その店は、錆に覆われた小さな異国
南国市にある「錆と煤」。このお店に初めて訪れる人は5度驚く。最初は、なんの店か皆目見当がつかないその店名。到着すると、そこには茶色い錆で覆われたトタンの小さな古家が。大胆な錆び具合は一見、ほぼ廃虚だ。それが2度目。カラフルな暖簾をくぐって3度目。目に飛び込むのは、エスニック雑貨やスパイス、奇抜なインテリアや照明が紡ぐ独特の世界観。4度目は、頭にターバンを巻き、和服のセットアップに身を包んだ店主・山田和子さんの存在感に。最後は、美しく盛りつけられた南インドカレーをいただき、衝撃が走る。それはひと口ごとに感動を呼ぶ、辛みと酸味とスパイスのジェットコースター。

高知出身の和子さんは、大学進学とともに京都へ。卒業後は京友禅やろうけつ染めを学んだり、路上で絵を描いたり、アクセサリーをつくって販売したり……。さまざまな創作活動を続けるなかで、あるとき、カレーの魅力にはまった。
「ものづくりの欲求とスパイス好きっていうのがいろいろミックスしてかたちになったのが、カレーだった。いつかは高知に帰りたいと考えていたので、ものづくりもカレーもできる場所をつくりたいなって」

インパクト抜群の建物は、祖父が所有していたもの。子どものころは「幽霊屋敷」と敬遠していたが、あらためて見ると錆の風合いに惹かれた。自分たちで改修を手がけ、「好きなもので溢れる空間」を実現。絶品のカレーはもちろん、クリエイティブで独特な場所ごと魅せられてファンになる人も少なくない。
「カレーはあくまでも自分を発信するツールであって、カレー屋っていうイメージは自分のなかにはないんです。私が好きなのは結局、人。人に喜んでもらいたい欲求と、自分がつくりたい欲求のどちらも満たせるすばらしい仕事を、カレーをとおしてできている感じ。人脈も広がって、ものづくりの拠点にもなりつつあるので、それも楽しいですね」 カレーはアート。その証明が、ここにはある。


山田和子 Kazuko Yamada
多国籍食堂「錆と煤」店主。大学卒業後、京都の着物問屋に就職。その後、京友禅とろうけつ染めの工房で修業。創作活動の傍ら、独学でカレーづくりを始め、2017年に高知に帰郷。古民家を改修し、「錆と煤」をオープン。店ではワークショップなども開催。1児の母。