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Outdoors & Design 14

篠宮龍三

恐れは時に、最高にアーティスティックなスパイスになる

アウトドア愛好家でありデザイナーでもあるジェームス・ギブソンは、彼の2つの情熱である「アウトドアとデザイン」を融合させ、日本のさまざまなプロジェクト、アート、クリエイティブな活動やブランドに光を当てている。

04/11/2025

水深100mまで潜るフリーダイビングの所要時間は約3分間だが、ストレスを感じていたり、恐れを抱いている場合は30分以上に感じることもある。でも、もし自分の気持ちがゆったりしていて、リラックスした精神状態だったら、30秒くらいに感じるはずだ。


高気圧に覆われた日本の8月で、最良の過ごし方は何だろう?答えは、沖縄でフリーダイビングをしながら、ゆったりと過ごすことだ。

今回の僕の旅の目的は、那覇から僅かな移動時間で行ける離島で、100mフリーダイビングの記録保持者である篠宮龍三さんと、水深100mの深さまでフリーダイビングをすること。100mまで潜るなんで僕は想像できなかった。海底3〜4mまで潜るだけでも、十分に世界観が変わるのではないだろうか。

午前6時にトロピカルな庭園にBGMが響き渡ると、続いて7時にプールがオープンする。この音に目を覚まされ、海の見える部屋で僕はインスタントコーヒーを飲んだ。沖縄ってこんな感じなのかな?で、朝食はどういうものがあるんだろう。メニューにスパムを使ったものがなくてホッとしたが、店内にはお揃いのスパムのTシャツを聞いた家族が何組かいた。

かりゆしのシャツを粋に着こなした篠宮さん(フリーダイバーであり、写真家でもある)は、ホテルのロビーで僕をピックアップすると、すぐにたくさんの船舶でひしめくハーバーに連れ出してくれた。この日の天気は、言わば「かりゆし日和」よりも、ゴアテックス系の曇天だったので、僕たちは海に出ないことにした。再訪を誓いながら……。

回遊中のクジラが沖縄に戻ってくる冬は、篠宮さんにとってクリエイティブな仕事にフォーカスする時期となる。夏は、ビギナーからベテランのダイバーを対象にしたダイビングスクールを営んでいる。今日はプールでダイビングのテクニックを僕に伝授してくれるそうだ。 

「グラン・ブルー」という名前の船を通り過ぎながら、僕たちは思わずその偶然に笑ってしまった。大学時代、篠宮さんは、映画『グラン・ブルー』(リュック・ベッソン監督作品。人類史上初めて海底100mまで潜ったフリーダイバーのレジェンドであるジャック・マイヨールを主人公にした作品)とマイヨールに大いに影響を受けた。その11年後、彼はマイヨールの記録を破り、海底107mまで到達し、その1年後には海底115mまでの記録を樹立。この記録は国内・アジアにおいて、2010年当時の新記録で、国内では今も破られていない。 

沖縄までの機内(飛行距離10,000メートル)で、僕はリック・ルービンの『The Creative Act: A Way of Being』を読んでいた。窓から雲を見ながら、リックの言葉が身体に浸透してきた。

「世の中の仕組みは、私たちのベネフィットのためにあるわけではない。従来のものを継続させるために、私たち個人を阻害するものとも言える。つまり、個人の思考や自由な表現を削減してしまうこともあるのだ。アーティストとして、私たちのミッションはありきたりの考えに甘んじないことだ。私たちの目的は、自分自身の考えと、取り巻く環境に独自の価値観を持たせて、それを発展させていくこと。自分自身を認識しているということは、自分の考え、フィーリング、そして、それらがどれだけ純粋なものかを身体で感じることができる能力を持っていることだ。そして、私たちがどのように世界を認識しているかということへの気づきがあることだ」

僕がいつも窓際の席を選ぶのは、目の前の風景が変化することが自分の考えに大きな影響をもたらすことを知っているからだ。たとえわずかな時間であっても、高所に登ったり、奥地まで車を走らせた後では、まったく気分が違う。だから、自分自身と自分を取り巻く世界の理解を深めるために、僕たちは繰り返しアウトドアに出かけるのだ。篠宮さんがダイブするのも同じ理由からだ。


深海では時間の流れが緩やかに感じます。まるで、瞬間が永遠に続くような、永遠の瞬間がずっとあるような、不思議な感覚です。時間の概念は単一ではなく、観察や環境により変動するものだ。おそらく、カルロ・ロヴェッリの言う通り、「時間は存在しない」のかもしれない。


篠宮さんの話によると、およそ25m沈むと、体は負の浮力を持つようになり、毎秒1m沈んでいく。規則正しく沈み、圧力が高まり、光と音が遠のき、四肢の感覚が弱まってくるらしい。海底で聞こえてくるのは、心臓のスローな鼓動のみだ。そこは、いつもの自分とはかけ離れた世界が展開され、時間は緩やかで、一秒が一生のように感じるのだろう。

