美しい日本の辺境を訪ねて
“神仏習合のふる里” 六郷満山をめぐる

vol.1

大分県・国東半島には、約1300年の歴史を誇る「六郷満山」と呼ばれる一つの宗教文化圏がある。全国八幡総本宮・宇佐神宮を起源とし、718年に仁聞菩薩によって開かれた神仏習合の原点となる山岳信仰だ。六郷とは、円形の国東半島の中心に位置する両子山から放射状に広がる六つの郷を指し、満山とは郷内の寺院群の総称である。 古来より中国・朝鮮半島などからの新しい文化を受け入れてきたこの地には、様々なものが混在しながら、古の文化や風習が今なお暮らしに根付く。脈々と受け継がれてきた六郷満山文化を紐解き、人生を切り開くためのヒントを見つける旅へ。

03/30/2021

五感で感じる六郷満山、自然と人の営みと祈りの文化

今回の旅のナビゲーターは、旅ガイドとして活動するアントン・マリオさん。ご両親はニューヨーク出身で、新しい哲学や思想を求めてアメリカを飛び出し、ユーラシア大陸横断の旅の終点として日本を訪れたという。その後、マリオさんは静岡県で生まれ育った。現在は豊後高田市在住。自身もまた自らのアイデンティティを追い求める旅人マリオさんに、六郷満山をご案内いただいた。

神仏習合の発祥の地である、八幡総本宮・宇佐神宮。境内には六郷満山の開祖・仁聞菩薩の弟子たちが務めていたといわれる弥勒寺跡があり、僧侶たちはここから国東半島の山々へ修行の場を広げていった。天台宗の開祖・最澄も、中国へ渡る前、そして帰国後に参拝したと伝えられる。

明治時代の廃仏毀釈の流れで、弥勒寺を筆頭に、各地にあった神宮寺(神社に付属して建てられた仏教寺院)の多くは消滅してしまったが、かつて神社と寺院は確かに同じ空間に存在していた。六郷満山には今なおこの形をとる寺社が多くある。

宇佐神宮の荘園の中で最も重要な役割を果たしていた田染荘・小崎地区。谷筋に美しい棚田と集落が広がる日本の原風景が今なお残り、国の重要文化的景観にも選定されている。

自然の地形の中に人が住まい、農作が行われ、自然の御恩によって実りを迎えた作物を神仏に奉納し感謝を表してきた。自然と人が共生する美しい里山の景観が、時代を経ても丁寧に営みを続けてきたこの地の人々の穏やかさを語っている。

マリオさん曰く、日本の食文化は基本的に “Local” と “Seasonal” をもとに成り立っているが、国東半島は海と里山の関係性が深く、その魅力を余すことなく堪能できるのだと言う。中でも洗練された食の体験ができる場所の一つが「そば六郷」。田染荘から森を少し分け入ったところにある。

料理人の松嵜さんは、水の良いところを探してここにたどり着いたという。通常よりも深く岩盤を掘り下げたことで古い地層からの良い水が湧き出ている地域なのだとか。

「良い食材を手に入れるということが料理のはじまり。食材に恵まれたエリアにいるというのは強みです。」と松嵜さん。この日いただいたのは、豊後高田市で自然栽培の野菜を育てているひかり農園の葉物と国東市のトマトを使用した前菜、10日間熟成させて旨味を引き出したアイナメの刺身、豊後水道産の一級品・白甘鯛の塩麹焼き、それから石臼挽きの独特な食感と香り豊かなそば。感性を研ぎ澄ませた松嵜さんのお料理は、田染荘ないしは国東半島一帯の風土と調和して、自然の恵みを丸ごと味わうかのような豊かな時間を過ごすことができた。

国宝・富貴寺は、宇治平等院鳳凰堂、平泉中尊寺金色堂と並ぶ日本三阿弥陀堂の一つで、現存する九州最古の木造建築。平安時代に宇佐神宮大宮司の氏寺として開かれた由緒ある寺院だ。

副住職の河野順祐さんは、隣接するお宿「旅庵蕗薹(りょあんふきのとう)」でそば職人としても腕を振るう。通常は宿泊者限定だが、今回は特別に、丹精込めて作られた手打ちそばを振る舞っていただいた。豊後高田産の朝挽きたてという上品な香りのそばは、癖がなくさらりといただける。

天念寺周辺は、天念寺耶馬と呼ばれる秀峰が立ち並ぶ景勝地で、10年ごとに行われる険しい山々を渡り歩く修行「六郷満山峯入り行」の中でも最大の難所と言われる無明橋が架る景色を望める。また、国指定重要無形民俗文化財「修正鬼会」が古来より継承されている。

修正鬼会が行われるのは旧暦の1月7日。夕刻、寺の前を流れる岩屋川の中にある巨岩に刻まれた不動明王の前で身を清めた住職たちが、仏の化身とされる鬼に扮する。日が暮れた後、五穀豊穣と無病息災を祈る儀式がはじまる。松明を持った鬼の乱舞が夜更けまで続き、参拝者の体を松明で叩く加持祈祷で大詰めを迎える。鬼という人ならぬ未知のものを、災厄ではなく“人々に幸福をもたらす”とするこの伝統的行事にみるものは、山岳信仰が根付くこの地で、険しい山に住むとされる鬼の不思議な力にあやかろうとするものであり、また古来より海から渡来するものを受け入れ、取り込んできた国東半島の人々の生きる知恵と寛容さだ。

神仏習合文化が根付き、様々なものを融合したこの土地の情景を目の当たりにした西洋の人々は、多様性を受け入れる人々の寛容さに感銘を受けるのだとマリオさんは言う。

現代の生活では薄れてしまったが、自然の移ろいとともに生きたかつての日本人は、元来おおらかさを持ち合わせ、すべてのものは流動変化するという諸行無常の概念を常に体感し、あらゆるものを受け入れる柔軟性を育んでいたのではないだろうか。

六郷満山では、登山アプリ『YAMAP』で音声ガイド付き登山地図が利用できます。