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未来の知恵

石川直樹

 

04/14/2021

宮古島、回復の海

ヒマラヤの厳しい遠征から帰国した後、どんな場所で体を休めたいかと問われたら、やはり暖かい場所がいい。酸素の薄い高所にいて、分厚いダウンジャケットを着ながら綱渡りのようなルートを緊張しながら歩き続けた後だから、感覚を研ぎ澄まさなくとも時間が緩やかに過ぎていってくれる場所で、Tシャツ、短パンで過ごせて、広い空の下に身を投げ出すことができて、さらに海にたゆたうこともできる、そんな土地に惹かれる。

ヒマラヤ遠征を終えた登山者が、ネパールのカトマンズから母国に帰らずに、タイ航空の飛行機に乗ってバンコクに行き、さらに小さな飛行機でタイのリゾート地に向かうのを何度も見てきた。体重も減って、筋張った体をどうにか癒したい、という欲求は南の島へと人を向かわせる。ぼくの場合、目的地はタイのビーチではなく、宮古島だ。宮古島の与那覇前浜ビーチで四肢を伸ばして白砂に横たわり、気が向いたら海に浮かび、夕暮れ時まで裸足でのんびりしていたい。

これまで二カ月に一回くらいのペースで宮古島に行って写真を撮ってきたのだが、コロナ禍によって今年はまだ数回しか島を訪ねることができないでいる。それでも島に滞在しているあいだは、必ず前浜に行って海に浸かり、体を休める。ぼくにとって宮古島の海は回復と安らぎの効用があって、温泉よりもはるかにリラックスできる。

夏の宮古島は日射しが強すぎて、日向に長時間いることはできない。ビーチも同様で、まだ日が高いときに浜に行ってしまうと、日焼けどころか肌を傷めてしまう。午後遅めの時間に行って、美しい夕焼けを見て、太陽が完全に水平線に沈むのを確かめてから帰り、夕食にありつくぐらいがちょうどいい。

秋は10月末くらいまで泳いでいる人がいる。本当に晴れて気候が穏やかなら11月でもどうにか泳げるはず。冬になるとさすがに泳いでいる人はいないが、海に入らず散歩するだけでも気持ちがいい。前浜には観光客だけでなく、ウォーキングをしている地元のおじさんや、犬を散歩させる家族など、一年を通してさまざまな人が訪れる。海外からやってきてバスで乗り付ける団体の旅客が今年はめっきり減って、浜辺はいつ行っても平穏そのものだ。

この写真を撮ったのは、ある夏の午後だ。地元の子どもたちが遊びにきていて、堤防から何度も何度も飛び込んでいた。それだけでは飽き足らず、堤防のどん突きに停めてあったトラックの上によじ登って、より高い場所から飛び込む若者もいた。

与那覇前浜ビーチはサンゴ礁がないのでシュノーケリングには不向きだが、飛び込んだり、散歩したり、ただ浮かんで癒されたりするのにちょうどいい。年末、ぼくはまた島に滞在する予定だ。旅に出られず鬱屈した気持ちを、宮古島の海で溶かしてしまいたいと思っている。

石川直樹 Naoki Ishikawa
1977年東京都生まれ。2008年、『NEW DIMENSION』『POLAR』で日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞を受賞。2011年『CORONA』で、土門拳賞を受賞した。著書に開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』ほか多数。近刊に『アラスカで一番高い山』(福音館書店)。2020年、写真集『EVEREST』『まれびと』で日本写真協会作家賞を受賞した。
http://www.straightree.com

THE VOID
ニーハイメディアから出版された、石川直樹による最初の長編写真集。ニュージーランドのノースランドで、先住民マオリの聖地として受け継がれる森の原生林を収めた一冊です。
text & photography | Naoki Ishikawa