Connect
with Us
Thank you!

PAPERSKYの最新のストーリーやプロダクト、イベントの情報をダイジェストでお届けします。
ニュースレターの登録はこちらから!

一冊の本を売る本屋、ひとつの生業に縛られない店主

森岡書店 森岡督行

 

02/14/2022

東京都中央区銀座の一角にある書店「森岡書店」。
ここは店主の森岡督行さんが選書した1冊の本を売る書店。

その特性から書店を訪れる人は、彼のキュレーションによる一冊とそこから生まれる特別な「ひとときの空間」、もしくはもっぱら森岡さんに会いにくるか、そのいずれかを目的とする。(書店は時に花屋となり、講演場となり、ギャラリーとなる)

「遊びの中から仕事を拾っていく感覚があります。自分の趣味というか、好きなことと仕事が分かれていないと言いますか。人と会って話をして、そこから仕事が生まれてくることが多いので。ルーティーンワークではなく、自らの仕事を作っていかなくてはいけない立ち位置にいるなと。そういう風に思っています」

森岡さんの活動範囲は一言では言い切れない。ある時は書店の店主、ある時はビエンナーレのキュレーター。そうかと思えば、洋服のプロデュース、文筆家、「森岡製菓」としてお菓子を企画製造することもある。ただ書店で本を売るだけではなく、個人の役割を積極的に開拓していく。その様からは、普段、凪いだ海のように穏やかで、慎重に言葉を手繰り寄せる森岡さんの別面、すなわち狩猟的な一面がうっすらと透けるようでもある。

「出生地である山形県寒河江市にいた頃、中学生くらいまでは川で魚を突くのを非常に楽しんでいました。特にアユですね。うん。完全ではないけれども狩りに近い、いい経験を遊びのなかでできたように思います。自分の性分にもあっていたのでしょう」

少年時代に寒河江を流れる川でアユを突いた感覚と、遠く離れた銀座での営みに通じるものがある。共通するのは「天然由来の狩猟感覚」。つまり世界に身を委ねながらも目を凝らし、一瞬を逃さず、なにかを獲得する行為。それが森岡さんの軸となっている。

しかしながら世に生まれ落ちた膨大な書籍の中から一冊を選び取る作業には意識的な取捨選択が求められる。どのように書店に並べるたった1冊を選ぶのか。

「その著者と仕事がしたいとか、編集者と仕事をしたいということがまずひとつ。それからやっぱり自分の想像を超えた驚きを得たいので、その本にかけられた熱量が感じられるようなもの。たとえば作り手にとって最初の本だとか、人生をかけて作ったとか。そういうところをよりよく引っ張ってくる。そんな考え方が好きですね」

森岡さんが「もう一度やりたい」と力を込める作陶家・黒田泰蔵さんの写真集(作品写真集『A day in February with light -Kuroda Taizo』出版記念展示)は、森岡さん自身が編集に関わった、黒田氏の最晩年の思考を、作品の撮影を通して解釈した一冊である。

「泰蔵さんが今年の春に亡くなられる前、少し、ほんの少しだけ話をお聞きしたんです。『最後に作られた円筒と梅瓶(めいぴん)、なぜそのふたつだけを作っているのですか』と。その対話のなかで私が受け取ったのは、円筒は男性性を表し世界を自分の美意識で切る強さと、梅瓶には女性の柔和性とそれに伴う慈悲や抱きかかえるような包容力を表しているのだということです。そういうものは1人のなかに矛盾せずに存在しているんじゃないか、と。なにかそういうことを言いたくて作ってらっしゃったのではないかと思います」

コロナウイルスという未知の病原菌を前に、私たちは今までの生活を切実に考え直すこととなった。それを受けた森岡さんの反応は「こうなったからには自分の頭で徹底的に考えてみる」である。決して強要する考えではない、と前置きをしつつ森岡さんは「黒田さんの作品に重ねてそう強く感じた」と続ける。

「泰蔵さんは自らを起点に出発し、己の観念体系みたいなものを徹底的に考えた人だと思う。だからそういう人の仕事や作品に触れて、振り返ることが今、大切なんじゃないかなと」

パラダイムシフトを経て、森岡さんは新しいプロジェクト「森岡製菓」を新たに始めた。それは日本が選んだ現状のシステムである資本主義を乗りこなしながらも新たな価値観を強く打ち出す取り組みでもある。

Photography : 安彦幸枝

「資本主義の上に成り立つ暮らしや仕事を続けることが、未曾有の危機をもたらしたかもしれない。その矛盾を感じること自体に残念な気分になるんですよ。だからこそ環境を良くする人が儲かる、(資本主義の観点からも)価値のあるものとして認められるように変えた方がいいはずなんです」

学生時代より環境問題や人間のあり様に対して疑問を抱いてきた森岡さん(自著『荒野の古本屋』に詳しい)。自らをひとつの肩書に縛り付けることなく、「森岡督行」その人の価値観と感覚をもって世界の「善い」ものを選び取っていく。

それは彼の言葉を借りれば「世界の良いものを担当する」ための営みなのである。