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小さな世界を楽しく変える「うろうろアリ」

橋本栄子(サリーガーデンの宿 湯治柳屋 オーナー・女将)

“よそ者の感性で湯治文化を現代形にする”

「うろうろアリインキュベーター」唐川靖弘が自分ならではの働き方や生き方を通じて世の中に新しい価値をもたらす「うろうろアリ」を紹介します。

12/29/2020

Playful Ant 02 – 橋本栄子(サリーガーデンの宿 湯治柳屋 オーナー・女将)

「湯けむりの温泉街」と聞いて皆さんはどのような光景を思い浮かべるだろうか?石畳の小径、寝そべって暖をとる猫、四方八方から、いや街全体からもくもくと立ち上る湯気・・・・まさに絵に描いたような佇まいの温泉街。これが、「21世紀に残したい日本の風景」で富士山に次ぐ第2位に選ばれたこともある大分県別府の「鉄輪(かんなわ)温泉」だ。

温泉地で数週間逗留しながら心身の疲れを癒す日本の生活文化「湯治」。鉄輪温泉は、この湯治文化に根ざした街といえる。鎌倉時代、時宗の開祖である一遍上人が布教の旅の途中に立ち寄り湯治場を開いたことがきっかけとなり、およそ750年の長い歴史を経て現在に至っている。観光客がピークとなった昭和30年代には、フェリーで別府港に乗りつけた人々で通りはごった返し、石畳を歩く下駄の音は朝まで絶えることがなかったという。

旅館『サリーガーデンの宿 湯治柳屋』は、そんな古き良き湯治場の雰囲気が残るこの街に2014年1月に開業した。もともとは古い湯治旅館の一つだった。『湯治柳屋』として生まれ変わって以降、上質で本物の価値を追い求める大人達から絶大な支持を得ている。今回うろうろアリとして紹介するのは、そのオーナー兼女将である橋本栄子さん。落ち着いた静かな雰囲気を纏いながらも、時に可憐な少女のように目を輝かせる姿が印象的な、まさに大人の女性である。



音楽の道から一転、ケーキづくりの道に越境


栄子さん:元々は大分県の高校で音楽の教師をしていたんです。まちづくりへの興味から湯布院の街に関わるようになったある時、『山荘無量塔(むらた)』という旅館の存在を知り、その美意識にすっかり惚れ込んでしまって・・・。

美しさの源をもっと知りたくなり、音楽の道から1年間離れ、近くに住まいを移して体験研修を受けた。今から10数年前のことだ。とはいえ、当時は自分自身が旅館の女将になるとは夢にも思わなかったという。

栄子さん:無量塔のオーナーで藤林さんという方がいらっしゃったのですが、私の趣味がケーキ作りということを知った藤林さんがある時、“シフォンケーキが食べたいな”とおっしゃったんです。そこで初めて作ってみたら、“おいしいね!”と褒めてくださって。ただただとても嬉しくて、それがきっかけでシフォンケーキを焼くのが楽しくなりました。音楽教師を続けながら趣味としてケーキを焼いていたのですが、3年ほど経ったある日、久しぶりに藤林さんのところにお持ちしたら、“これは売れます、売りましょう!”と勧めてくださったんです。

音楽教師としての日々はとても楽しく充実していた。でも、そんなタイミングだからこそ、あえて自分が興味を持てる新しい道に進んでみるのも良いのではないか・・・そう感じ始めていたある日、高速道路内にある別府パーキングエリアの改装に伴い、藤林さんからケーキを売ってみないかと再度声がかかった。そして3畳ほどの狭いスペースで栄子さんのケーキ屋が始まった。

栄子さん:ケーキ屋さんとしては素人だからもちろん戸惑いもありました。でも、私がしたいのは“ケーキを売るという行為”ではなく、“自分の世界観を表現すること”だと気づいたんです。



