Connect
with Us
Thank you!

PAPERSKYの最新のストーリーやプロダクト、イベントの情報をダイジェストでお届けします。
ニュースレターの登録はこちらから!

波の合間に漂う先にある、ひとも、ものも、いのちも。

漂流物を集め、組む人たち O’Tru no Trus

 

06/07/2023


鹿の脛骨、海亀の甲羅、サンゴ、豆、乾燥した海藻のアラメ、ウキ、発泡スチロール、傘の柄、醤油差し……。浜辺には、あらゆるものが流れ着く。

「『よくここまでやってきたなあ!』って感心します。ここではないどこからか理由があって流れ着くものを前にすると。漂流物は、モノの、最後の最後の形だから。これも親心なんですかねえ」

そう話す種村太樹さんの目線の先に、小さな手が伸びる。アトリエの窓辺に積まれた丸い漂着石のタワーがふと崩れ、大きく育ったマンゴーの木が翳る。「こらぁ」。父である太樹さんの、ちっとも怒ってなさそうな、むしろ愉快そうな声が響く。それを聞いた、「良いことが多いように」と名付けられた愛娘が一目散に駆けてゆく。数歩で辿り着く我が家の前で、カラカラと笑う母、紅さんを目指して。

そんな祝福に満ちた、小さくとも頼もしい、まるで一艘の小船に乗り合わせたかのような<O’Tru no Trus(オートゥルノトゥルス)>の一家。父と母は、海辺に流れ着く漂流物と真鍮で、いろいろなものを作ることを生業とする。

太樹さんと漂流物の縁は、かれこれ10年以上になる。シーカヤックに乗ると「なんだか良ーい気分なんですよ」という彼は沖縄の大学を卒業後、カヤックと身ひとつで、文字通り「家なき子」として海に出た。地元である神戸を目指して。

最初は沖縄本島を、次は地平線上に見える隣の島までと漕ぎ続けるうちに、ついには沖縄から地元神戸までおよそ20の島を経由して、海を渡りきる。

「砂浜が僕の寝床で、炊事場で、遊び場でした。海が荒れれば出航できない。だから、そこらへんにあるものをとりあえず並べる、重ねる。無人島には人なんていないから(笑)。気に入ったものがあれば、カヤックに入れて旅の連れに。そんな風だったから、漂流物には親近感が湧きすぎるんです」

紅さんとは、その旅の途上で出会う。神戸出身と東京出身のふたりは、見えない流れにのるように、縁もゆかりもない淡路島に「集合」した。どうにかなるさ、と軽妙な足取りで。はじめましての、その次の約束でのことだ。

「タイちゃん、履き物もサンダルだけしかなくてね。あとは全部『タイちゃんの宝物』だったんですよ」と、紅さんが晴れ晴れと笑う。もちろん「宝物」とは、流木やサンゴ、まるい石、動物の骨などの漂流物だ。

所持金6万円で暮らしを始めた若いふたり。ところが予期せぬ事情からふたりはともに職を失う。すると、それを知った知人が次なる道へと導いてくれた。「なにか作品を作って、展示してみたら?」と。

「なにもないけど、やります」

申し出に対して、ふたりは二つ返事をする。突然仕事がなくなったあの頃を振り返り、「むしろ、あれは良いきっかけだったよね」とふたりはどこか楽し気。(「乾杯とかもしちゃったもんね!」)

長らく集めてきた「宝物」をどうにかできたらと願う太樹さんと、「ふたりならなにかできそう」と考えていた紅さんの、O’Tru no Trusの「形あるものづくり」が始まった。

素案を担う紅さん曰く、「アトリエに並ぶ漂流物を『ふーん』と見て、ばーっと描く」ところから作品作りは始まる。絶対的な設計図ではないから、だいたい一発描き。時には、多良画伯のラクガキ付きのこともあるが、書き直しはしない。

そこから蝋付や真鍮の成形を行う太樹さんへとボールは渡るが、太樹さんが生み出すラインに対しても、「必ずこれを作ってくれみたいなのもない。違うラインが出てきたらそれでOK。それはそれでいいものだから」とのこと。

「なにかが来たら、それをやる。こうしなきゃみたいなのはないよね。私たちも流れているから」

そういうわけで、作品に対しての気負いもない。アートピースやオブジェなど様々に形容されるが、「どう見られてもいいし、何を言われてもいい」。そう事もなげに話す彼女はやはり潔い。言葉を継ぐようにして太樹さんが続ける。

「ふたりで作るから全部が全部自分のものじゃないというか。それに頑張って捻り出すとかでもない。紅の言う通り、『なにかきた』らそれをやるって感じ。気に入ってくださったらそれで十分です」

話し方も、言葉も、佇まいさえも、拍子抜けするほど力みがないふたり。投げやりなのでもなく、あらゆるものは流れゆくものだと達観しているかのようにも見える。曰く、「自分たちで決めたことなんて何もないよね」と。

「ま、今の生き方が気持ちいいではありますけど。この先も O’Tru no Trus を絶対にやらなきゃいけないこともないし」と紅さんは笑う。続けて、「ま、でもやっていくんだろうな」と太樹さん。

O’Tru no Trusの舞台裏を聞くほどに、ふたりが一緒にものづくりをすることは必然だったかのように感じられる。そこには奇跡のような、神話のような物語がいくつも溢れてくる。

「オートゥルノトゥルス」という屋号が太樹さんの夢の中にある日登場した「語りかけ」であることも、ふたりが出会って2回目で一緒に暮らすことを決めたことも、漂流物を拾った後に「だんじゅかりゆしはっちょよーい」と言いながら、海に向かってひとつ拍手を打つことも……。

だから、ふたりの手から生まれる作品に、なんらかの意味を期待してしまう。けれどもふたりは、「求められても、自分たちだけじゃ絶対に辿り着けないし、言葉にすることを放っているかもしれない」と頑なだ。

「『僕たちのあり方を見てくださいって言いなさい』って言われた。友達に相談したら。だから『そうします』って。そういうことです」

本で、誰かが言っていた。「自分や世界を表出するための道具が、本質的には言葉ではない詩人が、ときどき、ほんとうにまれにいます」

ふたりはまさにそんな感じだ。ふたりとの対話は寄せてはかえす波のように揺るぎないけれども、風のようにすっと流れてゆく。同じ言葉を使っているはずなのに、ふたりの言葉はもっと広い世界とつながっていて、そこから届く音のように聞こえる。

大きななにかにもたれることなく、自分の足で世界の輪郭をしっかり捉えているような、世界の祝福を一身に受けた人たち。目で見るべきものを見て、耳で聞くべきものを聞いていて……。

そういうものを礎に、O’Tru no Trus の一家は暮らしている。漂流物にまつわる物語とともに。

8/5(土)よりCIBONE CASE(銀座SIX)にて展示を開催予定。
詳細は、こちらからご確認ください。


O’Tru no Trus (オートゥルノトゥルス) 
沖縄を拠点に活動する種村太樹と尾崎紅によるアートユニット。各地の海を旅して見つけた漂流物と真鍮(しんちゅう)を組み合わせて、作品を制作する。


text | Yuria Koizumi photography | Hiroyuki Otaki