八咫烏が導く中辺路を行く
東征に出かけた神武天皇は熊野の山奥で険しい山越えに挑んでいた。熊野の荒ぶる神々の怒りに触れてしまったのか、一行は山中で道に迷ってしまう。八方塞がりの窮地を救ったのが伝説の八咫烏だ。天照大神が遣わした3本足の大きなカラスで、八咫烏の導きにより神武天皇は無事、大和へたどり着けたという。以来、熊野におけるカラスは、再生と浄化を求めて熊野古道を歩く巡礼者を正しく導く神々の使者として敬われるようになった。


そんな伝承を思い返しながら熊野本宮大社にお参りし、バスに乗って請川へ。熊野川にかかる請川橋を渡ったところから、熊野古道 中辺路の小雲取越を歩き始める。


小雲取越は田辺市本宮町の請川と新宮市の小口を結ぶルートで、距離約13km。年に一度は修行目的で熊野古道を歩いているゲストの岩倉昂史さんにとって、小雲取越は何度も歩いているおなじみのルート。とはいえ、鳥観察は初めてである。
ゆるやかなアップダウンが続く尾根道は歩きやすいけれど、鬱蒼としたスギの木立に囲まれており鳥の姿はまったく見えない。開けた潟に集まる水鳥を観察できる和歌の浦に比べると、難易度は飛躍的にアップ! 岩倉さんと顔を見合わせる。さて、どうする?

「鳴き声が聞こえるでしょ? 鳴き声をヒントに探してみましょう」と、鳥ガイドの津村真由美さん。鳴き声から鳥の種類を識別し、そこから生息環境を推測して鳥の姿を探す―と、視界が利かない森での観察方法を教えてもらう。
津村さんいわく、「チチチチ」と流暢にさえずっているのは繁殖期に入っているカワラヒワ。「チィーチィー、ピチピチ」という明るいさえずりの持ち主はヤマガラ。「ジージー」と濁った声で鳴くのはコガラ。「ヒヨヒヨヒヨ」とやかましい集団はヒヨドリで、「タタタタ……」と周囲に響く低音のドラミングはキツツキの仲間・コゲラ。詳しく説明を受けるも、ウグイスのさえずりがさわがしくて他の鳥の声が聞こえない。対して津村さんときたら、第六感を疑わせるほどの感知能力である。

ながーい尾を揺らしてヤマドリ登場
耳をそばだてながら登ったりくだったり、よく整備されたトレイルを歩き続ける。やがて、小雲取越随一の眺望スポット、百間ぐらにいたる。幾重にも重なり広がる熊野の山々、南西に紀南最高峰の大塔山の山並みを一望する。


津村さんによれば、上空をクマタカが舞うこともあるとか。一方、ウグイスに邪魔され続けたバードリスニングも徐々に精度が高まって、少しずつだがウグイスの奥にいる鳥たちの鳴き声を聞き取れるようになってきた。

その先、トレイルと林道が交差するあたりで道を横切ったのが、1m近い長さの、鋼色の尾を見せつける茶褐色の鳥。キジだ!
「キジでなくヤマドリのオスですよ。名前はよく聞くけれど、臆病なので人前に姿を現すことはほとんどないんです。ラッキーですね」
人間どもの興奮を横目に、「山鳥の尾のしだり尾の……」と歌にも詠まれた長い尾を揺らし、どすどすと林道を横切って藪のなかに消えてしまったヤマドリ。わずか10秒程度の邂逅だったけれど、百間ぐらの眺望を超えるインパクトを残してくれた。もしかしたら八咫烏が見せてくれた夢だったのかもしれない。

古の茶屋跡を通過し、昔ながらの石畳を歩いて小さな集落を抜けると赤木川にかかる小和瀬橋が見えてくる。かつては渡し場があった場所だ。赤木川の水辺には数種の鳥がいた。頭と胸元が黒で腹が白い水辺の鳥は、たぶんセグロセキレイだ。双眼鏡で顔の模様を観察し、図鑑と照らし合わせて識別する。ビンゴ!
初めての正解。謎解き感が気持ちいい。こんな風に鳥をテーマに歩いてみると、歩き慣れたいつものトレイルもまったく別の景色に感じる。
「歩きながら意識が内に向かう修行と対照的に、“Birding”はすべてのアンテナが外に向いている感じ。意識の方向が違うから、同じルートを歩いていても感じるものが全然違う! 修行目的の山行にはないフィーリングで、リセット感がありました」(岩倉さん)
“Birding”も修行も、ゴールや距離ではなくプロセスそのものに意味がある。リセットをもたらす点でも両者はリンクするようだ。





岩倉昂史/Takashi Iwakura
1993年、大阪府出身。ローカルプロデューサー&クリエイティブディレクター。コミュニティデザインに興味を抱き、2015年に和歌山県に移住。同地でローカルデザイン全般に取り組む「ヒトノハ」を創業。今回のバディ、東達也さんとともに熊野古道を修行目的で歩く熊野修験に参加している。
KUMANOKODO NAKAHECH
BIRDS
多彩な森の鳥が生息する
<鳥の鳴き声を聴く>

鳴き声を手がかりに、深い森で野鳥を探す
熊野古道 中辺路のなかでも、山深い尾根道を進む小雲取越では、森の鳥を中心にバリエーション豊かな種を観察できる。常緑広葉樹林やスギ林で見かける代表格がヤマガラ。 「ツツピー」という鈴を転がしたようなさえずりで春の訪れを教えてくれる。人懐っこい鳥なので木陰から姿を現してくれるかも。その他、シジュウカラやコガラなどカラ類の声もよく耳にするはずだ。
他の鳥の鳴き真似が上手なカケスは、白と黒のまだら模様の頭の持ち主で、羽に入った青いラインが美しい。美しいといえば、真っ青な体の持ち主、ルリビタキもいる。緑と濃いオレンジが美しく、また声もいいソウシチョウも高確率で見かける鳥だが、じつは特定外来生物。いずれにしろ、小雲取越では常緑樹の深い森のなかで野鳥を探すことになるので、声を手がかりに識別する。
もう一種、熊野三山のシンボル・八咫烏もお忘れなく。熊野本宮大社境内を探してみて。
Route Guide

和歌山県田辺市本宮町本宮1
TEL:0735-42-0009(熊野本宮大社社務所)

和歌山県田辺市本宮町川湯1406-1
TEL:0735-42-1066

和歌山県東牟婁郡那智勝浦町朝日4-79
TEL:0735-52-2387

和歌山県東牟婁郡郡那智勝浦町築地5-2-10
TEL:0735-52-0181