人生の方向性を「再び」変えた恩師の一言


大分の田園の真ん中に設けたアトリエから焼き上がる、シンプルだが美しいシフォンケーキと、時を同じくして同じ敷地内にオープンしたカフェ『サリーガーデン』は、程なく評判を呼ぶようになった。こうしてケーキ屋さんとしての日々が軌道に乗り始めたある日、当時闘病中だった藤林さんのお見舞いに行ったところで栄子さんは、その後の道を大きく変える一言を、再び藤林さんから聞くことになるのだった。

栄子さん:その日も、藤林さんを慕う方々が集まられていて、私は後方でお話しするチャンスを待っていました。その時たまたま、鉄輪温泉の『サカエ家』という旅館の女将さんと藤林さんが話す声が耳に入ってきたんです。

明治38年から続くその旅館の女将さんは、後継者がいないと藤林さんに相談していた。藤林さんは「その役にぴったりの才能と情熱をもった女性を1人だけ知っています」と言葉を返した。自分の知らない女性を称える恩師の言葉を聞き、栄子さんは初めて嫉妬の感情を抱いたという。そしてようやく藤林さんと話す順番が回ってきたところ、一通りの会話を終えた後で藤林さんが言ったのである。
「サカエ家の女将さんのところへご挨拶に行きなさい」

栄子さん:とんでもないと思いました。お客様商売といえば、自分はカフェの仕事しか知らない。しかも旅館業をするということは24時間気を張って働くということ。自分には到底務まらないと。

ところが、「宿の仕事はいいものだから」「とにかく一度だけ挨拶さえすれば良いから」と恩師は一向に譲らない。そこで後日、『サカエ家』の女将を訪ねた。その場で意気投合!かと思いきや、実は全くそうではなかった。

栄子さん:女将さんは宿をお譲りになる気はありませんでした。もっというと、私のことをお嫌いだと思いました。

恩師にそのいきさつをありのままに報告すると、「挨拶したのならそれでいい。いつかまたご縁はつながるから」と言い残し、そして間も無く他界された。栄子さんには、恩師から与えられた「宿をやるという宿題」が残された。

サカエ家の女将さんと栄子さん



うろうろと回り道をしたからこそ身につけたもの


『サリーガーデン』の経営に邁進する日々の中、心の根底には常に、恩師からの宿題があったのだろう。次第に、旅館業をやりたいという思いがふつふつと湧き上がり、栄子さんは自ら物件を探し始めた。しかし、そう簡単に思い通りのものに出会えるはずはない。

そうして3年が過ぎたある日、地元の銀行から一つの物件を紹介された。なんとそれは、あの『サカエ家』だった。

「今回もご縁はないだろうな」ダメもとで再び訪れ建物に足を踏み入れた瞬間、暖かい空気が覆いかぶさるように栄子さんを包み込んできた。まるで“待ってたよ”とでも言わんばかりに。女将さんの反応も全く違った。栄子さんは「自分がこの宿をやらせていただくのだ」と確信したという。3年前といったい何が違ったのだろう?

栄子さん:もしも、最初のタイミングで宿を譲り受けていたら、私は自分が描く姿だけを頑なに実現しようとしていたと思います。けれど、回り道をすることになって考えは変わりました。“既にその場にあるものを活かしながら、徐々に自分らしく、時代にあったものにしていけばいいんだ”と、全てをありのままに柔軟に受け止められるようになったと思うんです。

音楽の教師から、ケーキ屋のオーナー、そしていよいよ旅館経営に。しかし何しろ、歴史ある別府・鉄輪温泉だ。新参者に対する反発や抵抗への不安や心配はなかったのだろうか?

栄子さん:もしかしたら、私の強みは鈍感力なのかもしれません。あとは、自分が良いものだと信じてやり続けていれば、いずれわかってくれる人も出てくるはずと。楽観的な思考をしているのかもしれませんね。

と、爽やかに笑った。



よそ者として新しい価値を創り続ける


これまでの回り道で培った栄子さんの経験や情熱を注ぎ込んだ『湯治柳屋』は、開業以来、じわじわと着実にファンを増やし続けている。 その秘訣は、“よそ者”ならではの感性で、それまでの常識に囚われず、鉄輪温泉の秘めた可能性を掘り起こし、新たな価値を一つ一つ創り続けていることにある。

