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movie introduction

観察ドキュメンタリー映画
「YOYOGI」について

ナカジマ ユウ

エストニア人監督マックスが代々木公園のベンチから観察し作った映画に、東京の都市生活の縮図を見る。共同プロデューサーとして制作に関わった僕の視点で、この夏から公開する映画「YOYOGI」を紹介する。

07/16/2025

僕がベルリンで最初に住んでいた家の近くには、中央に大きな鉄門のような彫刻がある公園があった。いくつかの運動施設や文化施設も備えた中規模の公園で、人々は、実にさまざまな過ごし方をしていた。

子供たちが走り回る中で、犬の散歩をしている近所の人たち。すり鉢状の芝生の上でピクニックを楽しむ人たち。週末には家族のために午前中からじっくり豚の丸焼きを準備するお父さん。運動場のフェンスに沿ってテントで暮らすジプシーたち。

5月のメイデーでは中心的な場所であることもあり、多くの人々が公園を訪れ、翌日には見事なビール瓶の山ができ上がり、ベルリンの短い夏の季節には、太陽の恩恵を求めて全裸で日焼けをしている人たちが横たわり、胸のピアスを揺らしながらおじさんがジョギングをしている。

ランナーたちが走り過ぎていくふれあい広場には、数頭の暇そうな山羊が飼われていて、夜の公園には、どこからともなくやってきた黒い服を着た人たちが、平和的にドラッグを売っていた。

僕は毎日その公園を訪れ、朝はジョギングをし、昼はのんびりと座って過ごし、夜は駅から公園を抜けて家に帰るという日々を送っていた。ある夜、いつものように平和的なドラッグディーラーの声をあしらいながら家に向かって歩いていると、一匹のキツネが僕の前に現れた。そのキツネは僕の方を一度だけ見たが、特に警戒する様子もなく歩いて茂みの中に消えていった。

生活の中で野生のキツネをみる土地に住んで来なかった僕は、純粋に驚き、それから公園に行く度にキツネを探すようになった。また出会いたいと思う僕の気持ちとは裏腹に、その一度を最後にキツネの姿を見ることはできなかったが、園内を歩き回った僕はいつの間にか隅々まで公園のことを知ることになり、いつしかこの場所を記録したいと考えるようになった。

しかし、それから間もなくして僕はその公園近くの家から追い出されてしまった。この時のベルリンは住宅不足と言われていて、家賃が高騰したり、不当な理由で退去を余儀なくされることが日常的に起きていた。(現在はもっと厳しい状況らしい)

僕は引っ越しを余儀なくされ、住む地域が変わり、その公園へ行き、キツネを探すこともなくなってしまい、公園を記録するプロジェクトは僕の頭の中のあまり開けられることのない棚に仕舞い込まれた。

数年後の2018年に東京に住処を移し、知り合いの紹介で映画『YOYOGI』のプロジェクトを知った時、僕はあのベルリンの公園、ドラッグディーラーたち、そして警戒心が薄いキツネのことを思い出し、このプロジェクトに参加することを決めた。

エストニア人監督のマックス・ゴロミドフは、人の目を見て誠実に会話をする姿勢が印象的で、初めて会った時から意気投合した。東京のグレーディングスタジオでカラリストとして働きながら、撮影監督としても精力的に活動し映画作りに関わり続けている、映画好きな人物として印象に残った。

彼は撮影監督としてこれまでにも、首都タリンの中心部にあるパーキングガレージを観察した作品や、国内に一つしかないエストニアの競馬場を観察した作品など、ある“特定の場所”の観察ドキュメンタリー映画に関わってきた。彼が東京に移住し、訪れるようになった代々木公園を観察しはじめたのはとても自然なことのように思う。

何が起こるかわからないドキュメンタリーの撮影で、カメラワークを排除しフレームを固定、三脚に据えたカメラに一本のレンズのみ。演出はしないというストイックな観察ルールを自分に課したことで、1日滞在しても良いと思えるショットは片手で数えられるほどしか撮れなかった、と監督は語る。

それでも根気強く、訪れる人々や動物たちをじっくりと見つめ、どれもフィクションのような不思議な魅力に包まれたシーンが集まった。それをドミトリというロシア人編集者と一緒に丁寧に紡ぎ出し、光と影が印象的な映画として昇華させた。

この映画のもう一つの特徴は音だ。出来上がった映像に合わせ、エストニアにいるサウンドデザイナーが膨大な量の音のリストを作り、その音を集めるため、マイクを持った監督自身がまた公園に通い、四季折々のさまざまな時間帯の音に耳を傾け録音していった。この映画の制作は、監督マックスにとって、とても瞑想的な時間だったに違いない。

僕はこの映画を見て、まだ多くを知らない街の公園に一人で腰を下ろし、次々と現れる来訪者を観察していた自分の姿に重ねてしまう。

自分のことを知る他者が居ない土地で、自分という存在を形作っている薄い膜の不安定さや不確定さを感じながら、これから新しく出会う人々に認識されていく自分は、いままでとは全く違う新しい自分になれるということを楽しんでいた自分を思い出す。

それと同時に、監督マックスの撮影能力の高さ、その辛抱強さと情熱に感嘆させられる。もしあの時ベルリンで自分が公園を観察する作品を撮っていたら、ここまで美しい詩のように流れる作品を作ることはできなかっただろうと想像してしまう。

2022年からヨーロッパの映画祭を中心に旅を続けてきた作品が、2025年7月19日渋谷のイメージフォーラムからようやく日本公開が始まる。タイムレスな映画として仕上がっているのも、いつ見てもまるで昨日のことのように記録し保存したいと思った監督の意図があってのこと。

10年ほど前に東京に移住してきたマックスが、都立代々木公園のベンチに座り、エストニアにはいないセミや、エストニアのものとは種の異なるカラスを見つけたときの新鮮な驚きは、僕がベルリンの平和的な公園で、警戒心の薄いキツネを見つけた時の気持ちと似ているのではないかと思う。

映画「YOYOGI」

7月19日 渋谷シアター・イメージフォーラムより順次公開
(日英バイリンガル)

監督/撮影:マックス・ゴロミドフ
プロデューサー:ヴォリア・チャコウスカヤ、
イヴォ・フェルト
共同プロデューサー:ナカジマユウ
編集:ドミトリ・カラシニコフ
音楽:香田 悠真
サウンドデザイン:ドミトリ・ナタレヴィッチ
配給/宣伝:KUDO COMPANY

特報
https://youtu.be/O5g2oAYZo84?si=-JYlzTNOFiUSYCav
公式インスタグラム
https://www.instagram.com/yoyogi.documentary/