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【Papersky Archives】

美濃和紙

静かに差しこむ自然光が一枚の紙をとおして、やわらかな光となって満ちている。世代を超えて受け継がれてきた技で、紙漉き職人はそれぞれの人生をかけ、丹念に一枚の紙をつくり上げていく。ここは岐阜県美濃市。1300年代から続く伝統的な和紙産業の町だ。この町を象徴する素朴で美しい美濃和紙は、日本が世界に誇る手仕事のひとつである。

06/08/2021

Story 02 | 道具に組みこまれた知恵

人間は道具がなくても多くのことができるが、道具があれば神のようになれる。手漉き和紙を魔法のようにつくりだす技を支えるのは、桁と簀(細い竹ひごを絹糸で編んでつくったスクリーン)というふたつの道具のみ。基本的に、桁は幅1mほどの大きな長方形の枠で、下の部分には簀を支える銅線を固定する薄板が、上の部分には簀をしっかり固定する金属製の蝶番がついている。このふたつの道具がなければ、またこれらの道具をつくる職人がいなければ、手漉き和紙はできない。庄司和成は美濃にひとりしかいない桁づくりの職人だ。桁をつくっている人は、いまや全国でも3人しか残っていない。

午後遅くに工房を訪ね、「世界一高価な木のうちのひとつ」から出た白っぽい削り屑のなかにあぐらをかいて座っている庄司に話を聞いた。よく日焼けした顔にきらきら輝く目。抜けた歯を気にもせず、大口をあけて豪快に笑いながら、桁づくりについて話してくれた。「40年くらい前に地元の建具屋に勤めていたとき、木の引き戸をつくりはじめたんだ。建具屋の親方の親方が桁づくりの名人でね。それなのに、なぜかその人は桁づくりの秘訣を教えてくれなかった。だから自分で桁をいくつか分解して、しくみを勉強しなきゃならなかった」

桁のしくみを微細な部分まで身体で学び、やがて薄板や溝の配置にはそれぞれ理由があることを知り、水が和紙に与えるダメージがもっとも小さくなるような、正しい部品のつなぎかたを覚えていった。「蝶番以外の部品は、みんな自分でつくってるんだよ」庄司はそう言って、部品を継ぐために竹を削ってつくった釘を見せてくれた。ひとつつくるのに1カ月もかかる桁だが、いつも水のなかで使われるため痛みやすく、3~4年ほどしかもたないという。

後継者のいない桁づくりの未来はどうなるのだろうか? 私たちが尋ねると、庄司は笑って答えた。「未来だって? 私は60歳ですよ。政府の援助がなければ弟子はとれないし、息子もいない。桁づくりが今後どうなるかはわからないねぇ。ただわかっているのは、10年後に私は引退して、釣り三昧の毎日を送るってことだけだよ」

< PAPERSKY no.33(2010)より >

text & photography | Cameron Allan McKean Coordination | Lucas B.B.