古来から継がれてきた、野菜の重み
ふたつめに目指すエリアが1934年、日本初の国立公園として誕生した雲仙国立公園(1956年に天草地域が追加され、雲仙天草国立公園となった)だ。たちこめる湯けむりと火山の勇壮な景観、そして無数の島々が星のように散らばる広大な海洋景観。このふたつのダイナミックな景観を体感しながら、個性的なサンドウィッチづくりのために食材を求め、バンを走らせていく。

主なステイ先に選んだのはあつあつの源泉で知られる小浜温泉。湧き水スポットも豊富で、数日過ごせば、人々の生活が清らかな水と湯に支えられているのを体感できる場所だ。ここをベース基地としたのは温泉の他にもうひとつ理由があった。農薬、化学肥料不使用の野菜にこだわる「オーガニック直売所 タネト」が近所にあるからだ。もともとは東京・吉祥寺で料理教室やカフェ経営を通じ、人と食の関係を追及してきた奥津爾さん、典子さん夫妻。ところが約7年前に東京で企画したファーマーズマーケットがひとつの転機となって、結局、雲仙へ移住を果たすことになったという。爾さんはこう話す。
「東京で進めていた活動も順調だったんですが、町に根ざした活動であるかどうかについてはつねに疑問でした。多様な人が集まる東京で、真の意味で町に根ざすというのは難しいこと。そんな時期に古来から栽培され続けてきた野菜だけの直売会を開催したんです。その場に招いたのが種採り農家を雲仙で営む岩崎政利さんだった。その出会いが衝撃的で。この直売会の直後にたまたま長崎に来る用事があって、ちょうどいい機会なので岩崎さんの農園を見せてもらうことができた。もうとんでもなく美しい草原の風景で、その場で、この畑の近くに引っ越そうと決めました(笑)。土に近い場所で食に関わる仕事をしたい。そういう思いを実現できる場所だと直感してしまったんです」

岩崎さんといえば、野菜の種を継ぐ人として知られる業界の巨人。一般市場に流通しているような誰でも知る野菜はほとんどが「F1」と呼ばれる交配種で、収穫量も多く、サイズも均一化され、ビジネスに好都合な種だ。岩崎さんはこうしたF1種でなく、在来種の野菜を大切に育て、収穫して種を採り、また育てていくという古来からの手法を守り続ける。サイズも形もまちまちだが、古くからその土地々々で親しまれてきた野菜たち。種採り農家がなければ、こうした古来種は地上から消え失せていってしまうのだ。


「効率としては悪い在来種の種採りというやり方ですが、何代にもわたって生命をつなぐことになるし、長年、命を継がれることでその土地の風土に合った野菜になっていくわけです。僕らはこのように土地に根ざした古来の野菜のおいしさを知ってほしいし、そのことで雲仙が特別な場所になっていくと考えています。その土地のよきものを表現する農家さんたちを応援するため、日本の伝統文化を残していくため、力を尽くしていきたい。岩崎さんの農園を見ていて得も言われぬ安心を感じるのは、そこに完全なる循環があるから。有形、無形問わず、雲仙ならではの失われてはいけない景色を残していくことに、強い興味をもっているわけです」

そんな話を聞きながら、野菜を買いにきたお客さんや地元の農家さんが店内に集う様を眺める。初めて目にするユニークな野菜を手に取って新たな献立を思案する人、あるいは自慢の野菜を持参しつつ、嬉しそうに収穫について語り合う地元の農家さんたち。この土地ならではの野菜を軸に、多様なコミュニケーションが生まれているのを目にし、なんだか奥津さんの意図することがわかったような気がする。

サンドウィッチづくりをお願いしたのは、奥さんの典子さん。「台所の学校」を主宰し、ヘルシーでおいしい家庭料理に精通する人だ。食材を目の前ににこにこと微笑みながら、彼女はこう話した。
「私は料理をする前にいつも、目の前の食材がどうしてほしいかという声に耳を澄ませます。この子たちはどうされたがっているんだろう、どうすれば彼らの魅力を最大限表現できるのかなって。あらためてみると、食べる人の幸せをもちろん考えているし、食べられる側の幸せもよくよく考えている。そういう目線でサンドウィッチ、つくってみますね」
ものづくりをするうえで最も邪魔なものは「自我を出す」という意識だと語る典子さん。素材の声、この土地の風土を素直に表現したおいしさとはどのようなものになるのか。たまらなく楽しみになってきた。


SPOT LIST
オーガニック直売所 タネト
長崎県雲仙市千々石町丙2138-1
刈水庵
長崎県雲仙市小浜町北本町1011
TEL: 0957-74-2010
R CINQ FAMILLE
長崎県雲仙市小浜町北本町114-6 新一角楼ビル1F 東1号
TEL: 0957-60-4522
湯宿 蒸気家
長崎県雲仙市小浜町北本町14-7
TEL: 0957-74-2101