たとえば、江戸時代から続く、鉄輪温泉名物の「地獄蒸し」。ざるに載せた肉や魚介類、野菜などの食材を、温泉から噴き出す100度近い蒸気で一気に蒸し上げる伝統的な調理方法だ。塩分を含む高熱の蒸気で蒸すことで、食材の旨みを引き出し、余計な味付けは不要。鉄輪温泉の旅館に湯治目的で長期間逗留する人は、この「地獄蒸し」で自炊を行なってきた。この伝統文化を現代風にアレンジした斬新なイタリアンが楽しめるレストラン『オット・エ・セッテ オオイタ』を敷地内に誘致した。オーナーシェフとして口説き落としたのは、かつて『山荘無量塔』で料理長を務めていた人物だ

もちろん、自慢のシフォンケーキも忘れていない。地獄蒸しのシフォンケーキ、名付けて「ムシフォン」を提供するカフェ「アルテノイエ」を柳屋の隣にオープンした。「アルテノイエ」には、栄子さんのセンスで選び抜かれた日用品や作家たちによるアート作品、古書などが美しくディスプレイされ、落ち着いた佇まいの中に圧倒的な美意識の高さを滲ませている。また、「湯治は体だけではなく、頭や心もリフレッシュさせること」にいち早く着目し、Work(仕事)とVacation(休暇)を同時に楽しむ「ワーケーション」向けのコンセプト棟『ネスト』を昨年オープンさせた。

“よそ者”であるがゆえ、地域との調和を考えながらひとつずつ、でも、着実に。自身が目指す美しさやお客様へのおもてなしの理想の形に近づくため、栄子さんは新しい試みを投げかけ続けている。だからこそ、『湯治柳屋』を訪れた人は、また戻って来たくなる。

試行錯誤の中で、信頼しあえる同志もできた。かつて鉄輪温泉で最も格式高い旅館として知られた『冨士屋旅館』。国の登録有形文化財にも登録されたこの建物を活かしたギャラリーカフェ『冨士屋Gallery 一也百(はなやもも)』のオーナー安波治子さんはその1人だ。鉄輪温泉で生まれ育ち、地域の復興に力を入れ続けてきた。6月4日を「蒸しの日」と命名し、湯治や蒸し料理などを体験するイベント「蒸し通りずむ (tourism)」を実施するなど多方面で活躍する治子さんには、そのビジョンを描く力ややり抜く力にいつも刺激を受けているという。



うろうろアリが次のうろうろアリを呼び込んでいく


そして近年、面白い社会経験やスキルを持った“新たなよそ者”が、1人、また、1人と鉄輪温泉に集い始めている。湯治のもつ力を活かした新しい生き方や働き方を実現するためのシェアハウスやシェアオフィス、経験型ツーリズムを新しい事業として立ち上げる若い人たちだ。彼らにとって、先駆者である栄子さんは格好のロールモデルになっている。彼らが鉄輪温泉に加わり、触媒になることで、これからも新しい価値が次々と生まれていくだろう。絶えず噴き出で続ける湯けむりのように。

栄子さん:鉄輪はもう動き出していると思います。新しいことは若い人たちにどんどん任せて、私はもっと、人と近い関係づくりや自分の手の届く仕事にフォーカスしていけたらなと。小料理屋の女将とかいいですね。

若きうろうろアリの活動を頼もしげに紹介しながら、栄子さんはこれからのビジョンを語ってくれた。今、世界は新型コロナウィルスで揺れている。「いかに元に戻そうか」という動きばかりが目立っているが、こんな状況だからこそ「本来の自分に立ち戻ることの大切さ」を感じているという。その姿勢は、これから何年か先に求められる新たな価値を見いだすことにつながるはず。だから最近、「遊び」の時間を自ら意図的に創り、楽しむようになった。「土を耕すことから始めている農作業」や「日本料理の修行」など、腰を据えて取り組むことのできる大人の遊びだ。

