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小さな世界を楽しく変える「うろうろアリ」

佐宗邦威
(株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー)

“人生という「旅」を遊ぶ”

「うろうろアリ・インキュベーター」唐川靖弘が、自分ならではの働き方や生き方を通じて世の中に新しい価値をもたらす「うろうろアリ」を紹介します。

12/25/2023

Playful Ant 11 – 佐宗邦威 (株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー)

今回紹介するうろうろアリは、ビジネス戦略デザイナーの佐宗邦威さんだ。佐宗さんは、P&Gマーケティング部で経験を積んだ後、イリノイ工科大学デザイン研究科で学び、ソニーに入社。同社クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラムの立ち上げなどを行った後、株式会社BIOTOPEを立ち上げて現在に至る。デザイン思考やVISION DRIVENなどのキーワードとともに、さまざまなメディアで活躍振りが露出されている佐宗さんの名前をご存知の方も少なくないだろう。

僕が提唱する「うろうろアリの10ヵ条」なるものに「うろうろアリは積み上げたものを壊しても飛び出していく」というものがある。ベストセラーとなった著書『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』や『理念経営2.0』などを通じて、日本のビジネス界の先端を切り拓くコンセプトを提唱し続けてきた佐宗さん。その佐宗さんが、コロナ禍を経て、これまでのビジネス本とは一線を画す新しい著書『じぶん時間を生きる(あさま社)』を上梓した。その本を手がけることになった背景やこれから取り組みたいことなどを聞いた。



移住をきっかけに「生産性」から「豊かさ」にシフト


── 佐宗さんといえば、これまでビジネス本のベストセラーを何冊も手掛けられてきましたが、この夏、『じぶん時間を生きる』という「ワークとライフ」に関する本を出版されました。この本を書いたきっかけとなったのは何でしょうか?

佐宗さん:なんといっても軽井沢に移住したのが大きいですね。2021年の4月、コロナ禍で学校が一斉休校になったときに、自分たちの理想の子育てについて考え始めたのがきっかけでした。自然が多く環境が良い場所として軽井沢への移住を検討する中で、妻も「自分達にとって理想の家を建てたい」という夢を持っていたことも知り、思い切って軽井沢にマイホームを建てることを決めました。

著書でも「僕はかつて生産性の鬼だった」と書いているように、これまで東京をベースにしているときは、仕事を常に優先順位のナンバーワンに置いてきました。それにより達成したことも少なくないと自負している一方で、常に足りないものを探しているような気持ちでした。それが、軽井沢に引っ越してからは毎日の日常を大事にするようになったんです。そして、やはり家を建てたことも大きいですね。家はライフスタイルの基点となるもの。これを軸に、物事を見つめ捉えるための自分のフィルターというものが、改めて定まった気がします。

軽井沢での生活ですが、朝、子供を学校に送った後、午前は自宅で仕事をします。マイホームのリビングルームに大きな窓をしつらえたのですが、野生の鳥が時々やってくるようになってきて。その鳥たちを眺めるのがもっぱらの楽しみですね。お昼には手作りのランチを食べ、午後は気分転換も兼ねて、素敵な書店がある集会場のような場所に行くことが多いですね。そこで作業をしたり、本を書いたりしていると、必ず友人の誰かに遭遇するので、おしゃべりを楽しみます。夕方はプールでしっかり泳ぎ、帰って家族とともに夕食づくりや会話の時間を楽しむ。22時には就寝することが多いです。

結果ばかりを過度に求めすぎずに、「今あるもの」を楽しむという心持ちの方が「豊かに」生きられる。軽井沢での生活に触れて、そんな当たり前だけど忘れていたことに改めて気づきました。僕自身が体験しているTRANSITION(自分の内面からの変化)をみんなにも共有したくて、「今、この時間を楽しもう」というメッセージをこの本に込めました。



── この夏、1人で世界一周の旅にも出られたそうですね?それもまた「じぶん時間を生きる」ことと関係するのでしょうか?

佐宗さん:はい、6月から7月の約1ヶ月間、バックパックひとつだけを背負い、世界一周をしてきました。コロナで長らく鎖国状態だったこともあり、今の日本が他の国からどう見えるのかが気になっていたという理由もあるのですが、アメリカの大学院への留学から日本に帰ってきて会社を立ち上げ、結婚もし、子供も生まれ、いろいろなことが順調に行く中で、いつしか海外に出ていくことに対する自分自身の心理的ハードルが上がってきていたということも自分では感じていて、その壁を打破したかった・・・という想いが強かったですね。

── ずばり、世界一周の旅で得たものは何でしょう? 

佐宗さん:やはり日本の外に出ることで、「日本の中にいると気づかないこと」に気づくことができ、それによって日本を見る目が変わってきましたね。

今回の旅行では、ホテルもルートもあえて事前に決めることをしませんでした。日本では快適な生活をルーティンとして送っているのに対して、「明日はどこに行こう・・・」とその日その日で決めながら、移動していく。そんな毎日は、不便ではありましたが、同時に「ゼロから生活を作っている」「毎日をしっかりと生きている」という実感を強く持つことでもありました。大袈裟に言えば、野生や本能を取り戻すことができた感じです(笑)

また、「今、パリに居る」とか「エクアドルのキトに着いた」とかインスタなどで自分の居場所をリアルタイムで発信していたのですが、それを目にした現地に住む日本人の方からお声がけをいただく機会を何度も得ました。そういうことからも、日本人であることでどれだけ助けられているか、日本人だからこその信頼感を頂いていることにも気づきました。

海外に住んでいる方達との雑談からは、いかに「日本の食」などに対する海外の人たちの関心が高まっているかなども教えていただきました。日本の中にいると、社会が抱える課題ばかりがピックアップされますが、外からの視点を持つと、日本はチャンスにまだまだ溢れている、、、そんなことにも改めて気づかされました。



旅とは、知らない世界に足を踏み入れ続けること


── 佐宗さんがこれからの人生で挑戦してみたい、ちょっとした実験的なPLAY(遊び)は?

