

厚着をしすぎるのはおこがましい
四国八十八ヶ所にあやかった石仏に目をやりながら。自然とともに生きる地元の人々の解説に耳を傾けながら。第3歌集『気がする朝』(ナナロク社)で話題の歌人、伊藤紺さんは徳島県海陽町の鈴ヶ峰を歩き、心が動いた瞬間をメモしていた。
「短歌をやるようになってから、気になったことすべてをスマホにメモしています。そうしないと忘れちゃうし、せっかく感動したのにもったいないから。さっきメモしたのは『厚着をしすぎるのはおこがましい』。寒かったらどうしようと着ぶくれている自分は生き物として正しくないな、身体の声を聞いていない証だなと考えさせられました」
東京都出身の伊藤さんは、徳島県に静かなパワーを感じるという。自然が厳かに存在し、山や海岸にへばりつくよう家々が密集。山中で山菜摘みの一団と遭遇するなど、自然を身近なものとして生きる人々は、都会で暮らす歌人の心をたびたび動かした。

そうした風景を歩く四国遍路もまた、伊藤さんの瞳に新鮮な驚きで映ったはずだ。
「お遍路さんを見たときは『本物だ!』と感動しました。白装束やお接待文化など、初めて知ることばかり。私はほんの少し体験しただけですが、歩くことをとおして、足裏の感覚っておもしろいと思いました。踏むという行為は自然との関わり合いだと」
四国遍路において、徳島県は「発心の道場」にたとえられる。鈴ヶ峰や遍路道を歩き、自然との距離が近づいた歌人は、新たに「いい道を歩こう」と心の動きをメモした。

大きな雲を見て100mくらいあるのかな
続く高知県は「修行の道場」である。三十一番札所竹林寺の石段を歩くとき、修行を経た伊藤さんは一人前のお遍路さん─否、四国遍路をロングトレイルのように旅する禅ハイカーのごときたたずまいだった。
「高知県はにぎやかなパワーを感じますね。空も海も山も人もスケールが大きくて、気持ちがいい。『大きな雲を見て100mくらいあるのかな』なんてメモをしていました」
厚着、いい道、大きな雲。伊藤さんが心を動かされるのは、見過ごされがちな「日常の些細な喜び」のように見受けられる。だが、本人にとってはまぎれもない「100%の感情」だと歌人は断言した。

「昔からちょっと変なんですよ……感動する感覚が少しだけ他人とずれているのかもしれません。共感できる相手がいないので、口には出さず、日記に書き留めてばかり。それが短歌にハマったことで、本当の感情を作品に昇華できるようになりました」
竹林寺への道中、海鮮の代わりに野菜を使った高知名物の田舎寿司を頬張れば、「お寿司というのは幸せなひと口の単位」とメモ。周囲がリラックスする昼食時、ひと口の満足感が寿司なのだという感動を、伊藤さんはひとり噛みしめていたという。
いったいどうすれば、歌人のように心の動きを掴み取れるのだろうか。
「普段は閉じてる心の蓋が、四国にいると開きっぱなしのように感じました。山や空など、弱い刺激であっても心が感知し、おもしろがれる状態。でも、いつも開きっぱなしだとそれはそれで心が大変だと思う。どちらがいいという話ではなく、両方のモードがあると知っているだけでも、楽しく生きていくための近道になるような気がします」
禅トレイルを旅して、心の蓋がよほど開いてしまったのかもしれない。その日の夜、宿泊先のホテルを出て夕飯に行こうと現れた伊藤さんは、靴ではなく客室用スリッパを履いていた。

伊藤 紺 / Kon Ito
1993年、東京都生まれ。歌人。2016年かあら作歌をスタート。2019年に『肌に流れる透明な気持ち』、翌年に『満ちる腕』を私家版で刊行し、2022年に両作を短歌研究社より新装版として同時刊行。2023年12月に第3歌集『気がする朝』をナナロク社より刊行。現代の短歌ブームを牽引する存在として注目を集める。