豊穣の海を感じながら、九州の西の果てへ
広大な九州を知るために、僕らはふたつのものさしを用意した。ひとつは国立公園という視点。九州を4つの国立公園で区分けし、それぞれの土地のキャラクターをつかむという手法だ。そしてもうひとつは、各地域の恵まれた風土を体感するため、サンドウィッチという視点を用いることにする。各地域で育まれたオーガニックでおいしい食材を見てまわりながら、これらをオリジナルサンドウィッチに仕立ててガブリと味わう。その土地で見つけたとびきりの食材を一度に味わうことで、そのエリアごとの魅力を浮き彫りにしていけるのではないかという考え。果たしてこんな旅の方法がうまくいくのか、出発時点ではまったくわからなかった。とにかく僕らはフライパンやワイン、ベンチやテーブル、そして水着をバンに積み込み、2週間のロードトリップをスタートさせた。

旅の始まりは、九州西北部に位置し、大小400あまりの島々から構成される西海国立公園から。福岡から佐賀を抜け、長崎・平戸を目指すルートだ。この道中、寄り道で訪ねたのは、耕作放棄地でシナモンの森をつくるべく力を尽くしている福岡・糸島のプレミアムティーブランド「泉屋六治」。農薬を使用せずに自然の豊かな香りだけで飲む人を魅了する、シナモンティーが目当てだった。栽培から商品づくりまでを一貫して行う「Leaf to Tea」を実践。代表の白石強さんは、障害者の労働力を借りながら、シナモンの枝と葉を分離するという地道な行程を活性化。広い視野で社会の健康と循環を即す九州でも注目の活動家だ。サンドウィッチのお供にいただくシナモンの葉を両手にいっぱい受け取り、僕らは先を急いだ。

まだ西海国立公園エリアに入っていないのに、また同じ糸島で寄り道をしてしまう。ここは、こだわりの醤油をつくり続ける「ミツル醤油醸造元」。老舗の醤油屋をとりしきる城慶典さんと出会った。
「うちは40年ほど前に自社醸造を止め、協業の工場から醤油を購入して味つけと火入れをするというやり方に転換していたんです。僕は高校生のころ、自分の家で醤油を売ってはいるけど、始めからつくっているわけではないことを知って、やっぱり自社で醤油をつくってみたいなと思うようになった。それで決心したんです。設備を用意して、技術をゼロから教わって、自社での醤油づくりを復活させたのが10年前。醤油はやっぱり微生物からつくるもの。販路の開拓なども大変でしたけど、思い切って挑戦してよかったなと思います」

そんなチャレンジャー、城さんの醤油は味にこだわる料理店や個人客の間でにわかに人気が沸騰。最も重要な行程である麹づくりには大変な工夫と苦労を要したと言いながら、自家製醤油を味わわせてくれた。とにかく、深く、柔らかく、なめらかな味わい。僕らは城さんの挑戦に勇気をもらい、そしていくつかの醤油瓶を抱えて、いよいよ長崎の平戸を目指していった。

最大のテーマはサンドウィッチのメインとなる食材だったが、ここは豊かな海に囲まれた西海国立公園。平戸の白石漁港で「綾香水産」という名うての漁師たちを頼り、海の幸を入手することにした。定置網での漁に同行させてもらい、獲れたのは大ぶりのシイラ。およそ100年この港で漁を続ける彼らにとってシイラは生活を支える大切な宝だ。多いときには1日で船いっぱい、2,000箱ものシイラが穫れるという白石の漁港。このエリアを象徴するメインの食材に僕らは出会えた。小さいころからいつもシイラを食べていると話す船長の綾香良浩さん。船の上では厳しい表情と怒声でチームをまとめていたものの、漁が終わると、笑顔で大きなシイラを手渡してくれた。


「約3ヶ月の勝負。この期間で1年のほとんどを稼ぐというスタイルなんだよね。白身のシイラはフライにしても焼いても、さらっとおいしいし、飽きずにいくらでも食べられる魚。長崎はやっぱり魚だから。贅沢なサンドウィッチができるよね、きっと」
100年以上も続く家業を継ぎ、4代目として最高のチームを牽引する良浩さん。迷いなく漁という仕事に打ち込む姿、あまりにも男くさい雰囲気に早朝からしびれてしまう。
「どこでも漁師は高齢化が進んでしまってるんだけど、うちは若いのが多くて。これだけ魚が穫れるから、やりたい人間も多い。秋にかけてもう戦争みたいに忙しくて、1日何度も海に出る。毎日大変なこともあるけどまあ、でっかい魚が獲れればそりゃ楽しいよね」


SPOT LIST
泉屋六治
福岡県糸島市大門458-1
ミツル醤油醸造元
福岡県糸島市二丈深江925-2
TEL: 092-325-0026
綾香水産
長崎県平戸市主師町725
TEL: 0950-24-2648
ひらど新鮮市場
長崎県平戸市岩の上町228-1
TEL: 0950-23-8088
旅館 田の浦温泉
長崎県平戸市大久保町201-125
TEL: 0950-22-2241