が判明するか、どのような成果があるか、まだわからない。なにせ、まだ誰もやったことのない実験なのだ。


それにしても、自分の体調から年収から、すべてをさらけ出すことに抵抗はないのだろうか?
「隠したいことはべつにないんです。それがやりがいの部分でもあるので。広げたいというのが根本にあって、そのためには私がひとつのモデルにならないことには始まらないと思っています。実際、魞漁だけでは儲かってはいないんですが、複数漁法や、体験(ワークショップ)などを組み合わせていることで、生計が成り立っているという事実がある。だから魚が獲れなくなった、漁師が減った、じゃあもう仕事として成り立たないよね、ではなくて、こういう働き方もあるというモデルケースとして伝えられたらいいなと思って。そのための手段のひとつとして、データ&サイエンスがあるのかなと思っています」
効率化のためではなく、共有を目的とする。それは、データの新しい活用法の探究でもある。


駒井さんに「琵琶湖を毎日眺める生活ができていて、今、幸せですか?」と尋ねると、「はい! 幸せです」。即答だった。
「たまに講演なんかで出かけたりするんですけど、たった1日留守にするだけでも、ああ、早く琵琶湖に帰りたいなって思うんですよ。琵琶湖で漁をすると、心身ともにリセットされるので」
リセットといえば旅行などの非日常に身をおくことを思い描いてしまうが、その反対。日常のルーティン自体で人をリセットさせてしまう作用が、琵琶湖にはあるのだ。






滋賀みらい構想プロジェクト
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