佐宗さん:世界一周の旅を通じて、やはり自分は「旅」が好きなんだ、ということを再発見できました。ここでいう旅というのは、「知らない街を見る旅行」だけではなく、「知らない世界に足を踏み入れる冒険」も意味しています。思い起こせば、新卒で入社したアメリカ式マーケティングの雄とも言われる会社で、他人から見ると順風満帆なキャリアを積んでいた自分が退職して留学をしてまで「デザイン」という世界に飛び込んだのも、当時の僕にとっては「未知の領域を旅したい」という思いに突き動かされてのことでした。

あと、今回の旅からの帰国後、なぜか出会うのが「ヨーロッパと繋がりを持つ人」なんです。そういう縁もあって、今は「日本文化の価値をヨーロッパの国々でいかに高めていくか」に関心を持ち始めていますね。「モノだけではない仕組み」や「点を面にする仕掛け」などを創り出すことで、少しでも貢献できたら良いなと考えています。

世界一周の旅で出会ったのは、初めましての人や10年ぶりの人など、普段は会わない人ばかり。いろいろな人との偶然のような出会いも、実は「自分が足を運んだ」からこそ繋がっていったものばかり。だからこそ、これからも未知の場所に積極的に足を運び続けたい。実際に足を運ぶことで得られた出会いを通じて、次の展開も見えてくるはずだと思うんです。幸い今回の旅のおかげで、「2週間くらいの短い期間でもっと気軽に海外に出ていけばいいんだな」という、これまでにない身軽な感覚を持つことができるようになりました。小さな一歩一歩を自分の足で踏み出しながら、セレンディピティを楽しみたいと思います。



インタビュー後の独り言

共通の知人の紹介で初めて2人でお会いしたのが約10年前。僕は日本に帰国したばかりで、佐宗さんもアメリカの大学院を卒業後、日本を代表する会社に籍を置きながらも、「デザイン思考」をテーマにした初の著書を出される直前だった。その後、独立・起業し、今では日本のビジネス界をリードする1人として認知されている存在と言っても過言ではないだろう。

一見、順風満帆にキャリアを積み重ねてきたように見える佐宗さんが、以前お茶をしながら雑談を交わす中で、「楽しいことが減っている気がするんですよね」と呟いたことがあった。

新しいことを始めるときは、誰もが冒険者。しかし、いったん新しいコンセプトを世の中に提唱し広めるという冒険が実を結んだ後は、守らなければならないものも増えてくる。積み重ねたものを守ることに気が向くと、確実な領域にしか一歩が踏み出せなくなり、先は見通せないけど心がワクワクするような無駄な冒険に踏み出すことができなくなってくる。そしていつしか、人生を旅する楽しみが失われていく。

そんな「生産性の罠」「成功の罠」から軽やかに飛び立ち、新しい旅へと向かう佐宗さん。どのような出会いと変化を経てまた新しいコンセプトをもたらされるのか、とても楽しみだ。
Stay Playful. 



『The Playful Ants -「うろうろアリ」が世界を変える』

蟻の世界を覗いてみよう。まじめに隊列を組んで一心不乱に餌を運ぶ「働き蟻」の他に、一見遊んでいるように「うろうろ」している蟻がいることに気づくはずだ。この「うろうろ蟻」、本能の赴くまま、ただ楽しげに歩き回っているだけではない。思いがけない餌場にたどり着き、巣に新しい食い扶持をもたらす。自分たちに襲いかかる脅威をいち早く察知する。

人間社会も同様だ。変化のスピードや複雑性が増す現代。何かを人に命令されて一心に動く「働きアリ」ではなく、自分ならではの目的意識や意義に導かれながら、自分なりの生き方や働き方を模索する「うろうろアリ」こそが、新しい価値を社会にもたらすのではないか。

一人ひとりの人間はアリのようにちっぽけな存在だ。けれど、そのアリが志を持ち、楽しみながら歩いていけば、それは新しい価値を見出し創り出すことにつながっていく。世界を変えることにもつながるだろう。僕は、アメリカのコーネル大学経営大学院の職員として、また、東京に拠点をもつ小さなコンサルティング&コーチングファームの代表として、数多くのグローバル企業や日本企業と実践的なイノベーションプロジェクトをリードしてきた。その経験から、確かにそう感じている。

「うろうろアリ」は、当て所なくただ彷徨うアリではない。人生を心から楽しむ遊び心を持ったアリだ。だから、僕はこれを「Playful Ants」と訳した。この世界に、「働きアリ」ではなく、もっと「うろうろアリ」を増やしたい。この思いを胸に、この連載では、僕が魅力を感じる様々なタイプの「うろうろアリ」たちの働き方や生き方を紹介していきたい。

さあ、Let’s be the Playful Ants!



唐川靖弘 (うろうろアリ インキュベーター)
「うろうろアリを会社と社会で育成する」ことを目的に組織イノベーションのコンサルティング・コーチングを行うEdgeBridge社の代表として10か国以上で多国籍企業との実践プロジェクトをデザイン・リード。その他、企業の戦略顧問や大学院の客員講師を務める。