栄子さん:頭で考えるよりも、やりながら気づく、気づかせてもらうことが沢山あります。今やっていることに夢中になりながら、これからも導かれていきたいですね。



インタビュー後の独り言

音楽教師からケーキ屋に転身した当初、栄子さんは「随分違う道に来てしまった」と感じたそうだ。しかし程なく、「音楽をすることとケーキを焼くことは同じ」と思うようになる。それは、「どちらも美しいものを追求することが本質」と気づいたから。さらには、教師として指導することもケーキを提供することも、つまりは相手の幸せを思いながら自分のメッセージを伝える、目の前の人に幸せな気持ちになってもらう、という意味で全て繋がっていると思うようになった。

かのスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学での卒業式スピーチで伝えたメッセージ“Connecting the dots”。今自分が行おうとしていること(dots)が、未来の何につながるのか、今はわからない。けれど、夢中になって取り組んでいくうちに、後から振り返ってみて初めて、それらが全て未来につながっていたこと(Connecting the dots)に気づく時がくる。だから今、自分を信じ、自分が夢中になれることに勇気を持って取り組み前に進もう、というメッセージが込められている。

今回、栄子さんのこれまでの歩みを聞いて、Connecting the dotsを思い起こした。うろうろアリは、決して直線的には進まない。一見、効率も悪い。けれど、何かに惹かれ本能に導かれうろうろとするうちに、新たな価値を発見する。人間だって同じだ。過去と現在の延長線上にあるのが未来じゃない。とんでもないところに飛び込むように見える時もある。未経験の分野に足を踏み出すのは誰だって勇気がいる。けれど栄子さんがそうであったように、「自分が実現したい価値の本質」に常にひたむきであれば、様々な分野や世界を自由に越境でき、やがて繋がった点と点は、他の誰にも真似できない「人生のストーリー」となって浮かび上がってくるだろう。それは今は見えない。けれど自分を信じてうろうろしよう、前に進もう。Stay Playful.



『The Playful Ants -「うろうろアリ」が世界を変える』

蟻の世界を覗いてみよう。まじめに隊列を組んで一心不乱に餌を運ぶ「働き蟻」の他に、一見遊んでいるように「うろうろ」している蟻がいることに気づくはずだ。この「うろうろ蟻」、本能の赴くまま、ただ楽しげに歩き回っているだけではない。思いがけない餌場にたどり着き、巣に新しい食い扶持をもたらす。自分たちに襲いかかる脅威をいち早く察知する。

人間社会も同様だ。変化のスピードや複雑性が増す現代。何かを人に命令されて一心に動く「働きアリ」ではなく、自分ならではの目的意識や意義に導かれながら、自分なりの生き方や働き方を模索する「うろうろアリ」こそが、新しい価値を社会にもたらすのではないか。

一人ひとりの人間はアリのようにちっぽけな存在だ。けれど、そのアリが志を持ち、楽しみながら歩いていけば、それは新しい価値を見出し創り出すことにつながっていく。世界を変えることにもつながるだろう。僕は、アメリカのコーネル大学経営大学院の職員として、また、東京に拠点をもつ小さなコンサルティング&コーチングファームの代表として、数多くのグローバル企業や日本企業と実践的なイノベーションプロジェクトをリードしてきた。その経験から、確かにそう感じている。

「うろうろアリ」は、当て所なくただ彷徨うアリではない。人生を心から楽しむ遊び心を持ったアリだ。だから、僕はこれを「Playful Ants」と訳した。この世界に、「働きアリ」ではなく、もっと「うろうろアリ」を増やしたい。この思いを胸に、この連載では、僕が魅力を感じる様々なタイプの「うろうろアリ」たちの働き方や生き方を紹介していきたい。

さあ、Let’s be the Playful Ants!


唐川靖弘 (うろうろアリ インキュベーター)
「うろうろアリを会社と社会で育成する」ことを目的に組織イノベーションのコンサルティング・コーチングを行うEdgeBridge社の代表として10か国以上で多国籍企業との実践プロジェクトをデザイン・リード。その他、企業の戦略顧問や大学院の客員講師を務める。