Copyright © Ryuzo Shinomiya

コンペでは、タグをつかみ、水上にそのタグを持ち帰ることがダイブした深さのエビデンスになる。それは一瞬の出来事だ。フリーダイバーやアーティストにとって、わずか1000分の一秒が忘れられない記憶になり、双方の活動に求められる、穏やかで瞑想的な気持ちを取り戻すには少し時間がかかることになる。

恐れがダイバーを水面上に浮かび上がらせる。恐れを抱かなくなってしまうと、どこまでも深くまで潜っていくことの快感に溺れ、どこまでも深く沈んでいってしまうだろう。 


時々、僕は禅の世界にいるように感じるんです。


篠宮さんがクジラの写真を撮り始めた時は、正直言って、アーティストというスタンスよりも、もっとミーハーな感覚で撮っていたと告白している。ともかく、ウキウキ感のみが先立って写真を撮っていただけらしい。これは最初に深海の魅力を経験したことにありがちな現象らしい。かつては想像できないレベルで、先端のテクノロジーが手頃な値段で利用できるようになったこと、SNSの影響力がより強くなったことも、このような気分に拍車をかけたのだろう。 

Copyright © Ryuzo Shinomiya
Copyright © Ryuzo Shinomiya

間も無く、彼はこのような気持ちで写真を撮ることは、自分が体験した素晴らしい体験を写真に表現するうえで、方向性が間違っていると感じ始めた。フリーダイビング も、写真を撮ることも、恐怖と穏やかな気持ちの狭間で行われているものだ。どちらかの比重が重すぎてしまうと、大事な瞬間は失われてしまう。

彼の写真集『Heritage』では、篠宮さんの生活の調和のとれた瞬間が垣間見られるだけではなく、クジラをエモーショナルに捉えた作品や、私たちを取り巻く、変わりゆく環境が撮影されている。 


僕は、フリーダイバーが感じている、恐れと平常心の相反する要素を一つの作品に取り込みたいんです。ほんの少し恐れの要素が感じられる美しい写真は、より深みのあるものになると思います。恐れを抱くことが、いい意味でアーティスティックな刺激になることがあるのです。


僕たちは、まだプールの水中にいた。水が少し冷たく感じられた。スキューバダイバーたちが黙々と練習に励むなか、篠宮さんは水中と陸上で感じる恐れについて話を続けた。

自分を最優先する生き方は、環境、クジラ、あなた自身、我々を取り巻く様々な関係に害をもたらす。包括的に一人ひとりが互いを慮ることが、大洋で、そして、この地球という惑星で生きていく喜びを持続できる。いや、さらのその喜びをさらに大きくして、進化することができる唯一の方法だと思うのだ。

今はSNSやセルフプロモーションを抜きにして、ビジネスを運営することは不可能なことのように思える。僕たちは今のいびつな状況と、海でクジラと戯れる際に、このように感情がかき乱されるSNSのようなメディアがいかに不必要かなどについて、意見を交換した。フリーダイビングで得られる体験は、フォロワーや「いいね」の数が気がかりになる世界とはかけ離れたものだ。 

篠宮さんは、環境に悪影響を及ぼす、たくさんの顧客を対象にしたボートツアーを主催することは考えていない。彼はごく小さなグループのみにフォーカスしたツアーを主催して、規定を明確にしたうえで、自然環境にできるだけ負荷をかけない、質の高いエクスペリエンスを提供できるように心がけている。 

アレクサンダー・フォン・フンボルトは、「万物の作用が万物に浸透」してくことを理解していた。すべてのダイビング、ボートツアー、エクスペリエンス、人との交流は、いい意味でも悪い意味でも私たちに変化を及ぼすのだ。 

世の中のシステムから逃げ出すことはできないが、そこでどう振る舞うかは私たち次第だ。自分の意識を高めて、恐れに対するバランスを良好に保ち、自分を取り巻く世界をどのように感じ、認識しているかが大切なのだ。フリーダイビング と写真を撮ることで、篠宮さんはゆっくりと考え、行動を起こすことを学んだ。恐れを平常心とともに、バランスをとりながら受け入れること、彼曰く、「恐れを抱くことが、いい意味でアーティスティックな刺激になることもある」のだ。

子どもの時に、海で過ごしたフィーリングは戻ってこないが、今は篠宮さんの水面に戻る優雅な動きを学ぶべき時だ。 

道具を乾かして、片付けている時に、彼にとって成功とは何を意味するかを尋ねてみた。 「目的がクリアに見えているかどうかが成功の鍵だと思います。それが想像できていれば、もう成功したも同然ではないかと。それができていれば、行動に移すだけですからね。でも、成功とか失敗とかは単なる結果なので、重要なことではないと思います。もし何かをイメージングできていて、実行に移したのならば、結果を気にすることはないですよ」。

さすがのコメントだ。

P.S.
4日間の沖縄滞在中、僕はオリオンビールのTシャツを着た人を52人見た!



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text | James Gibson photography | James Gibson, Ryuzo Shinomiya